ハロウィンと諸聖人をめぐる謎

いったいハロウィンとは何なのか。キリスト教とは関係があるのかないのか。その起源を調べてみると、どうしても教会の祭日「諸聖人」との関係を見なくてはならない……。そう思って両方を調べていくとどちらも謎めいてくるのだ。少し長くなるが、それぞれの起源に関する情報を吟味してみよう。

 

1.ハロウィンの起源をめぐる謎

(1)一般的な起源論

一般的に信じられている概要という情報は、こんな次第である。ハロウィンは、古代ケルト人の祭りに起源がある。それはもともと「サーウィン祭(サムハイン)」と言う。ケルト人の暦では、新年は11月1日に始まり、その前日10月31日の夜は聖なる日とされていた。その日死者の霊がこの世とあの世の境界を自由に往来する。中には悪さをする霊魂が来ることもあり、それらをだますために魔女や骸骨などに扮装するのだ。簡単にいえばそのような宗教的起源をもつ。そして、この祭りがキリスト教の諸聖人の祝日とつながり、諸聖人前夜祭と位置づけられて広まり、現在に至るのだ……という。ハロウィンという今日の名前自体、オール・ハーロウズ・イブ(=諸聖人前夜祭)から来るのもそのような経緯を示している。しかし、ハロウィンという習俗を教会が受け入れていることは少ない。

ケルト人の祭りは、その後ブリテン諸島で伝承されていたが、17世紀以後は、イングランド南部で廃れたのに対して、スコットランド、アイルランドを中心に続けられていた。19世紀になるとアメリカ合衆国に移住したスコットランド人やアイルランド人を通じてハロウィンの慣習が持ち込まれ、最初は違和感をもたれていたようだが、20世紀には全米的に受け入れられ、コマーシャリズムとも連動し現在に至るという。1990年代からこの米国型ハロウィンがヨーロッパにも進出しているらしい。

 

(2)近代の民俗復興の産物らしい

ハロウィンとキリスト教の関連を強く論ずる説は、宗教民族学や民俗学でいわれているもの。11月から新年を数えるケルト人のいわば生命更新儀礼として死者にまつわる祭りがあり、この日を教会が諸聖人、ひいては死者の日の規準になったのだと見ている。

しかし、最近は、このようなハロウィンのケルト由来を疑わしいとする説が有力になりつつある。サーウィン祭=サムハイン自体、史料的に不確かだという。ケルト人の死者の祭りは、逆に、中世後期にすでに西方教会で一般化していた11月1日の諸聖人や11月2日の死者の日の影響を受けて生まれたとまでいうのである。アイルランドは、もっとも早くキリスト教が浸透した地域だからである。ハロウィンは、むしろ、近代のケルト文化ルネサンスの産物で、19世紀に取り上げられて結晶し、20世紀に普及したというのは、教会や家庭、地域での世俗的習俗としての展開ぶりから、この説は納得できるものがある。教会との疎遠感もわかる。

 

2.諸聖人の祭日の起源をめぐる謎

このように、ハロウィンの起源論に関してつねに参照される11月1日の諸聖人の祭日。実はこの祭日の起源論にもケルト起源説がたびたび浮かび上がる。ところで、「諸聖人」の祭日は、現在の日本のカトリック教会の名称。ラテン語では、Sollemnitas Omnium Sanctorum, 英語では、Sollemnity of All Saints, またはAll Saint ‘s Day、ドイツ語でもAllerheiligen と「すべての聖人の祭日」なので全聖人祭ともいえるので、そうしてみる。以下、ドイツや米国の主要なカトリック大事典から起源論情報を整理してみると:

 

(1)聖霊降臨の主日の次の主日

すべての聖人のことをまとめて祝うという慣行の最初の証言は、400年前後のヨアンネス・クリュソストモスという教父のもの。アンティオキアかコンスタンティノポリスで聖霊降臨の主日の次の主日が「全聖人の主日」と呼ばれていた。どの程度普及していたかは不詳だが、復活節の趣旨を引き継ぎ、キリストの復活に全聖人が参与しているという意味をよく示すものであることは確かで、ビザンティン典礼の教会では、現在もこの日を全聖人の主日として祝う。日本のハリストス正教会の用語では「衆聖人の主日」と呼ばれている。西方でもこの聖霊降臨の主日の次の主日を「諸聖人の日」として祝う慣行が伝わっていたことが5世紀から7世紀の史料に見える。

 

(2)5月13日というローマの記念伝統

しかし、ローマでは別な伝統が浮かび上がる。609年か610年に教皇ボニファティウス4世(在位年608~615)がビザンティン皇帝フォカス(在位年602~610)からパンテオン(万神殿)を譲り受け、教会堂に建て替えて「おとめマリアと全殉教者のための聖堂」として建設、5月13日に献堂された。以後、5月13日に全殉教者ひいては全聖人を記念したという。ただし、単なる献堂記念日だったという説もあるし、この日付の起源についても二つの説がある。ローマ古来のレムリアという5月9、11、13日に祝われる死者の悪霊を宥める祭祀に関連があるという説、他方、5月13日は以前からシリアで全殉教者を記念する日であり、それを踏まえてこの日がその聖堂の献堂日になったという説もある。ただこの聖堂との関係でローマには5月13日の記念日が伝統となっていったようだ。

 

(3)11月1日の全聖人祭は8~9世紀に成立

ヨーロッパの教会で11月1日という日が浮かび上がるのは8世紀末のこと。

一つにはアイルランドの司教・修道院長であったオエングス(生没年750頃~824頃)が書いたアイルランドやローマの諸聖人に関する『祝日考』という書物。7~8世紀のアイルランドでは、4月20日にヨーロッパの全聖人を祝っていたが、800年に近い頃から11月1日の全聖人祭が生まれたと報じている。

