ミサはなかなか面白い 51 主の栄光は天地に満つ!

主の栄光は天地に満つ!

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答五郎……こんにちは。前回は、叙唱から感謝の賛歌へ移っていくところで、「天使」が登場してくるということについて考えたね。

 

 

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問次郎……はい、天使が基本的には神の使いであるということ、また、黙示録などに出てくる神を賛美する不思議な生き物の存在もその系譜も入っていることを見ました。神のもっとも近くにいて、神を賛美したり、神の意志を人に伝えたりする存在ですね。

 

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答五郎……「天使」と聞いて、神話とか伝説の表現法というだけでないことがわかるだろう。

 

 

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問次郎……でも、あくまで、伝統的表現をミサは継いでいるということなのではないですか。

 

 

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答五郎……ある種、古代的な表象ではあっても、現実に関係しているのではないかと思うのだよ。

 

 

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問次郎……でも「わたしは神の使いです」といって現れてくるような存在はないですよ。あったら変人というだけでしょう。

 

 

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答五郎……そうではなく、たとえば、人が語ってくれた何らかの言葉が自分の心に深く響いて、自分を変えるきっかけになったということなどないだろうか。

 

 

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問次郎……なきにしもあらずです。何だったかは言えませんが。

 

 

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答五郎……何かを言われて、心に残り、自分にとっていい意味で成長のきっかけになった言葉。その誰かは、そのまま天使ではないけれど、そうして贈られた言葉は、「神のみ使い」のもたらしてくれたものと感じることができるのではないだろうか。言ったその本人は、全然覚えていないとか……。

 

女の子_うきわ

美沙……「あのとき、あなた、こんなこと言ってくれたわよね。嬉しかったわ」「ええ、そんなことを言ったかな?」的なことでしょうか。ドラマだけではなく、実際にもあるように思います。でも、天使とか、そういうふうに思ったことはないですけれど。

 

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答五郎……もちろん、天使を考えることは神を考えることだから、現代人が神を考えることが少ないとすれば、そうなるだろうね。

 

 

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問次郎……人の言葉でものすごく傷ついたときはどう言えるのですかね。

 

 

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答五郎……そういうときこそ「悪魔」とか「悪霊」とかを考える必要があるのではないかな。

 

 

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問次郎……ああ、そうか。それは事例が多そうです! 「天使」を考えることは「悪魔」や「悪霊」を考えることでもあるのですね。そうか、福音書にも多いですね。それでも、神話的というか……。

 

 

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答五郎……ここでは、あくまでミサの式文に「天使」が出てくるということのリアルさを考えてみてほしいのだよ。ミサに戻ろう。「感謝の賛歌」なのだけれど、前回、聖書のイザヤ書に出てくる賛美がもとになっているといっただろう。イザヤ書6章3節だ。

 

女の子_うきわ

美沙……はい。「聖なる、聖なる、聖なる万軍の主、主の栄光は、地をすべて覆う」です。

 

 

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答五郎……では、ミサの「感謝の賛歌」の同様の部分はどうなっているだろう。問次郎くん。

 

 

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問次郎……「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、万軍の神なる主、主の栄光は天地に満つ」ですね。

 

 

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答五郎……イザヤの言葉と似ているけれど、違うところがないかな。

 

 

女の子_うきわ

美沙……はい、イザヤでは「地をすべて覆う」なのに「感謝の賛歌」では「天地に満つ」ですね。

 

 

 

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答五郎……イザヤでは、地上のすべてを覆う、そこを満たして余りあるように、主の栄光が考えられているのだけれど、ミサでは「天にも地にも満ちている」というように、主の栄光の偉大さがさらに全面的になって天までも満たしているように賛美されている。これは、教会で歌われる賛歌になったときに、変えられたというか新たにされた部分らしい。

 

女の子_うきわ

美沙……聖書の言葉がもとにありながら、典礼の聖歌で、考えが発展している場合があるのですね。

 

 

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答五郎……そうだね。そして、この文言どおり、ここで、まさに天上の典礼、つまり天使たちによってささげられている神への賛美と、今地上にある教会の神への賛美が合体しているというわけさ。

 

 

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問次郎……天上と地上、どうも、上と下というふうに空間的にイメージしてしまいます。

 

 

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答五郎……もっともだと思う。この宇宙時代、地球も天体の一つで、闇に輝く星だと知っているからね。結局「天」をどう考えるか、「神」をどう考えるかということだよ。

 

 

女の子_うきわ

美沙……さっきの話ですが、人の言った言葉が、どの人が言ったことかというよりも、その意味から影響を受けたということが大事だということでしたね。それが幸せなほうに働いたときに、そこには「神のみ使い」の働きが考えられるということですね。

 

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答五郎……少なくとも、そのように考えられるのでは、という提案だけれどね。

 

 

女の子_うきわ

美沙……それと似て、どこか、よその場所のことのように天上の典礼を想像しなくても、この式文や賛歌の言葉の意味を噛みしめ、味わう中に、天使もいるし、天上の典礼もあると考えられるのではないでしょうか。それが「感謝の賛歌」で、天上の典礼と地上の典礼のつながりがはっきりと示されるということなのだと思います。

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答五郎……美沙さん、どうしたの、とても深いことを言い当てている感じがする。まさに天使のささやきのようだよ。ともかく、そういったことは、心で感じ取るものではないかと思う。この話題はまたいつか出てくるだろう。次回からはいよいよ狭い意味での「奉献文」に入ろう。

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)


ミサはなかなか面白い 50「すべての天使とともに」

「すべての天使とともに」

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答五郎……みんな、ご復活おめでとう! 隔週になってから毎回がずいぶん久しぶりな気がするけれど、元気だったかな?

 

 

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問次郎……一応、おめでとうございます。でも、どうして、ご復活はおめでたいのですかね。ご降誕もそうですよね。「明けましておめでとう」と意味が違うのでしょうか。

 

 

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答五郎……ほんとだね。たしかに、自分も疑問に思ったことはあるし、「どうしてなのか」と真剣に考察するに値することだとは思うよ。でも、祝いたくなる気持ちもわかるのだな。今回はあまり突っ込まないことにして、今回のテーマはなんだったかな。

 

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問次郎……叙唱を見ていて、天使が出てきました。このことをちゃんと考えたいと思ったのです。

 

 

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答五郎……たしかにね。まず叙唱の具体例を聞いてみよう。復活の主日に唱えられる「復活 一」を、美沙さん、朗読してもらえるかな。

 

 

女の子_うきわ

美沙……はい。「聖なる父よ、いつでも、また特にこの日に、あなたをたたえ祝うことは、まことにとうとい大切な務めです。わたしたちの過越キリストは、世の罪を取り除かれたまことのいけにえの小羊、ご自分の死をもってわたしたちの死を打ち砕き、復活をもってわたしたちにいのちをお与えになりました。神の威光をあがめ、権能を敬うすべての天使とともに、わたしたちもあなたの栄光を終わりなくほめ歌います。」

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答五郎……ありがとう。三つの部分があるのがわかるだろう。初めの部分は、「まことにとうとい大切な務め」という句が暗示するように、初めの対話句とつながっているところ。真ん中の文が、この日に祝われる神秘を述べるところで、中心的なところ。深いことが実に簡潔に述べられているだろう。そして「神の威光をあがめ」からは、続く「感謝の賛歌」への移行部だ。「感謝の賛歌」のことも目に入れて考えていく必要があるね。

 

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問次郎……そもそも天使がどうしてここに出てくるのでしょうか。

 

 

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答五郎……天使といって、背中に翼がついている何か子どものような存在をイメージしていなかな?

 

 

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問次郎……実は、そうです!

 

 

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答五郎……それは或る製菓会社の影響かもしれないね。それと「天使」という訳語が影響しているかもしれない。

 

 

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問次郎……天使のもとの言葉は何なのですか?