トリーアの黙示録写本。黙示録7章9-11節の挿絵。あらゆる民族から選ばれた人々によってたたえられる小羊。キリストと諸聖人の集いの原風景といえる。

同じ8世紀末にイングランドのヨークで作られた暦にも11月1日の全聖人祭の記録がある。これを有名なアルクイン(生没年730~804)が奨励し、友人のザルツブルクのアルノ(785年より司教、798年より大司教)も当地で11月1日に諸聖人祭を祝った。ヴィエンヌ司教アド(在職860頃~866)がルートヴィヒ1世敬虔王(生没年778~840、皇帝在位814~40) にこれをフランク王国(西ローマ帝国)全土に広めるように請願。これを受けてルートヴィヒ1世が835年の勅令で11月1日を全聖人の祝日とするよう全国に義務づけた。その後、ローマでも教皇グレゴリウス7世(在位年1073~85)がローマ伝来の記念日5月13日より11月1日を優先するように定め、以後、ヨーロッパで一般化した。こう見ると、アイルランド、イングランドの慣行が全ヨーロッパに流入し、やがてローマに逆輸入されていったという景色が見える。

なお、11月1日の全聖人祭の翌日11月2日は10世紀の終わりからベネディクト会クリュニー修道院でのすべての死者を追悼する日としての実践が始まり、やがて全ヨーロッパに浸透するようになる。

ちなみに教皇シクストゥス4世(在位年1471~1484)が全聖人の祭日に八日間の祝いを付加し、1955年まで続いていた。日本語の旧称「万聖節」という呼び名はこの八日間を含めてのものであったわけだ。

 

(4)なぜ11月1日になったかは闇の中

では、なぜ、ヨーロッパで11月1日が全聖人祭として定着したのだろうか。11月1日の祝いの起源はどこにあるのか。これについてはおおまかにケルト起源説とローマ起源の説の二つがある。

ケルト起源説は、ハロウィンの起源として論じられるケルト暦での新年への移行儀礼「サーウィン祭(サムハイン)」を前提として、この日にアイルランドの教会で全聖人祭が設定され、そこからイングランドを経て、大陸ヨーロッパへ伝わったのではないかという説。

それに対してローマ起源だったという説もある。きっかけとして言及されるのは教皇グレゴリウス3世(在位年731~741)が732年にローマの聖ペトロ大聖堂(現サン・ピエトロ大聖堂)に「すべての使徒、殉教者、信仰告白者、そして全世界のすべての義人と完徳の人々のため」の礼拝堂を献堂したという事実。献堂式の日が定かではないが、当時イングランドのヨーク司教エグベルト(在職732~766)がグレゴリウス3世から大司教の位を授けられるというやりとりがあり、彼がローマの上述の礼拝堂の献堂日を踏まえて11月1日の全聖人祭を移入したのではないかという説である。

 

3.謎が謎を呼ぶ、ハロウィンと諸聖人

こういうわけで、11月1日の諸聖人祭(全聖人祭)の起源が最終的にはどこにあるのかは不明というしかない。ケルト暦との関連性は自然なので、それを重要視すれば、現在11月全体を死者の月と考える慣習までそこに由来するのかと思ってしまうが、はたして? いずれにしても、アイルランドやイングランドからヨーロッパ全土に広まっていたという流れは当時のキリスト教のヨーロッパでの広がり具合から見て、肯定できるものがある。ただし、アイルランド土着の宗教を何とかキリスト教化しようとして発生したわけではどうやらないらしい。ハロウィンが土着宗教の要素をもっていたにしても、ハロウィンという名前が11月1日の諸聖人祭(全聖人祭)の存在を前提としているのであり、そのかぎりはやはり再構成的な祭礼行事ではないのかと考えられる。

一方、教会の諸聖人祭も今日ではいささかインパクトが弱い。特別なことが行われるわけではなく、ただミサの祈りや聖書朗読がそれをテーマにしているだけである。どうしてか、それは、ミサはいつも奉献文の中で、諸聖人やすべての死者のことを祈っているからである。ミサがいつでもキリストの復活祭(死と復活の神秘の祝い)であるように、これとの関係の中で諸聖人祭でもあり、すべての死者の追悼ミサでもある。

起源論としては、謎めいているハロウィンと諸聖人の関係だが、少なくとも諸聖人の記念はキリストの神秘でいつも息づいている。

(石井祥裕/典礼神学者)

 


《対話で探求》 ミサはなかなか面白い 40:朗読後の「神に感謝」

朗読後の「神に感謝」

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答五郎……さて、「ことばの典礼」だけでも20回目になるが、きょうはもう一度ふり返ってみて、さらに気になるところがあったら考えてみよう。

 

 

 

聖子……見学していて気になったのは、朗読後のところね。

 

 

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答五郎……はぁーん。あそこか。

 

 

聖子……ええ。第1朗読や第2朗読で、朗読が終わると隣にいる、……侍者だったかしら、侍者が「神に感謝」と言うと、みんなが「神に感謝」と言うのが多いかしら。でもある教会では、侍者が「神に感謝」と言ったあと、黙っていることもあるわ。また、ある教会では、朗読者自身が「神に感謝」という場合もあって、さらにみんなが「神に感謝」と答えているところもあるし……。

 

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答五郎……そう、たしかにいろいろなやり方があるね。気になるかい。

 

 