 

 

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答五郎……ラテン語はアンゲルス、ギリシア語のアンゲロスから来る。「使い」の意味、神の使いだから「み使い」と訳されることもあるけれど、「天使」というのもその意味だ。その役割は聖書から見ないとね。それに、絵で翼が描かれることが慣例とはいえ、そのもとも聖書にある。

 

女の子_うきわ

美沙……本質的なことは、神の「使い」であることなのですね。マリアへのお告げ、ヨセフへのお告げなどが思い出されます。空の墓でイエスの復活を告げた方も、そのみ使いと考えられます。

 

 

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答五郎……聖書には、そのようにして、神の意志や計画を告げ知らせてくれる存在のことがしばしば語られる。キリスト教にとって、どうして天使が大事かというと、主である神、父である神は、人間とコミュニケーションをする方だということが示されているからだと思う。神は人間と絶対的に違った存在ということもいえるけれど、いつも人間に関わる方でもある、絶対に他者なのだけれど、もっとも深く関わってくる方でもある、そこのところの橋渡しをするような役割を「み使い」つまり「天使」がしているのだね。

 

女の子_うきわ

美沙……それはわかりました。でもこの叙唱から感謝の賛歌に移るところは、神をほめたたえる存在としての天使ですよね。

 

 

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答五郎……おおっ、そうだね。神の意志や計画を告げる存在というだけでなく、神を賛美する存在としてここでは出ているね。このことを見るためには黙示録4章、5章あたり。とくに4章8節には神の玉座のまわりに翼をもつ四つの生き物がいて賛美の言葉を言い続けるのだけれど、美沙さん、読んで。

 

女の子_うきわ

美沙……「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、全能者である神、主、かつておられ、今おられ、やがて来られる方」。あっ、初めのところは、感謝の賛歌の初めのところそのまま!

 

 

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答五郎……もとをたどれば、預言者イザヤが見た幻の中で、主の座の前で「セラフィム」 という存在が主をたたえることばがあるだろう。

 

 

女の子_うきわ

美沙……「聖なる、聖なる、聖なる万軍の主、主の栄光、地をすべて覆う」。これも「感謝の賛歌」とほとんど同じですね!

 

 

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答五郎……また黙示録に出てくる翼をもつ四つの生き物のことは、預言者エゼキエルの召命のところで見た幻にも登場する(エゼキエル1章)。話があちこち飛ぶけれど、叙唱から感謝の賛歌への移行部分で、「すべての天使とともに、わたしたちもあなたの栄光を終わりなくほめ歌います」ということの背景には、これだけ聖書の中での神賛美の伝統が前提になっているのだよ。わかりやすくいえば、天上の典礼と地上の典礼があって、地上で行われている今の教会の典礼は、天上の典礼と呼応するものであって、一緒に唱和しながら神を賛美しているという理解があるのだよ。

 

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問次郎……天上と地上ということは、レトリックだけではないということですか。でも、なんとなく神話めいていて、現代の人が理解するのは難しいのではないでしょうか。次回、またこのことを考えさせてください。

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)


「食」とキリスト教あれこれ

キリスト教には食べ物に関するタブーがない

さまざまな宗教の人々が出会う現代ですから、ある宗教ではあれやこれを食べないという食べ物に関する戒律があることにも少しあります。日本には精進料理という伝統があるので、そのような習慣の人に出会っても「ああ、なるほど」と納得できる面がありますが、たとえば、イスラム教やユダヤ教では豚を、ヒンズー教では牛を食べないといった規定は、ふつうにそれらを食べている私たちにとっては、厳しいもののように思えます。変な言い方かもしれませんが、宗教らしいなと思わせるところもあるのではないでしょうか(食のタブー、宗教における食のタブーについては、いろいろな情報がネット世界に出ていますので、もろもろご参照ください)。

では、キリスト教には、そのような食に関する戒律があるでしょうか。確かに、ある教派では、食べ物や酒に関する禁忌を設けているところもありますが、本来、そしてカトリックの伝統においても、食べ物に関するタブーはない、禁忌戒律のようなものはないというのがほんとうです。だから……暴飲暴食が発生するのでは……と心配するかもしれません。何か食べ物に関するタブーがあるほうが宗教らしいのでは……と思われるでしょうか。

レオナルド・ダ・ヴィンチ作『最後の晩餐』(1495~98年、ミラノ、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院)

あまり、言われていないですし、ましてや神学できちんと論じられてきたこともないかもしれませんが、「食」はキリスト教の本質にとても深く関わっています。……というより、そのことが、今日、ようやく気づかされてきたといえるかもしれません。レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」の絵が有名なように、キリスト教にとって晩餐、食事ということは重要な場であったのですが、そのことの意味がきちんと論じられていなかったのでしょうか。

 

「食」は世の中を映し出す縮図

いつの頃か、メディアを通じて、「食」のつくことばが増えてきました。「飽食」の時代というように高度経済成長を遂げた日本社会のあり様を指していわれたり、一家団欒の食卓風景というものはテレビ・ドラマの中だけで、両親ともにそれぞれ働き、子どもは塾などがあって夕食も家族が揃わない光景が普通になると、「個食」ということばが生まれ、さらにそうしたくないのに、一人寂しく食べなくてはならない状況については「孤食」ということばが生まれたり。これらの現象に言及するネット情報からも、社会の姿が浮かび上がってきます。この場合の「食」は食べ物、食物に関しても、食べることのあり方、食べ方、食事のあり様に関してもいわれているのが特徴です。そして、とりわけ子どもたちにとって、これら「食」のありようが、人間としての成長・成熟に支障をきたす重大なことなのだという点の意識化が進んできました。

「農家さん」⇒「米屋さん・八百屋さん」⇒「家」というだけではない食をめぐる産業の発展ぶりはもういうまでもありません。まさに先進国での「飽食」と途上国での「飢餓」が隣り合わせになっている世界、地球環境、生命の問題すべてに関わる現象の中で、わたしたちはふだんどのように生きているのでしょう。あまり意識せずに生活の必要から、健康や経済にそれなりに気遣いながら適宜、利用し、駆け抜けているというのが実情かもしれません。

現代の「食」のあり方と「人」のあり方が相関し合っていること、その中で、いのちと食の関係を見直し、人間回復の機関活動にしようという広い意味での「食育」的活動がクローズアップされてきました。佐藤初女(はつめ)さん、辰巳芳子さん、伊藤幸史(こうし)神父の活動は、それぞれにわたしたちの意識化を促してくれています。

 

キリスト教神学と「食」

今、「食」は人類そのものにとって最前線の問題であるといえるかもしれません。人間にとって最重要テーマの一つであるならば、キリスト教にとっても、大きなテーマのはずです。では、どのように神学で研究されるべきかというと、案外、まだそれがきちんとできていないようにも思われます。

宮本久雄『存在の季節:ハヤトロギア(ヘブライ的存在論)の誕生』(知泉書館 2002年)

そんななか、一つの論考が目に止まりました。宮本久雄師(ドミニコ会司祭、元東京大学教授、上智大学教授)の著書『存在の季節:ハヤトロギア(ヘブライ的存在論)の誕生』(知泉書館 2002年)の第6章にある「食卓協働態とハヤトロギア」という論考です。西洋哲学の主流となったギリシア的存在論(オントロギア)と異なる「ハヤトロギア」という立場から存在を新たな視点で論じるという難しい書ですが、ここの論考自体は、人間の本質を称して、「ホモ・マンドゥカンス」、つまり「食するところのもの」として捉える人間論が展開されています。難しいのですが、こんな文章が目に止まります。

「生命の広大な連関や食連鎖という、いわばウィトゲンシュタイン流の『生の形式』にあって、人間は生と食を問う存在である。彼はこの生命と食の連関に無意識的に埋没せず、そこに依存するこの意味を問う特異な在り方をしつつ、生命的在り方を他の生物とは異なった仕方で創造する。すなわち人間は食を文化として再創造、再構成する。その意味で『人はその食べるところのもので在る』(フォイエルバッハ)といえる。そして人間はさらに自己が広大な生命連関において生かされてあることを感謝し、その宇宙大の生の形式を示す。古来人が食物の収穫時や祭礼において、神々に供物を捧げ、犠牲の家畜を奉献したこともその証左の一つであろう。」(221ページ)

「食は、人間的生命の普遍的交流の場であり、また根源的な生命力に感謝する祭礼でもあり、また生死をかけて闘争する根源悪の場面でもあり、文化や善や義の徳を創造する場でもある」(222ページ)

 

「食」の神学、「食」の霊性へ

宮本師は、この論考で、まさに、「食」を人間理解、それだけでなく人間の宗教性あるいは宗教そのものの理解の核心に置きつつあるようです。こうしたことを前置きとした上で、本論では、新約聖書に示された「食卓協働態」、つまりイエスが行ったり、語ったりした「食卓」や「宴」のあり方、使徒時代の信者共同体における「主の晩餐」のあり方を考察し、最後に、現代の食文明の危機的様相に目を向けます。大胆な考察で、まだ試論と呼ぶべきものでしょうが、ここには「食」を人間論、あるいは人と神との関係の中核に据えた実践的な神学の素描があるように思います。考察の展開の中で、石牟礼道子さん、道元、安藤昌益などが参照されているところには、「食」という主題の普遍性、現代性が如実に示されています。

イエスの食事、主の晩餐への論究からただちに連想されるのは、やはりミサではないでしょうか。他の教会では聖餐とも呼ばれるように、キリスト教の中心的な典礼は、結局は食事の営みがもとになっています(「ミサはなかなか面白い」でも考察が続いていますが)。今、復活祭を迎えていますが、イエスとの食事の記憶、特に復活したイエスとの一緒の食事の記憶がまさしくミサや聖餐の根源をなしています。

キリスト者とは、さきほどの「人間、食するもの」になぞらえていえば、まさしく「神の恵みとしてキリストを食するもの」です。神からの恵みを受け入れ、分かち合うこと(食すること)と、恵みへの感謝を神にささげることは表裏一体のことです。こんな、すごいことの意味合いを考えるのが神学であるとするならば、「食」はもっとも中心的な主題となってよいはずです。「食」の神学、「食」の霊性は、世の中でも求められており、教会や学校、家庭をとおしても意識化され、深められていくときを迎えているのではないでしょうか。

(石井祥裕/AMOR編集長)

 


ミサはなかなか面白い 49 神の民の祭司職とは?

神の民の祭司職とは?

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答五郎……さて、前回からいよいよミサの奉献文の部になり、冒頭の対話句と叙唱のところに入ったね。その対話句が原文では、会衆の「それは、とうとく、正しいことです」で終わるのが伝統だった。叙唱でも「まことにとうとい大切な務め」といった言い方が出てくるのと関係しているのだがね。

 

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問次郎……はい、その流れで「さいししょく」(祭司職)という用語が出てきたので、お尋ねしたいと思いました。

 

 

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答五郎……そうだったね。簡単にいえば「祭司」とは文字通り、神への礼拝を司る人のこと、「祭司職」とはその務めそのものを指すことばだよ。祭儀の司式者といってもいいかな。

 

 

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問次郎……「司祭」も同じ漢字の組み合わせですよね。前後が違うだけで。

 

 

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答五郎……そう。だからときどき間違えられる。もちろん、意味が重なっているときもあるから、ややこしいのだけれど、教会では「キリストの祭司職」とか「神の民の祭司職」という言い方をしても、キリストの司祭職、神の民の司祭職とはいわないのだ。

 

女の子_うきわ

美沙……祭司という用語は、旧約聖書でもときどき見ました。それとキリストの祭司職との関係はどうなるでしょうか。

 

 

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答五郎……そう、旧約時代、神の民イスラエルの生活が主である神から授けられた律法を中心にかたちづくられていくなか、礼拝祭儀を司る職務が祭司と定められていたのだね。

 

 

女の子_うきわ

美沙……福音書を読んでいても、祭司長とか大祭司とか祭司長とかという人が出てきますね。

 

 

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答五郎……そう、それが古代ユダヤ教としてだんだん発展してくるなかで、大祭司とか祭司長とか細かな位階もできていたようだ。ただ、キリストの祭司職という言い方がされても、キリストがそれらの祭司制度を引き継いだというわけではないのだ。

 

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問次郎……大祭司、そして祭司長たち最高法院の人たちにイエスは死刑を宣告されたのですよね(マタイ26 ・68他並行箇所参照)。

 

 

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答五郎……まさにそれは象徴的でね。古代イスラエル、それを継ぐ古代ユダヤ教の祭司制度とは、キリストは根本的に断絶している。キリスト教から見れば、古い祭司制度はそこでいわば死んで、全く新たなキリストによる祭司制度が始まったのだ。

 

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問次郎……どういうことでしょうか。

 

 

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答五郎……旧約の祭司は神殿でいけにえをささげるのが務めだったのだが、イエス・キリストの場合、前にも見たように(ミサはなかなか面白い 44「あがない」の意味を探ってみよう/ミサはなかなか面白い 45「罪のゆるし」としての「あがない」)、人類の贖いのために自分自身をささげただろう。十字架の出来事がそれだ。そのことを中心として、人類を再び父である神に結びつけた、つまりイエス・キリストによって神と人の間に新しい契約が結ばれたのだ。

 

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問次郎……それが「新約聖書」の「新約」のことでしたね。

 

 

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答五郎……そして、そのようなキリストの働きや役割を指して「キリストは神と人の仲介者」という言い方もする。その仲介者としての働きのうちで、神の恵みを人に分かち合わせ、人の神への感謝や賛美や祈りを伝える役割を指して「キリストの祭司職」というのだ。その働きが根源的だから「大祭司キリスト」という言い方もある。このあたりのことは、新約聖書の「ヘブライ人への手紙」が詳しく論じているので、ぜひ読んでほしいな。

 

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問次郎……では、キリストの祭司職をもとにして、神の民の祭司職があるのですね。キリストにつながっている人たち、信者みんながもっている祭司職ということですね。

 

 

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答五郎……キリストの祭司職に基づく信者全員の祭司職を今は「共通祭司職」というのだよ。ミサをささげているのが信者全体だといわれるときの土台がそれだ。その中でもさらにコアな奉仕を神と信者たちにする司教・司祭・助祭のいわゆる聖職者の務めは「奉仕的祭司職」といわれる。

 

女の子_うきわ

美沙……キリスト教でいう「祭司」というのはもっと大きな広がりや深さをもっているのですね。

 

 

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答五郎……そういうことなのだ。ちょっと固い話が続いたし、式文の流れに戻るために、ここで祈りに耳を傾けてみよう。美沙さん、復活祭に唱えられる叙唱「復活 一」を読んでみてもらえるかな。

 

 

女の子_うきわ

美沙……これですね。「聖なる父よ、いつでも、また特にこの日に、あなたをたたえ祝うことは、まことにとうといたいせつな務めです。わたしたちの過越キリストは、世の罪を取り除かれまことのいけにえの小羊、ご自分の死をもってわたしたちの死をうち砕き、復活をもってわたしたちにいのちをお与えになりました。神の威光をあがめ、権能を敬うすべての天使とともに、わたしたちもあなたの栄光を終わりなくほめ歌います。」

 

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答五郎……ここで「まことにとうといたいせつな務め」と唱えているのは、「わたしたち」つまり神の民の祭司としての務めを神ご自身の前で確認し、その自覚を表しているということがわかるだろう。

 

 

女の子_うきわ

美沙……キリストが何をしたのか、贖いのいけにえであるという意味も鮮やかに告げられていますね。

 

 

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問次郎……美しい流れの祈りとは思いますが、ここで「天使」が出てくるのが疑問といえば疑問です。

 

 

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答五郎……それはもっともだ。この叙唱の最後は「感謝の賛歌」につながっていくところでもあるので、それも合わせて「ミサにおける天使とわたしたち」について、次回、考えることにしよう。