聖子……そう言われると……。朗読の中身のほうが大事なのよね。でも、終わったあと、「神に感謝」と言ってよいのか、よくないのか、迷ってしまって、ほんとに落ち着かないわ。

 

 

 

瑠太郎……福音朗読のあとには司祭が聖書を掲げながら「キリストに賛美」といって、皆も「キリストに賛美」と声を出して答えていますね。

 

 

聖子……それで、なんとなく元気も出るというか、しまるというか。ずっと黙っていたわけだから、声を出して答えたいというのも自然な感情でしょ。

 

 

 

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答五郎……実はね。こういう事情があるのだよ。日本語版『ミサ典礼書』、今行われているミサの基だが、ここでは、朗読が終わると、朗読者は何も言わず、侍者が「神に感謝」と言う、ということになっているのだが、会衆はこれを唱えるというふうにはなっていないのだよ。

 

聖子……実際そういうふうにやっている教会もあるわけだから、『ミサ典礼書』に忠実というわけね。 でも、どうしていろいろなやり方になっているのかしら。決まりを無視しているというわけ。

 

 

 

瑠太郎……侍者が言うのは決まりに従っているにしても、一同がさらに「神に感謝」と言うのは、自然な心理からなのではないでしょうか。今のミサは、いろいろなところで、会衆の応唱ですか、この一同の元気な答えというのが大事な部分になっているようですし。

 

 

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答五郎……朗読後のほんの一言に関してなのに、日本の教会では、不思議に大きな討論のテーマになることがあるのだよ。

 

 

瑠太郎……朗読の中身のほうが重要だと思うのですが。

 

 

 

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答五郎……たしかに。実は、ここのところ、『ローマ・ミサ典礼書』ラテン語版、つまり教皇庁の典礼秘跡省から出されている各国語版の底本では、ここの部分は、朗読者が「Verbum Domini 」=「主のことば」(「主である神のことば」の意味)と唱え、それに対して会衆が「神に感謝」と答えるというふうに規定されているのだよ。

 

聖子……そうなの。じゃ、朗読者は何も言わず、侍者が「神に感謝」と言い、会衆は言わないという規則は日本の教会だけで決めたことだったの?

 

 

 

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答五郎……そうなのだよ。どうしてかというと、神のことばを聴いて、沈黙を保ったまま黙想することができるように、という意図だったらしい。

 

 

聖子……それだったら、いっそのこと、朗読が終わったらなにも言わないほうがよかったじゃない。

 

 

 

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答五郎……それは一理ある。たしかに侍者が「神に感謝」と言うことにしたために、どうしてもみんなも唱えないと落ち着かないというふうに思われたらしい。他の司式者との対話句と同じようにね。もっとも、ラテン語版には、「神に感謝」を会衆が唱えることになっていて、大方の各国語版も同じようにしているから、外国人の司祭方をはじめ、それを当たり前と思う人が多くいるから、そのやり方が続いているとも考えられているよ。

 

 

聖子……結局どうしたらいいの? まちまちのままでいいの?

 

 

 

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答五郎……とうぶん続くだろうね。近い将来期待されている日本語版『ミサ典礼書』の改訂では、ここの部分は、ラテン語版と同じように、朗読者が「神のことば」(たとえばだけどね)と唱え、会衆が「神に感謝」と答える形にしていくことが予想されている。

 

瑠太郎……ずっと聞いていたのですが、むしろ重要なのは、やはり聖書朗読の中身だと思います。今回、いろいろと学び、教会で聖書が読まれるときは、神が語る、キリストが語る、聖書朗読、とくに福音朗読の中にキリストがおられるのだということが、ぼくにとっては、重要でした。

 

 

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答五郎……たしかに、答唱詩編でも、アレルヤ唱でも、福音朗読のあとの説教でも、信仰宣言でも、そして共同祈願でも、そこにキリストがいるということを意識することが大事だね。

 

 

瑠太郎……ことばで行われるこの式の流れを通じて一貫しているのは、やはりそこにキリストのことば・声・祈り・教え・行いの跡がはっきりと示され、響いて、自分たちを刺激し、力づけていくということではないでしょうか。

 

 

 

聖子……それだけ大事なら、やっぱり「神に感謝!」とみんなで叫びたいわね。

 

 

 

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答五郎……ありがたい二人の言葉だ。では、少し休んで、次からは、「感謝の典礼」という部分を見ていくことにしよう。

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)


《対話で探求》 ミサはなかなか面白い 39:奉献文にもある“共同祈願”

奉献文にもある“共同祈願”

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答五郎……共同祈願のところを見てきて4回目になる。前回、「困難に悩む人のために祈る」という意向3の趣旨を考えるための参考に、ビザンティン典礼の奉献文「バシレイオスのアナフォラ」の一部分を見てみたところ、瑠太郎くんから、共同祈願と奉献文の関係について質問されたのだね。

 

瑠太郎……はい。今はミサの「ことばの典礼」の最後の部分にあたる「共同祈願」を考えているところで、急に奉献文の例があがったのでちょっと驚きました。

 

 

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答五郎……奉献文については、やがて扱うことになる「感謝の典礼」の中心的なところなので、あとでゆっくり扱うことにしているのだが、共同祈願との関係で少しだけ前もって見ておくことにしよう。奉献文は、ミサの見学でだいたい聞いて親しんでいるだろう。

 

瑠太郎……はい、特に「わたしのからだ」というところや「わたしの血の杯、……新しい永遠の契約の血」はとくに厳かな気持ちになります。

 

 

 

聖子……鈴も鳴るし、皆深々とおじぎをするし。少し緊張するわ。

 

 

 