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)


ミサはなかなか面白い 48 「賛美と感謝をささげましょう」

「賛美と感謝をささげましょう」

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答五郎……こんにちは。ミサの「感謝の典礼」について、前回までは「供えものの準備」といわれる部分を見たね。その部分をしめくくるのが奉納祈願だった。そして、すぐに「主は皆さんとともに」「また司祭とともに」の対話に入るだろう。

 

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問次郎……ミサの最初のあいさつと似ているので、また何か新しいことが始まるなという感じですね。

 

 

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答五郎……ここでは対話はそこで終わらずに「心をこめて神を仰ぎ」「賛美と感謝をささげましょう」と続く。

 

 

女の子_うきわ

美沙……「賛美と感謝をささげましょう」とみんなが唱えているところで、ミサって、なるほど、信者の共同体が賛美と感謝を神にささげることなのだなあと感じました。

 

 

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答五郎……実をいうとね、このような対話句は日本語版でのアレンジなのだよ。原文では直訳すると「主は皆さんとともに」「またあなたの霊とともに」「心を上に」「主に向けています」「わたしたちの主である神に感謝をささげましょう」「それはとうとく、正しいことです」となっている。

 

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問次郎……なんだかぎくしゃくしていますね。それを日本語版らしくアレンジしたというわけですね。

 

 

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答五郎……細かく原文の意味と日本語文の違いを論じるときりがないが、ともかく共通してはっきりしていることは三つのあるのではないかな。

 

 

女の子_うきわ

美沙……主がともにいること、神に心を向けること、それから感謝をささげることでしょうか。

 

 

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答五郎……解釈はいろいろありうるけれども、まず主キリストが司祭と信者のみんなと一緒にいること、ここからの祈りは父である神に向かってささげる祈りであること、そして、その祈りは、なによりも感謝の祈りであることがいわれていると思うのだ。

 

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問次郎……日本語版は「賛美と感謝をささげましょう」というふうに「賛美」を加えているのですね。

 

 

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答五郎……どうだろうね。「感謝をささげる」のもとになっていることばは、ギリシア語ではエウカリスティアの動詞形だけれど、そのもとにあるヘブライ語の意味合いは、感謝の気持ちをことばで表すだけではなく、神にいけにえをささげるという行為のことも指していたし、神の恵みが素晴らしい、ありがたいということから神をほめたたえるという意味合いも当然に含まれているのだよ。

 

女の子_うきわ

美沙……そのような意味合いを出すために日本語としては補ったというわけなのでしょう。でも、賛美の意味がはっきりと出るのはよいことだと、思います。

 

 

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答五郎……日本語で便利なのは、「感謝の祈りをささげる」「感謝をささげる」というように、祈りや気持ちをささげるというふうにいえることだ。原語の雰囲気をよく伝えているなあとつくづく思う。ともかく奉献文と呼ばれる祈りは感謝の祈りであるということが、この原文でも日本語文でも共通の「感謝をささげましょう」によってよく表されているだろう。

 

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問次郎……前に(ミサはなかなか面白い 42 根底にあるイエスの食事の記憶)、感謝の典礼全体にはイエスが弟子たちとともにした食事の記憶が根底にあるといわれましたね。そこで、イエスが食べ物を取りながら、天を仰いで、賛美の祈りを唱えたり、感謝の祈りを唱えたりしたことの記憶がここにあるというわけですね。

 

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答五郎……おお、そうだ。でも、実は記憶だけではないのだよ。天にいるキリストは、いま典礼のしるしのもとでここにいて、現にこのミサを司式しているというべきなのだ。だから初めに「主は皆さんとともに」「また司祭とともに」と対話で確認しただろう。

 

女の子_うきわ

美沙……キリストがミサの中にいるという感覚にはなかなかなれませんね。一生懸命見たり聞いたりしているのですが。信者さんたちは、キリストのことを感じているのですね。

 

 

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答五郎……いやあ、なかなか、そういう意識になれないことが多いよ。具体的には、その日のその教会でのその神父さんの司式のほうに目が行ってしまってね。

 

 

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問次郎……司式者の背後にいる感じなのですかね。

 

 

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答五郎……いやあ、たしかに司式者の発話の中で主キリストのことばが語られるときがあるから、そのときはそうだけれども、司式者自身も共同体の代表として、キリストに祈りをゆだね、父である神に祈るという役割のときもあるよ。その変化を見るとき、ほんとうにミサはなかなか面白いものだなあ、味わい深いものだなあという気になるよ。

 

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問次郎……さっきから気になっているのですが、この初めの対話句の原文では、最後に信者さんたちが「それはとうとく、正しいことです」ということになっているのですね。このフレーズ、どこかで聞いたことがあるような……?

 

女の子_うきわ

美沙……そのあとの祈りの冒頭で、ときどき、「……まことにとうとい大切な務め」というときがありますよね。

 

 

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答五郎……そう、その祈りは叙唱というのだよ。広い意味で考えるときの奉献文に含まれるところなのだ。冒頭の対話句が第一の部分としたら、叙唱は第二の部分にあたり、対話句の最後のことば「とうとく、正しいこと」を受けている。対話句の終わりでは会衆が、叙唱の初めでは司祭が、同じように、この祈りが信者全体、つまり神の民である教会が行うべき尊い、大切な正しい務めだという自覚が示されているのだよ。これを神の民の祭司としての務め、祭司職ということがあるのだ。

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問次郎……「さいししょく」……ときどき聞くことばですね。この次、あらためて教えほしいです。

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)


トピック1 日本近代キリスト教事始め~それは外国人居留地から始まった

今年は、安政条約160 周年のほうが重要

近年、150 年記念が相次いでいます。カトリック教会では、2012年には、カトリック横浜司教区で横浜における最初の教会設立から150 年、2015年には信徒発見150 年、続いて大浦天主堂献堂150 年、2017年、浦上四番崩れ150 年も記念されました。こうして、21世紀の今、幕末明治維新期のカトリック「再宣教」の歩みが回帰してきます。これからすべての歩みが150 年という周期をもって思い起こされていくでしょう。

しかし、近代キリスト教の歩みを全体としてふり返ってみるとき、はっきりとした始まりがあることに気づかされます。それは、1858年からの米国をはじめとする諸国との修好通商条約、いわゆる安政の五カ国条約の締結です。今年は明治維新150 年というよりも、安政の五カ国条約締結から160 年ということも意識したいと思います。そこでの取り決めにより1859年に長崎、神奈川(横浜港)、箱館が開港。他は諸事情から延期され、1867年に兵庫開港、大阪開市、1868年に新潟開港、江戸開市となります。

これらの出来事が、カトリックの再宣教、他の諸教会の宣教の始まりを告げるものとなります。まだキリスト教の禁制下にあった徳川幕府時代には、表向きには宣教ではなく、宣教師も通訳官として入り、神学校もラテン語塾という建前で始まるなど苦心の活動は知られるとおりです。また、どうして、日本の近代キリスト教がこれらの都市から始まったのかは、日本の開国事情がそうさせていたのだということは、逆に新しい発見です。

 

宣教師みんな“外国人居留地仲間”

そして、開港地、開市地にできた「外国人居留地」がすべての宣教活動の最初の拠点となっていきます。横浜居留地は1859年から山下町を中心に造成、箱館の居留地は、1859年の開港から元町一体、長崎居留地は大浦一帯の海岸を埋め立て)1860年から造成。新潟は1868年開港後も外国人の来住が少なく、居留地は形成されず。1868年1月に開港された神戸港関連では、神戸村に外国人居留地が形成。1868年に開市された東京は築地鉄砲洲(現中央区明石町)に居留地が形成され、大阪では1868年開港に伴い、宇治川と木津川の分岐点にある川口に外国人居留地が形成されたという次第です(このあたりは、図書紹介コーナーの高木一雄著『日本カトリック教会復活史』が詳しく経緯を述べています)。

フランス、イギリス、アメリカ、ロシアからやってくる、カトリック教会、聖公会、プロテスタント諸教会、ロシアの正教会もすべての布教活動は、これら外国人居留地が舞台であり、拠点となっていました。近代キリスト教の歴史知識は、教会・教派ごと分けられた縦の動向として語られることが多いですが、すべては開国(開港・開市)に基づく外国人居留地での活動という意味で共通の特徴を帯びています。

明治初期の神戸居留地

大浦天主堂の献堂(1865年)から始まる信徒発見(潜伏キリシタンのカトリック司祭発見)の出来事は、旧幕府からの迫害(浦上四番崩れ)、引き続き明治維新政府による浦上信徒配流政策へと引き継がれ、その顛末と政府の文明開化、欧米諸国との交渉前進の中で、徳川時代以来の切支丹禁制の高札が撤去され、布教黙許時代に入ります。浦上、さらに今村・伊万里のカトリック信徒への迫害政策が、結果的に、その後の全キリスト教諸教会の宣教の前史となっていることにも、今日からは目を向けなくてはなりません。

 

今も外国宗教?