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答五郎……そこは、聖別句といわれるところで、秘跡制定句と説明されることもあるのだけれど、たしかに奉献文の中心だ。そのあと、「信仰の神秘」「主の死を思い、復活をたたえよう、主が来られるまで」となるだろう。

 

 

 

聖子……そこ歌うわよね。感動が極まっているという雰囲気のところね。

 

 

 

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答五郎……そのあと、第二奉献文でいえば、「わたしたちはいま、主イエスの死と復活の記念を行い、ここであなたに奉仕できることを感謝し、いのちのパンと救いの杯をささげます」とあり、そして、そのあとに「キリストの御からだと御血にともにあずかるわたしたちが、聖霊によって一つに結ばれますように。」とあるだろう。この「一つに…」という趣旨から続きがあるのだよ。

 

瑠太郎……「世界に広がるあなたの教会を思い起こし、……」の祈り、そして「また、復活の希望をもって眠りについたわたしたちの兄弟とすべての死者を心に留め……」という祈りのことですね。このあたりは「取り次ぎ」とも呼ばれています。

 

 

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答五郎……そう。その「取り次ぎ」の祈りについて『ローマ・ミサ典礼書の総則』79にきれいな説明があるので、聖子さん、読んでみてくれないかな。

 

 

 

聖子……ええ、ここね。「取り次ぎの祈り-この祈りは天上と地上の全教会の交わりの中で感謝の祭儀が行われることを表し、キリストのからだと血によって得られたあがないと救いに参加するよう招かれた教会と、生者と死者を問わず、そのすべての構成員のために、奉献が行われることを表現する」。ふうっー、ちょっと難しいわ。

 

 

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答五郎……要は、「感謝の祭儀」は天上と地上の全教会、生者と死者を問わず教会の全メンバーによって、その全員のために行われるということを言っているのだよ。「全教会とそのすべての構成員」のために祈るというところは、「ことばの典礼」の共同祈願と似ているだろう。とくに意向1の「教会の必要のため」という趣旨と重なっている。

 

瑠太郎……でも、ここは全教会といって、やはり信仰者のことを前提としているのではありませんか。教皇や司教、またマリア、ヨセフ、使徒、聖人などのことをいうとき、それに復活の希望をもって眠りについたわたしたちの兄弟というときには。

 

 

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答五郎……でもね。教会のことを狭く考えているとも思われないのだよ、典礼の祈りは。すべての人は神に招かれているという前提で祈っている。福音も聖体もすべての人の救いのためだという精神で祈っているのだよ。神に賛美と感謝をささげ、そして横のつながりでの祈りをしているのだから。

 

瑠太郎……それで、ビザンティン典礼の奉献文(アナフォラ)では、そのような取り次ぎの祈りの中で、困難な状況にある人たちのことも祈っているのですね。

 

 

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答五郎……そう、「取り次ぎの祈り」とはわかりやすくいえば「教会共同体のための祈り」なんだ。キリストを中心とする共同体としての連帯性のもとで祈るという意味では、本来「すべての人のための祈り」である共同祈願と性格としては共通なのだよ。

 

聖子……じゃあ、ミサでは共同祈願が2回あるといってもいいわけ?

 

 

 

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答五郎……そういえるかもしれないね。「ことばの典礼」の共同祈願は、その日の神のことばにこたえてする「すべての人のための祈り」だとすれば、奉献文の取り次ぎの祈りは、「感謝の典礼」でささげられる「すべての人のための祈り」つまり共同祈願というふうにね。

 

瑠太郎……こういう言い方もできませんか。福音にこたえて祈る共同祈願と、聖体のもとで祈る共同祈願というふうに。

 

 

 

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答五郎……なるほど! ずいぶんミサの核心に入ってきたね。たしかにミサには「みことばの食卓」と「キリストのからだの食卓」があるといわれることがあるね(総則28参照)。それぞれの食卓からささげられる共同祈願ということになるね。

 

 

聖子……だんだんともう、「感謝の典礼」のことが気になってしかたがないわ!

 

 

 

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答五郎……そうだね。でも「感謝の典礼」のことに入る前に、次回もう一度「ことばの典礼」全体のことを振り返っておくことにしたいな。

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)


《対話で探求》 ミサはなかなか面白い 38:「困難に悩む人々」のために

「困難に悩む人々」のために

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答五郎……共同祈願のことを考え始めて3回目だね。前回は、「すべての人のための祈り」という共同祈願の特質が、意向1では「教会の必要のため」と意向2では「国政にたずさわる人々と全世界の救いのため」という二つの側面から考えられていることを見たね。今回は、意向3の「困難に悩む人々のため」という側面について考えてみよう。

 

瑠太郎……この部分では、最近では『聖書と典礼』の例文などで内戦や自然災害などで苦しんでいる人、病気で苦しんでいる人などはよく言及されている気がします。これも教会の伝統なのですか。

 

 

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答五郎……実は、前回も引用した「テモテへの手紙 一」2章1~2節で、とくにあげられているのは「王たちやすべての高官のためにも」ということだから、困難に悩む人々のことが特別にあげられているわけではないのだけれどね。実際に困難に悩んでいる人を助けることについての教えは、イエス自身が示しているよね。

 

瑠太郎……はい、イエス自身が、あの当時の社会のなかでさげすまれている人と一緒に食事したり、病気の人をいやしたりしていました。

 

 

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答五郎……それに、たとえば、マタイ25章31~46節の最後の審判についての教えの中でも、飢えている人、渇いている人、旅をしていて宿のない人、服のない人、病気の人、牢獄に入れられている人を助けることは、「わたし」(イエス)を助けることだと語られている。これら「最も小さな者の一人」を助けることがイエスを助けることだといわれているのだよ。

 

聖子……教会の歌で「小さな人々の」という歌があったわね。「♪小さな人々の一人ひとりを見守ろう、一人ひとりの中にキリストはいる」(『典礼聖歌』400)

 

 

 

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答五郎……そう、その歌はまさにそのマタイ25章の教えに基づくものだよ。
ちなみにね、前回も見たユスティノスの『第一弁明』(67章6節)ではね、日曜日の礼拝集会では施しを集めて困難にある人を助けたということが書かれている。「次に、生活にゆとりがあってしかも志ある者は、それぞれが善しとする基準に従って定めたものを施します。こうして集まった金品は指導者のもとに保管され、指導者は自分で孤児ややもめ、病気その他の理由で困っている人々、獄中につながれている人々、異郷の生活にある外国人のために扶助します。要するに彼はすべて窮乏している者の世話をするのです」とね。「孤児ややもめ」とは、旧約聖書の時代から社会的弱者の代表のように言及されている人のことだし、そのあとのところは、さっきのマタイ25章の教えとも対応しているのがわかるだろう。

 

瑠太郎……そうしたことは、教会の実践として勧められていることですよね。それが共同祈願の意向にも反映しているということですか。

 

 

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答五郎……「すべての人」に目を注ぐということは、さらに「さまざまな状況や境遇にあるあらゆる人」にも目を注ぐということだし、その場合、祈りによって支えるべき人は、おのずと何らかのかたちで困難な状況にある人ということになるだろう。それは、さまざまあるし、むしろ、それぞれの共同体の中で具体的な状況を考えていっていいようなものだよ。

 

 

聖子……ときどき、何かの献金日にちなむ意向が例文としてあがっているときがあるわね。先週(10月22日=10月の最後から2番目の日曜日)は「世界宣教の日」となっていたわ。

 

 

 

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答五郎……これは、世界中の宣教活動のために霊的援助と物的援助をともにしようという意味で、とくに物的援助のために献金を集めるよね。でも、そのような事業には霊的援助が不可欠だろう。そこで、なるべく献金日が定められているときには、そのことを共同祈願の意向に反映しようという姿勢から例文があげられているわけだよ。困難に悩むという原則を広い意味で考えていることにもなる。どのような宣教活動にも、困難はつきまとうからね。

 

瑠太郎……その意味では、共同祈願は教会の実践の心を表すものともいえるのですね。

 

 

 

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答五郎……そういう見方は大事だね。祈りは言葉だけで終わるものではないからね。実はそこで参考になるのは東方教会の奉献文なんだ。8〜9世紀頃にまとまったとされるビザンティン典礼の奉献文「バシレイオスのアナフォラ」には、王や皇帝のための祈りもあれば、教会を構成するほんとにあらゆる人々のことが祈られている。その広がりの中で困難に悩む人たちのことも祈っている。試しに訳した文章があるので、その部分を、聖子さん、読んでもらえないかな。

 

 

聖子……はい、ここね。「(神よ、汚れた霊によって苦しめられた人々を解放し、航海する者たちとともに航海し、旅する人々と道をともにしてください。身寄りのない子どもたちを保護し、とらわれ人を解放し、病気の人を見舞ってください。裁きの場に置かれている人、追放されている人、あらゆる困難と不幸の中にある人々を心にとめてください」。いいかしら。

 

瑠太郎……たしかに、聖書の教えとつながる内容もあるし、世の中にいつもいる弱い立場の人々のことが触れられていますね。教会はイエスや使徒たちの時代からずっと変わらずに、いつもこのような人たちのために祈り、援助しているということでしょうか。

 

 

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答五郎……助け合うという実践にこめられる心を表すために祈りが行われるし、また祈ることによってみんなを実践へと動かしていくこともあるだろうね。

 

 

瑠太郎……答五郎さん、今、読んだ例文は奉献文のものだと言いましたよね。奉献文と共同祈願は別なものと思っていたのですが、関係があるのでしょうか。

 

 

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答五郎……ほう、そのことか。その点は次回に考えてみよう。

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)

 


日本とキリスト教の道半ば

石井祥裕

所属教会で歴史の学習会を実施している。その中で教会書的に知っていた「島原の乱」に関して、研究が目覚ましい変貌をとげていることを知った(書籍紹介参照)。大きな視野で語ってくれる著者たちから示唆を受けて、目を開かれるところは多いが、島原天草一揆として今は呼ばれるこの事件の全貌も意味もなお捉えがたい。専門の歴史家ではないので、研究者の示唆に頼るしかないが、しかし、それでも、歴史認識を刺激してくるいくつかのポイントがある。

神田千里『宗教で読む戦国時代』(講談社選書メチエ、2010年)

この一揆の主導者たちの意図においては、信仰運動として、宗教運動として、徳川幕府の迫害・禁教政策に抵抗して起こしたものという面が確かにあった。その場合、宣教師の指導がなくなった信徒だけの集団としてのある種の信仰の変質の予兆もあったようだ。同時に、かつての信徒組織(コンフラリア)のきずなの存続という面もある。キリシタン史の転換期の到来である。もちろん圧政下での生活の困窮が動機となった参加者もいた。一揆集団は混成集団で、雑多な人々がいたことは矢文の史料も物語る。その人々を統合するためにも、主導者たちには宗教的(キリシタン的)理念を強調していったようである。そこにはキリシタン宣教黄金期の記憶も投影されたことだろう。キリシタン宣教師と信徒が活躍していた時代が壮絶な終わりに向かっていく。そこには信仰の苦悩と同時に哀しさが漂う。