ちょっと前までは、キリスト教というと「外国の宗教」というイメージがあったのかもしれません。カトリック教会では、たしかに1960年代前半、約50年ちょっと前まではラテン語でミサが行われていたのですからじっさいにそうであったでしょう。しかし、今やどの教会の礼拝に出ても日本語で行われていて、日本で宗教というと神道・仏教・キリスト教とあげられて、すでに日本に定着している宗教という目があるのかもしれません。ですが、近代宣教の始まりの舞台をみて、その前衛基地となっていた港町や外国人居留地の姿を想像すると、日本という国におけるキリスト教の位置は、160年前、150年前とあまり変わっていないのではないかとさえ思えてきます。

明治の歴史を見ることは、現代日本のキリスト教に足元を見直す作業にほかならないと思います。この時代を生きた宣教師や信徒たちの足跡を自分たちの内面で感じ取っていきたいと思います。

「新ながさきキリシタン地理」のシリーズもその意味で、併せてお読みください。

(石井祥裕/AMOR編集長)


トピック2 キリスト教の「神」が生まれた時代

キリスト教が「神」というのは当たり前

キリスト教は神を信じ、神の子、救い主であるイエス・キリストを信じる宗教ということはよく知られていると思います。この神を「神(かみ)」とすることはもう定着していて、違和感を抱く人が少ないどころか、この語はキリスト教の専売特許の用語と思われているかもしれません。信者からも、信者でない人からも。しかし、日本には神道が昔からあり、神とはもともと日本宗教のもの。キリスト教の神を「神」と漢字表記し、「かみ」と呼ぶことが通例となり始めたのは、まさに明治からのことです。近代の日本語訳聖書の歴史をひもとくと、そこにたどりつくまで紆余曲折があったことがわかります。海老沢有道氏の『日本の聖書―聖書和訳の歴史』(日本基督教団出版局、1964年)がこのあたりを調べるのに重要な書物ですが、これを踏まえて批判的な検討を加えた鈴木範久氏の「『カミ』の訳語考」は、この問題に関するきわめて的確な論文です(『講座宗教学4 秘められた意味』東京大学出版会、1977年、281~330頁)。

 

「神(かみ)」という訳語が一般化した経緯

鈴木氏の所説に沿って、「神(かみ)」という訳語が定着するまでの経緯を簡単に見てみます:

(1)キリシタン時代、ザビエルがラテン語のデウス(神)を当初「大日」と訳したことは有名だが、ただちにその問題性に気づき、キリシタン時代のカトリック宣教の中では、ラテン語の「デウス」がそのまま使われた。一部で「天主」を使う例も見られた。

(2)近世中国では、「上帝」「天主」が使われていた。やがて中国人の礼拝との区別を問題とする論議(典礼問題)を経て、教皇庁は「天主」のみを公認し、中国的な信仰対象である「天」「上帝」は禁じた。

(3)ところが清朝中国に列強が進出し、英米人宣教師による布教が進むなか聖書の中国語訳に際して、Godの訳語として「上帝」か「神」かの大論争が起こった。英国系宣教師は「上帝」、米国系宣教師「神」をとり、併存するようになった。他方「天主」という訳語も提案されたが、承認されることはなかった。
(このあたりの文化の翻訳の問題については、柳父章著『「ゴッド」は神か上帝か』岩波書店、2001年が扱っていて重要)

1881年(明治14年)の新約聖書(国立国会図書館デジタルコレクションより)

(4)近代日本キリスト教の聖書誕生の先駆者であるギュツラフによるヨハネ福音書の訳(1837年)では、神が「ゴクラク」と訳されていた。ベッテルハイムによる翻訳(1855年)では、神は「シャウテイ」つまり中国での訳語「上帝」と訳されていたが、その改訂版(1873年)では「神」と訳されている。他方、有名なヘボンとブラウンによる1872年のルカ福音書、ヨハネ福音書の訳でも「神」と訳されている。その後、1880年に完成し諸教派の代表委員からなるいわゆる委員会訳(明治訳)でも「神」となり、以後定着する。

(5)このような経緯において、中国で「上帝」か「神」かの論争で問題になったほどの議論は生じなく、あっさりと決まったという。その背景に、(a) 中国語訳で「神」とする訳が日本にも流布していたこと、(b) 復古神道において「神」は創造者、至上者との観念をおびていたこと、(c) キリシタンが「天主」と訳していたことから「天主」が避けられたことがあるという。

 

カトリックでは長く続いた「天主」と「神」の二重状態

このようにプロテスタントの宣教師たちの共同翻訳事業を通じて「神(かみ)」という訳語が一般化していきました。カトリックの近代日本語訳にもプロテスタントの和訳事業に関わった高橋五郎が協力していたため「神」は自然に入ってきた一方、他の教会著作や祈りの中では「天主」も使われています。明治の終わり、1910年に出たラゲ訳新約聖書も「神」を採用し、カトリック教会の準標準訳となっていく過程で、「神」がカトリックの側では一般化していくようになったようです。

それでも、教会生活や教理教育書(カテキズム)、祈りにおいては「天主」が使われるという二重状態が長く続きます。そこで、『カトリック大辞典』第1巻(1940年)では、「神」という項目の冒頭に次のような断りを入れています。「カトリックではデウス (Deus) に対して天主の語を用い、教理に於いては神の語をつとめて避けることになっている。従って本辞典に於いても従来の慣習上已むを得ざる場合の外、特に教理に関しては教外者の理解を妨げざる限り成るべく神の代りに天主の語を用いることにした」。その上でこの「神」の項目の中で、哲学的な神論の文脈では「神」、キリスト教の教理に関するところでは「天主」を用いるという苦心をしています。

神が避けられた背景に、国家神道、天皇=現人神論との対峙があったことも知られているところです。ともかくこのような二重状態は、1959年に解消され、カトリックでも神呼称は統一されました。戦前からの変化が背景の一つであることはいうまでもありません。それでもなお、四半世紀祈りの生活では不思議な二重化がありました。ほんの四半世紀前の1993年まで、聖母マリアへの祈り、現在の「アヴェ・マリアの祈り」は「天使祝詞」または「めでたし」と呼ばれていて、そこでは、「天主の御母聖マリア、罪びとなるわれらのために今も臨終のときも祈りたまえ」と祈られていました。「神の母聖マリア」という言い方も教会で広まりつつあったなか、すでに暗唱して親しんでいた祈りのためか、我が口が「てんしゅのおんははせいマリア」と唱えていても、違和感も問題意識も生まれませんでした。

 

「神」問題再び?