一揆集団は、客観的には混成体だったかもしれないが、真実の信仰心から参加していた者もいたことはたしかである。矢文史料の一つにみられる「宗門さえお構いなくしていただければいうことはありません」という声。また混成集団をまとめるために腐心した一揆主導者の意識を伝える『四郎法度書』にある「互いを大切に思って意見を交わすべきである。城内の者は、後世までも友達なのだから」という言葉も、原城に籠もった集団の中にある人々の意識の一端を示す。「大切」とか「友達」という言葉の用法はとても近代である。幕藩体制から敵視された原城内の人々には意識や動機の多様性も含めて近代性が感じられる。

幕府のキリシタン弾圧は、この事件後にも一区切りを迎える。1639年のペトロ岐部の処刑もその局面でのことだ。宣教師の時代が終わる。宣教師自身の棄教(転びバテレン)が見られるのもその時期。遠藤周作が『沈黙』で対象とする時代である。キリシタン史は潜伏期に向かう。そうした、キリシタンの活動時代から潜伏時代への転機、日本宗教史の室町戦国時代史から徳川時代史への転機という意味では、この島原天草一揆の位置はとても大きい。

写真は共に島原城内の展示。写真提供:鵜飼清

この事件は、それがどう取り締まられ、どう鎮圧されたかのプロセスにも興味を抱かせる。事件発生からどのような連絡系統で江戸幕府に伝わり、またどのような指揮系統で鎮圧が実行されたのか。ここには軍事体制としての幕藩体制の確立の度合いが試されている感も強い。西南諸藩の大名の原城攻撃の布陣図は、2万人ほど(と最近は思われている)の困窮農民たちを取り締まろうとするには大きすぎる規模だ。実際総攻撃時の虐殺も、幕府統治の圧力のほうをより大きく感じていての所業だったのではないか。

混成集団といわれた人々の思いは、人骨や十字架やメダイ、ロザリオなどの遺物の中にその断片を遺している。彼らが求めたものは、信仰の歴史の「あす」に実現したのだろうか。幕藩体制が近代国家への第一歩であったとするなら、この事件を経験した統治者は、その後、民衆やキリシタンに対してどのように臨んでいっただろうか(浦上信徒迫害事件を思い起こそう)。戦後が日本キリスト教史の「きょう」だとすれば、明治以降~戦前はいわば「きのう」。そして徳川時代は「おととい」になる。こう考えると、島原天草一揆はその「おととい」の始まりである。日本の国もキリスト教も道半ばの大きな事件であり、多くの犠牲であったのだ。民衆史においても、キリスト教史においても、日本の国の歴史においても、この事件にもっと関心を向け、語り合ってよいのではないだろうか。

(典礼神学者・実践神学者)

 


《対話で探求》 ミサはなかなか面白い 37:「すべての人」へのまなざし

「すべての人」へのまなざし

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答五郎……こんにちは。ちょっと休んでしまったが、元気かな。前回から「ことばの典礼」の最後の部分にあたる「共同祈願」のことを考え始めたね。

 

 

瑠太郎……はい。「共同祈願」の「共同」には、結局「すべての人のために」信者「みんな」で祈るという意味が込められているのだということがわかりました。

 

 

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答五郎……では、その「すべての人のため」ということをもう少し詳しく見ていくことにしよう。共同祈願の形式として「招き」と「結び」の間に、いくつか「意向」があり、それに対して短い「応唱」があるということは、もう見学してもうわかっているだろう。

 

瑠太郎……はい。祈りの意向をいくつかのべて応唱を繰り返すところは連願的な部分でしたね。日曜日のミサではだいたい4つあるようですが。

 

 

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答五郎……『聖書と典礼』の例文が4つとなっていて、最後が「それぞれの共同体のために祈る」となっているから4つなのだが、そのもとは『ローマ・ミサ典礼書』の総則70にある。読んでもらえるかな、聖子さん。

 

 

聖子……はい。「意向は通常、次のような順序で行う。a)教会の必要のため b)国政にたずさわる人々と全世界の救いのため c)困難に悩む人のため d)現地の共同体のため。ただし、堅信、結婚、葬儀などの特別な祭儀においては、特殊な機会を考慮して意向の順序を定めることができる」
つまり、日曜日の意向が4つになっているのもこのa)b)c)d)に沿っているのね。

 

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答五郎……a)やb)については、前回読んだ「テモテへの手紙 一」2章1~2節の中の「願いと祈りと執り成しと感謝とをすべての人々のためにささげなさい。王たちやすべての高官のためにもささげなさい」や、ユスティノスが『第一弁明』で記す「ここに共に集って、自分共と、照明にあずかったその人と、また全地に居るすべての人々のために、公同の熱い祈りをささげること」という表現が背景にあると考えられるだろう。そこに困っている人への祈り、現地の共同体自身のためというある特定の人に向けての祈りもある。

 

 

聖子……すべての人というと、いつも全体のことを考えるのかと思っていたけれど。

 

 

 

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答五郎……すべての人というとき、あらゆる状況にある人々すべてということを考えているのだと思うよ。でも、あらゆる状況すべてに言及することは、この短い祈りの中ではできなくて、そのときどきに、ある状況のことを考えていってもいいわけだよ。

 

瑠太郎……あくまで大枠というか基本原則なのですね。

 

 

 

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答五郎……そうだね。だけれど、この4つの意向の順序は意識する必要があると思う。ほんとうは、各教会で手作りの意向をささげてよいわけなのだけれど、なかなか大変なのが実情だから、つねに、このような意向の類別を意識できるようにするために、『聖書と典礼』も例文を示すことにしているのだよ。

 

聖子……つまり、全部が教会のため、全部が世界のため、全部が困難を抱える人々のため、全部が現地の共同体のためになってはいけないということね。

 

 

 

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答五郎……具体例があるといいかな。次の日曜日10月22日は年間第29主日(B年)になるのだけれど、その日の『聖書と典礼』の意向の例文を見てみよう。ちなみにこの日の福音朗読はマタイ22章15-21節。「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」(21節)という有名な言葉があるところだ。瑠太郎くん、例文を読んでほしい。

 

瑠太郎……はい。意向1は「キリストとともに歩むわたしたちが、一人ひとりの近くにおられる主の愛を感じとり、あかししていくことができますように」、意向2は「人々が自分だけの価値観にとらわれず、他者の考えにも耳を傾け、世界の将来にふさわしい道をともに求め、協力することができますように」ですね。

 

 

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答五郎……意向1が、キリスト者であるわたしたち、いわば全教会の使命にとって必要なことを願う内容、意向2が、一般の人々が世界全体のために協力し合えるようにと告げているね。

 

 

聖子……ここにあることは、だれにとっても大事なことよね。みんなに共通のよいことのために、教会も祈っているのね。

 

 

 

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答五郎……祈っているということは決して口先だけのことではなく、行動や実践のための決意表明の意味ももつわけだよ。実はこの二つの意向にも示されているような教会へのまなざしと、世界へのまなざしは、第2バチカン公会議(1962~65年)の『教会憲章』と『現代世界憲章』の二つに基づくものだということもいえるのだよ。

 

瑠太郎……少し学んだことがあるのですが、教会が近代世界に対して自己を閉ざしていたような態度をあらためて世界に向かって自らを開き、すべての人の救いと世界がともによくなることを目指して奉仕する姿勢になったということですね。

 

 

聖子……第2バチカン公会議があったから、ミサの共同祈願ができたってことなの?

 

 

 

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答五郎……いやあ、たしかに第2バチカン公会議前のミサにはなかったのだが、むしろユスティノスが語るように初期の教会で行われていたのだよ。だから、共同祈願は復興されたというべきなんだ。その際の教会と世界へのまなざしの向け方を、この公会議は率先して示したということになるだろうね。次は、意向3について考えてみよう。

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)


《対話で探求》 ミサはなかなか面白い 36:共同祈願の「共同」って?

共同祈願の「共同」って?

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答五郎……さて、「ことばの典礼」を扱って16回目になるね。テーマを共同祈願に移そう。見たことは?

 

 

瑠太郎……日曜日のミサに行くと行われていますね。僕が行ったところでは、信徒席のところで、一人の人が『聖書と典礼』にある例文を読み上げていました。

 

 

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答五郎……その読み上げるところは「意向」という。ここが共同祈願だと思われることもあるけれど、司祭の招きがあり、いくつか意向が唱えられ、そのたびに一同が応唱し、最後に結びの祈りがあるという流れ全体が共同祈願なのだよ。

 

 

瑠太郎……招きと結びの祈りがあるところは、集会祈願、奉納祈願、拝領祈願とも同じですね。

 

 

 

聖子……そこに、意向がいくつかあって、それぞれに一同が応唱するというところが独自よね。

 

 

 

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答五郎……短い応唱が何度も入るような祈り方を連願ともいうのだけれど、ある意味で共同祈願の形式は、公式祈願と連願が組み合わさった形といえるね。ところで、共同祈願の「共同」ってどんな意味だと思っていたかな。

 

 

 

聖子……信者一同が応唱して、皆が一緒に祈っている雰囲気がよく出てくるからじゃないの。

 

 

 

瑠太郎……それに意向を信徒が唱えるところにも、信者の共同の参加が表されていると思います。

 

 

 

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答五郎……たしかにそうだね。しかもその意向って、『聖書と典礼』に載っている例文を使うことが多いかもしれないけれど、ほんとうはミサをささげている共同体が自分たちで作っていいところなんだよ。すると、そこにも共同参加がよく表されるから、共同祈願というのかもしれないね。

 

 

聖子……思わせぶりね。質問する意味が知りたいわ。

 

 

 

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答五郎……実はね、ミサ典礼書のラテン語の原文では、共同祈願は「オラチオ・ウニヴェルサーリス」という。「すべての人のための祈り」といった意味なんだよ。

 

 

瑠太郎……では、共同祈願とは日本のミサ典礼書独自の名前ですか。直訳すると万人祈願でしょうか。

 

 

 

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答五郎……そうなるかもしれない。ともかく、これについては、新約聖書に重要な箇所があるんだ。「テモテへの手紙 一」の2章1~2節を読んでもらえるかな。

 

 

聖子……ここね。「それで、まず第一に勧めます。願いと祈りと執り成しと感謝とをすべての人々のためにささげなさい。王たちやすべての高官のためにもささげなさい」。少し難しい言葉もあるわね。「執り成し」って。

 

 

 

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答五郎……簡単にいうと、ある人々のために、そのことを神にお願いするというときに、祈る人がその人々のことを神に執り成すということになる。そのような、だれかのために祈るという趣旨を表すために、英語では、共同祈願のことを「インターセッション」つまり「執り成しの祈り」と呼ぶことがある。日本でも他教派ではその意味で「代祷」(その人たちに代わって、その人たちのために祈ること)と名付けている場合があるんだよ。

 

 

聖子……いろいろな名前があるのね。

 

 

 