上で紹介した鈴木範久氏は、キリスト教の神を日本語の「神(かみ)」と訳すことからキリスト教用語として一般化したなかで、神の均質化、画一化が起こってきた反面、多義化も進行したと指摘しています。日本の「カミ」との違いや緊張関係が宣教の場面で鋭く意識されたときもありますが、日本の「カミ」にしても多様化、多彩化し、また、キリスト教の「神」に対してさまざまな見方、考え方が湧き出てきているのが現代かもしれません。

上記新約聖書のヨハネ福音書の冒頭部分(クリックで拡大、国立国会図書館デジタルコレクションより)

最近、カトリック信徒であるジャーナリストの南条俊二氏は『なぜ「神」なのですか -聖書のキーワードのルーツを求めて-』(燦葉出版社、2011年)で、「神(かみ)」という訳語が果たして適当であったのか、上述のような経緯の洗い出しと、再検討を提案しています。あっさりと定着しているかのような「神(かみ)」という用語の無力さを指摘しているという意味では、注目に値する問題提起です。

2016年には、「カミッてる」ということばが流行りました。プロ野球の世界で出てきた言い方です。新聞やネットニュースでも「神対応」「神疑問」といった、おそらく宗教とは無関係と思われる次元で「神」用語が目立つようになりました。耳をとめてみると、日本語世界のなかの「神(カミ)」という語感には案外なじむような、自然な感覚に驚かされます。そうした表現の余韻の中、教会で、ミサで、また典礼書・日本語訳聖書・神学書などで「神」という文字が出てきて、我が口で「かみ」と発音するとき、なんとなく違和感が増してきているのも事実です。気にしすぎでしょうか?

上述のような経緯を知ると、キリスト教の神が「神(かみ)」とされるようになってたかだか150年、今は普遍化しているといっても、ほんの5、60年のことにすぎません。しかも、日本語世界古来の「神」という漢字、「カミ」という音の世界にいわば間借りしているのも同然。にもかかわらず、キリスト教宣教というと、“間借り人がやたら偉そうなことを言う”だけにすぎなかった面があるのではないでしょうか。

「神(かみ)」という語を使うことの問題性やそこに本来含まれている緊張関係を新たに意識化することを、明治を思い起こす意義の一つと考えるのはいかがでしょうか。

(石井祥裕/AMOR編集長)


ミサはなかなか面白い 47 「神よ、あなたは万物の造り主!」

「神よ、あなたは万物の造り主!」

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答五郎……ミサの「感謝の典礼」の最初の部分について前回から見始めたね。「供えものの準備」といわれている理由について考えてみたのだけど……。

 

 

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問次郎……はい。食事型の祭儀とみれば、食卓の準備、食卓の上に食べ物と飲み物を準備する行為の部分と見ることもできるのですが、祭壇にものを供えるという感覚も重ねられているようでした。

 

 

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答五郎……そう考えていいと思うのだが、その意味合いをさらに深く示している祈りがあるのだよ。式次第の中で「パンを供える祈り」と「カリス(ぶどう酒を入れる杯のこと)を供える祈り」と書かれている部分だ。「パンを供える祈り」を読んでもらおうかな。美沙さん。

 

女の子_うきわ

美沙……はい。「神よ、あなたは万物の造り主、ここに供えるパンはあなたからいただいたもの、大地の恵み、労働の実り、わたしたちのいのちの糧となるものです」(会衆)「神よ、あなたは万物の造り主」。「カリスを供える祈り」もほぼ同じですね。

 

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問次郎……その祈り、聞いたことがあるような、ないような……。

 

 

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答五郎……大きな共同体でささげられるミサでは、奉納の歌が歌われると、この対話的な式文が声を出して唱えられず、少人数とかで歌が歌われないときに、声を上げてはっきりと唱えることとされているからね。たしかに聞いたり聞かなかったりになるだろうね。

 

女の子_うきわ

美沙……わたしも土曜日夕方の主日ミサに出たときには、この祈りが唱えられているのを耳にするし、みんなで「神よ、あなたは万物の造り主!」と応唱するところなんかは好きですわ。

 

 

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答五郎……「神よ、あなたは万物の造り主」という言い方はどういう意味合いのものかな? 「神よ、あなたは万物の造り主ではありません」というわけではないだろう(笑)。

 

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問次郎……もちろんでしょう。この体言止めは「神よ、あなたは万物の造り主です」という意味ですね。賛美のことばだと思います。

 

 

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答五郎……そう、じっさいにね。ここのもとにあるラテン語の式文では冒頭に「ベネディクトゥス・エス」という語句が入っている。直訳すれば「万物の神である主よ、あなたはほめたたえられます」という文になる。つまりは「ほめたたえます」ということなのだけれど、この賛美の気持ちを日本語では体言止めの叫びにしているわけだ。

 

女の子_うきわ

美沙……それは、とてもよく伝わっていますよ。そう思っていましたもの。

 

 

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答五郎……このような創造主である神への賛美を表す言い方は、旧約聖書の詩編にもよくあって、聖書的な
祈り、ヘブライ語で賛美を表す代表的なことばの一つ「ベラカー」にちなんで、「ベラカーの祈り」とも呼ばれている。たとえば詩編104 をそのうち見てごらん。創造のわざを一つ一つ歌いあげながら賛美しているものだ。

 

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問次郎……この部分は、主の食卓に食べ物・飲み物を準備するところと考えても、それらが「大地の恵み」つまりは神の創造の恵みであるという考えはもっともですよね。日本語で「いただきます!」というのも、自然の恵み、ひいては神の恵みへの感謝をこめたものだといわれるぐらいですから。

 

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答五郎……その考えは大事だね。ただ大地の恵みだけではなく「労働の実り」ということばもある。大地の恵みのうえで、人間の働きを通して作り出されたという視点も含まれているよね。

 

 

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問次郎……「いただきます」には自然や、神さまだけでなく、作ったり、採ったりしてくれた農家さんや漁師さんへの感謝も忘れないようにということもよく教わりました。

 

 

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答五郎……そうだろう。自然の恵みと人間の労働はつながっているからね。そういう意味での労働への言及がここにはあるのだろうね。それに関係があるのだけど、ミサのここでよく献金が行われるだろう。

 

女の子_うきわ

美沙……はい。最初は、ミサの最中になぜ募金活動が行われるのかなと思ったこともあるのですが、ときどき、趣旨説明のある場合があってよくわかったときもあります。ない場合でも、教会全体や教会が関係している活動のためなのだというふうには納得できるようになりました。

 

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答五郎……初代教会のときから仲間の教会を助けるためとか、困っている人を助けるためにさまざまな物を持ち寄ってきたという伝統があってね。それがミサの中でも行われるようになって、さらに貨幣経済中心になってからはお金を出すというふうになってきたのだよ。神のためと隣人のためという意味での供えものというわけだね。

 

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問次郎……そういったことも含めて「大地の恵み、労働の実り」ということばがあるのですね。

 

 

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答五郎……それらすべてが「あなたからいただいたもの」、つまり神の恵みだという実感がこの祈りににじみ出ているだろう。ただ重要なのは、創造の恵みに基づく賛美で終わっていないということだ。

 

女の子_うきわ

美沙……「わたしたちのいのちの糧となるものです」というところでしょうか。ここは聖体を意味しているのですね。

 

 

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答五郎……そうだね。供えものの準備という部分は、聖体になる食べ物・飲み物を主の食卓に準備するということでもあり、奉献文の祈りの中で行われる奉献でささげるものを準備することでもある。そうやって、創造に基づく賛美は、キリストによるあがないのわざを中心とする神への賛美と感謝に展開していくことになるのだよ。

 

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問次郎……いよいよ、奉献文の部に入りますね。難しいと思っていたところなので、ぜひ、お願いします!

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)


ミサはなかなか面白い 46 「供えものの準備」といわれるわけ

「供えものの準備」といわれるわけ

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答五郎……こんにちは。「感謝の典礼」のことを考え始めて、前回まではミサでいわれる「あがない」とか     「罪のゆるし」とかの意味について少し考えてみたね。きょうからは、式の進行に従って「感謝     の典礼」の最初の部分を見ていこう。「供えものの準備」という表題で呼ばれるのだけど。

 

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問次郎……はい、ミサを見ていて「ことばの典礼」が共同祈願で終わったあと、大きく場面が転換するなと感じるところですよね。

 

 

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答五郎……たとえば、どんなふうになっているかな。

 

 

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問次郎……朗読台が中心だったのに対して、祭壇が中心になりますよね。司祭と奉仕者が、そこでいろいろと準備作業をしているという感じです。

 

 

女の子_うきわ

美沙……それと、献金かごが回されて、一人ひとり財布を出すなど、皆がいそいそと動き出す感じも面白いと思っていました。奉納の歌が始まりますし。

 

 

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答五郎……献金もけっこうな大仕事だと思わなかったかな。その中で、奉納の歌をどうして歌うのかと思うかもしれないけれど、一人ひとりの動きもその共同体としての一つの心で行われているということを表現しようとするものなのだよ。そしてどうなる?

 

女の子_うきわ

美沙……聖体になるパン、「ホスティア」と呼ぶ人もいますね。それとぶどう酒と水の入った小瓶を持つ人、それと献金かごをもつ人、子どもの場合もありますね。その人たちが聖堂の通路の後ろのほうから、迎えに来た侍者を先頭に祭壇の前の司祭たちのほうに向かっていきます。

 

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答五郎……それが奉納行列と呼ばれているところだよ。パン、ぶどう酒と水、そして献金が、司祭や祭壇での奉仕者(侍者)たちに受け取られると、そのあとどうなる。

 

 

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問次郎……パンが祭壇の器に入れられていたり、ぶどう酒と水の小瓶が祭壇の横の台に置かれていたり、それらを使っていろいろと準備の所作がありますね。

 

 

女の子_うきわ

美沙……歌を歌うことに集中していて、どんなことをしているかあまり見ていないこともあるわ。

 

 

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答五郎……そうした一連の動きの最後に来るのはなんだろう。

 

 

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問次郎……奉納祈願ですね。結局、奉納の歌とか奉納行列ということばがここの部分で使われているとすると、「奉納」というのが「供えものの準備」を意味する用語なのでしょうか。

 

 

女の子_うきわ

美沙……字を見ると、神さまの前に「お納め奉る」ことと理解されます。同時に献金もあって、これも供えているのですよね。準備というよりも。

 

 

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答五郎……日本語としてはそうなのだけれど、ミサの用語として注意が払われているのは、「奉献文」の中の「ささげます」と区別する意味があるようだね。奉献文の中のことは「奉献」で、そのための「供えものの準備」を「奉納」と区別しているらしい。だから区別はするけれど、結びつきがあるということを考えるのが重要なのだよ。

 

女の子_うきわ

美沙……「感謝の典礼」の中心、奉献という中心に向けての準備段階という意味ですね。

 

 

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答五郎……そう、わかりやすくするためには、まず行為としては、まさしく「主の食卓の準備」だと考えるのがいいよ。イエスが行った食事でも祈りの前にまず食べ物、飲み物が準備されていただろう。

 

 

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問次郎……あのぉ、ところで、イエスはパンとぶどう酒を使っただけなのに、今は水も準備しますよね。

 

 

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答五郎……ああそうだね。いろいろと理由や経緯があったらしいのだけれど、教会の古くからの慣例と理解しておいていいだろう。2世紀半ばにユスティノスがもう言及しているくらいだから。ともかく行為としては、食卓に食べ物と飲み物を用意する動作と似たことが行われている。しかし、それはどんな食べ物、飲み物かが、ミサでは問題となるのだよ。

 

女の子_うきわ

美沙……あぁ、たしかに。ふつうの食事の食卓準備に尽きるものではないですね。その意味合いが「供えものの準備」といわれているのですね。

 

 

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答五郎……鋭い! 自分なんかそのことを理解するために何十年もかかったほどなのに。では、どういう意味で、ふつうの食卓準備と違うのだろう。

 

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問次郎……それは、つまり、パンもぶどう酒も、ただの食べ物、飲み物ではなく、キリストのからだ、キリストの血になるものだから、という意味なのではないですか。

 

 

女の子_うきわ

美沙……奉献文でのことばを思い出すわ。「いのちのパンと救いの杯をささげます」というところ。ただの食べ物、飲み物ではなく、それはキリストのからだ、キリストの血だからですよね。

 

 

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答五郎……そうだね。こうして奉献文で告げられ、行われる核心的なこと、つまりそれが「奉献」とか「いけにえ」とか呼ばれているもので、それに向かって準備するところという意味でここは「供えものの準備」といわれているわけだよ。もっとも、「食べ物・飲み物」が供えものとなり、奉献がなされるというところの意味を考えるためには、そこに伴われている祈りを味わう必要がある。すると、びっくりするぐらいに壮大な見方が示されることに気づくのさ。

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問次郎……びっくりするぐらいに……? えぇ、何でしょうか?

 

 

女の子_うきわ

美沙……わたしは、献金の意味も気になりますけれど。

 

 

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答五郎……たぶん、そのこととも関係してくるはずだよ。

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)


聖家族崇敬が生まれた状況

石井祥裕(カトリック東京教区信徒/実践神学者)

「聖家族」という言葉は、カトリック教会では、主の降誕後にある日曜日に祝われる祝日の名前である。その日のミサの集会祈願では、次のように祈られる。「恵み豊かな父よ、あなたは、聖家族を模範として与えてくださいました。わたしたちが聖家族にならい、愛のきずなに結ばれて、あなたの家の永遠の喜びにあずかることができますように。」拝領祈願では、「いつくしみ深い父よ、とうとい秘跡で養われたわたしたちを強めてください。いつも聖家族の模範にならい、生活の労苦を乗り越えて、ともに永遠の喜びに入ることができますように。」

このように繰り返される模範としての聖家族とは、イエス、マリア、ヨセフのこと。『カトリック聖歌集』には聖家族の祝日のための聖歌として「イエズス マリア ヨセフ」という歌があり、「悲しみ 憂いに イエズス マリア ヨゼフ 慰めを賜え」と歌っていく。

このような聖家族観や崇敬はどのように生まれたものなのだろう。その歴史を調べてみると、いかにも、ヨーロッパらしいと思われるようなキリスト教の実態が窺われる。7つのトピックに分けて見ていこう(『新カトリック大事典』、フランスのカトリック事典:Dictionnaire de spiritualité, ascétique et mystique, La Catholicismeなどを参照)。

 

1.中世末期からふくらむナザレの家族への関心

日本も同じかもしれないが、中世まで、「家族」(ラテン語で「ファミリア」)といえば、大家族制度の家族だったようだ。教会では信心会、コンフラリアや兄弟会・姉妹会などの信者の結社をファミリアと呼ぶ慣習もあり、いわば「教会家族」を幅広く意味することばだったようである。父と母と子どもたちという最も親密な血縁家族を意味する家族の概念が生まれるのは、フランス語圏では17世紀だという。「聖家族」崇敬がはっきりと形成されるのは、まさにこのフランス語圏なのである。

その背景をなす、イエスの生涯に対する関心の変化は、やはり中世末期から見られたようである。幼子イエスを囲む母マリアと養父ヨセフの人物像や、その三人によって営まれるナザレの家庭生活についての関心が、1300年頃に成立した『キリストの生涯の観想』という書物(著者不詳)、1350年頃にザクセンのルドルフス(生没年1300~1378)が著した『キリスト伝』に反映されているという。美術の世界では「聖家族」を画題とする絵画が頻繁に描かれるようになるのもこの時期である。聖家族には、これら三人のほか、やがて、エリサベト、その子どもの洗礼者ヨハネ、またマリアの母アンナ(選りすぐり洋書紹介14『中世末期におけるマリアの母・聖アンナ』の紹介文を参照)も含まれるようになる。

 

2.“地上の三位一体”

ムリーリョ作『二つの三位一体』(1675~82頃、ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵)

なかでもイエス・マリア・ヨセフのいわば聖なる“核家族”には、三人ということで、神の三位一体との類比を含めて崇敬するという考え方が、16世紀末から17世紀初めの霊性家たちによって説かれるようになった(参考にムリーリョの『二つの三位一体』の画を掲げよう)。フランシスコ会のアンドレ・デ・ソト、イエズス会のオソリオ、そして有名なフランソア・ド・サル(フランシスコ・サレジオ)たちである。この見方とともに、「イエス・マリア・ヨセフ」の名を呼んで、取り次ぎを願うという、カトリック聖歌の歌に表現されているような信心がスペインで生まれた。ミニミ修道会のガスパール・デ・ボノが積極的に提唱していったという。やがてフランス、オランダへと広まっていった。あたかも「イエス・マリア・ヨセフ」という家族そのものが一つの聖人となったかのような祈りにも思える。

ちなみに、イタリアのマルケ州にロレート(フランス語ロレット)という町があり、ここには1291年にエルサレムが陥落した後、ナザレにあるサンタ・カーサ(聖母マリアの家)が1294年に移ってきたという伝承があったことから、マリア崇敬のための巡礼が盛んになっていく。1468年からこのサンタ・カーサの上に聖堂が建設し始められ、16世紀から17世紀にかけてますます巡礼が盛んになり、聖家族ゆかりの地となり、聖家族崇敬の高まりに拍車をかけた。

 

3.カナダ植民地が舞台となった聖家族信心会

中世末期から醸成されてきたこの崇敬が1630年代以降、信心会によって担われるようになる。注目されているのは、ジェローム・ル・ロアイエ・ド・ラ・ドーヴェルシエール(生没年 1597~1659) というフランス人信徒。ラ・フレシュに生まれ、当地の市参事官を務めていたが、1630年に妻、子どもたち含め一家全体を聖家族に献げるほどこの崇敬に熱心だった。彼は、貧しい人や病人、旅人を受け入れ世話をする信心会の創立を志し、故郷のラ・フレシュに昔からあった施設を広げて、1636年に聖家族にちなむ女性たちの信心会を創立。それはのちに聖ヨゼフ病院修道女会に発展することになる。

1639年、ル・ロアイエはパリでジャン・ジャック・オリエ(生没年 1608~1657。サン・スルピス司祭会の創立者)と出会い、彼から示唆を受けて、フランスのカナダ植民地(ヌーヴェル・フランス)のために信心会の派遣を進めた。カナダ植民地は一躍、聖家族崇敬の主要舞台となる。1642年に建設されたモントリオールが都市ごと聖家族に献げられたほどだった。1674年に設立されたケベック司教区の初代司教フランソア・ド・モンモランシー・ラヴァル(生没年1623~1708)は、1684年、教区のために聖家族の祝日を定めた(復活祭後の第3主日)。この祝日の始まりである。こうしたカナダでの聖家族崇敬の推進は、植民地社会の形成にあたって、その核となる入植者の家族の育成が促進され、その模範として奨励されたという意図が明らかに窺える。

 

4.19世紀に再び開花

同じ17世紀半ばから聖家族崇敬は、フランス、ドイツ、オーストリア、ナポリ、シチリアなどに広まっていき、信心会や祝日の形成(期日は多様)が相次いだ。しかし、啓蒙と革命の世紀、18世紀には、いったん衰退する。この崇敬が盛り返し、全教会的なものとなるのは19世紀のカトリック復興の気運の中でのこと。キリスト教的な家族生活の再建が目指され、また貧しい人々の救援、子どもたちの教育、信徒の信仰生活の充実が必要とされるなか、聖家族の姿がまぎれもなく模範と考えられるようになった。

1803年から1900年まで全欧米で聖家族の名を掲げる修道会(男子女子含む)や信心会が60余りも創立される。その推進者としてとくに名前が挙げられるのがピエール=ビエンヴュニュ・ノアイエ(生没年1793~1861)である。1816年にイシーのサン・スルピス司祭会の神学校に入学。ロレート大聖堂をたびたび訪問し、聖家族崇敬に熱心だった彼は、社会を再びキリスト教的なものとするための活動を志し、1819年司祭叙階、以後、聖家族姉妹会、同婦人会を設立、修道女会へと発展させる。近代社会の諸条件の適応した聖家族信心協会(アソシアシオン)といった組織を生み出すなど、19世紀におけるカトリックの霊性復興の一翼を担った。

 

5.ローマ教皇による奨励

ミケランジェロ作『聖家族』(1507年頃、ウフィツィ美術館蔵)

このような潮流にいわば祝福の冠を授けたのが教皇レオ13世(在位年1878~1903)である。教皇は1890年の教令で愛徳の精神、生活の聖性、信仰心の育成のために意義があると認め、聖家族の崇敬を奨励するとともに、各地の多様な聖家族信心会を統合し、総本部をローマに置き、各教区司教には、教区内での信心会の統括者を任命するように定め、聖家族運動を組織化することに努めた。同時に全教会のための任意の祝日として聖家族の祝日を公現後の第3主日と定めた。

その後、1920年、教皇ベネディクト15世(在位年1914~1922)は、これを全教会が守るべき祝日として、主の公現(1月6日)の次の主日と定めた。第2バチカン公会議後の典礼暦の改定(1969年)により、現在は、主の降誕後の年内の主日(それがない場合は12月30日)という決まりになっている。この祝日のために福音朗読箇所は、(主日A年)聖家族のエジプトへの避難(マタイ2:13-15、19-23)、(主日B年)幼子イエスの神殿奉献(ルカ2:22-40)、(主日C年)神殿での少年イエス(ルカ2:41-52 )と、イエスの幼年期、少年期のエピソードを内容としている。

これが、カトリック教会独特の信心形態である聖家族崇敬とその祝日の現在形である。

 

6.歴史が突きつけるもの

近世に形をとった聖家族の崇敬・信心は、幼子イエスへの礼拝意識、マリア崇敬、とくに聖家族崇敬と並行して高まるヨセフへの崇敬と絡み合いながら、展開してきた。近世期の聖堂に幼子イエスを抱く聖ヨセフ像とマリア像が据えられることも慣習化した。狭い意味では、近代社会におけるキリスト教的な霊性の核となる家族・家庭形成を促進するという教会の課題が徐々に強まってきた歴史かもしれないが、ファミリアという単語が中世までもっていた大家族の考え、それに信心会という観念自体が教会家族、信者家族を意味していたことを思い起こすと、関連する範囲はぐっと広がってこよう。

貧しい人々、病気の人、移動者移住者、難民など寄る辺なき人々を受け入れ、世話をする奉仕活動を展開する聖家族信心会は、近世期、とくに19世紀の産業革命による社会の激変のなかでは、キリスト教的社会福祉を増進する重要な役割を担っていた。聖家族は、狭い意味でのキリスト教的家族のモデルというよりも、教会家族、あるいは神の家族、ひいては人類家族を形成するための理念となってきた面のほうが意義深いのではないだろうか。

 

7.“非家族の家族”の模範として

考えてみれば、イエス、マリア、ヨセフの家族は人間的な意味で完全な家族ではない。イエスは神の子であり、マリアは母といわれながらおとめであるという神秘。ヨセフは人間的な意味ではマリアの夫ではなく、イエスの実父ではなく、養父である。いわば神の意志がたえず介入している“非家族の家族”。今日読まれる福音箇所も、すべてが神の意志に生かされ、導かれていることをあかしするものである。

しかし、人間的な意味での家族として完結しない、“非家族の家族”であることによって、今日、聖家族はまさに福音である。伝統的な家族関係が崩れ、個々人のつながりのかたちさえ揺らいでいる現今、イエス・キリストを要としてつながり合う、寄る辺なき人々の新しい家族が、新しい人類家族の糸口となっていく一つのモデルとして、その歴史における変遷をも含めて、聖家族崇敬を見つめ直していく味わいは新鮮である。