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答五郎……もっとも、一テモテ書のいう「願いと祈りと執り成しと感謝」をひっくるめて「祈り」と考えていいとすれば、この箇所は、「すべての人のための祈り」という性質をよく教えてくれる箇所となるだろうね。

 

 

瑠太郎……「すべての人」の意味はなんなのでしょうか。

 

 

 

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答五郎……参考になると思うのは、ユスティノスの『第一弁明』という2世紀半ばの書だな。「ことばの典礼」の流れの基本が語られているなかで、この祈願が「共通の祈願」とか「公同の祈願」と訳されるような名前で述べられているんだ。「ここに共に集って、自分共と、照明にあずかったその人と、また全地に居るすべての人々のために、公同の熱い祈りをささげること」、つまり、「自分たちや今洗礼を受けた人たち、そして全世界のすべての人のために祈ること」とね。

 

瑠太郎……そうだとすると、日本語の「共同祈願」もすべての人のための祈りという意味だともいえますね。

 

 

 

 

聖子……みんなで祈るから「共同祈願」という理解でいいじゃない。

 

 

 

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答五郎……いろいろな名前があるという話だけど、ミサ典礼書のラテン語原文には、実は「オラチオ・ウニヴェルサーリス」のほかに、「オラチオ・フィデリウム」つまり「信者の祈り」という名前も併記されているんだよ。

 

 

 

聖子……まだあるの? こんがらがらない?

 

 

 

瑠太郎……それに「信者の祈り」って、ミサの祈り全体が「信者の祈り」なのではないですか。

 

 

 

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答五郎……たしかに。ただ、その中でもとくに、入信して信者の仲間の一員、つまり教会の一員となって初めて信者としての祈りの役目を果たすということが強調されているようだよ。それは意向を唱えるだけでなく、応唱をもって皆が祈りをささげるというところに示されているのだろうね。

 

 

聖子……みんなでみんなのために祈る、それが共同祈願でいいじゃない。

 

 

 

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答五郎……ほう、そうだね。では、次回は、その「みんなのため」、「すべての人のため」ということをさらに詳しく考えていこう。

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)


《対話で探求》 ミサはなかなか面白い 35:ミサ全体が信仰宣言!

ミサ全体が信仰宣言!

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答五郎……ミサの信仰宣言で唱える信条についての3回目だね。前回は、ミサの流れ、というか「ことばの典礼」の流れでいうと、聖書朗読で告げられた神のことばに、この宣言をもって応えるという意味があることを見たね。

 

 

 

瑠太郎……はい、キリスト教で長く伝わってきた信条を唱えるということで、ミサが信仰宣言の集いでもあるという面があることを学びました。

 

 

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答五郎……ちなみに、この信条は日本の多くの教会では、読み上げるというか、覚えている文言を一斉に唱えるというやり方で行われていることが多いと思うけれど。

 

 

 

聖子……ええ、あたしが見学したかぎり、いつもそうだったわ。

 

 

 

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答五郎……実はね、典礼書で「唱える」というときは、実は「唄う」(歌う)ということでもあるんだよ。それなりの節をつけて、叙唱や奉献文が歌われている例は、わりとあるだろう。ほんとうは集会祈願などの祈願でも、ただ読み上げるというかたちのものはむしろ少ないのだよ。「祈りましょう♪~~」という形でね。

 

瑠太郎……でも、信条は長いですし、覚えるのが大変なのではないですか。

 

 

 

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答五郎……そうともいえるけれど、逆に旋律がついていることで覚えられるようになるという面もあるよ。実はね、日本のカトリック教会では、ニケア・コンスタンチノープル信条に二つ、使徒信条に三つ、新しい旋律が作られて、今年(2017年)の4月16日から使用できるようになっているのだよ。

 

 

聖子……ええ、そんなにたくさん! でも、あんまり聞かないわね。

 

 

 

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答五郎……まだ知られていないのかもしれないし、単純に唱えるものとずっと思われていたのだろうね。日本語の信条が歌われるものとして知られるようになるのは、これからなのだろう。

 

 

瑠太郎……ミサの他の祈りもそうですが、ただ唱えるだけだと、次々と先へ急ぐ感じがします。歌うことで、その言葉一つひとつにとどまって心を込めることができるのではないでしょうか。

 

 

 

聖子……でも、歌っているとこの信条の部分がずいぶん長くなるんじゃないの。それで、早く済ませたくて、ただ唱えているのではないかしら。それに旋律を覚えるのも大変でしょ。

 

 

 

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答五郎……そうなのかな。でも、そんなに早く簡単に済ませて負担が少ないほうがいいという価値観で、みんなミサに来ているのかな。そうだとしたら、何のために来ているのかな、何のためにミサをささげるのかな……と問いかけたくなるよ。

 

瑠太郎……そうですよね。神のことばにとどまり、心をこめて祈り、神と心を通わせるというのがミサの祈りで、そこは、日常の時間とは違う永遠の時間が流れているはずです。そことの交わりがミサの醍醐味なのではないでしょうか。

 

 

 

聖子……瑠太郎くん、なんか難しいような、かっこいいようなことをいうわね。

 

 

 

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答五郎……ずいぶん深く考えてくれているようだね。いずれにしても、新しい旋律が生まれた機会に、信条の内容にも多くの人が関心をもつようになって、これら伝統的な信条から、キリスト教について新たに学んでいけるとよいかもしれない。

 

瑠太郎……答五郎さん、でも、初めの話のように、ミサ全体が信仰宣言なのですね。

 

 

 

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答五郎……おおっ、そうなんだ。信仰宣言という意味を広く深くとれば、信条を唱えることだけが信仰宣言ではなく、ミサに集まり、神のことばに耳を傾け、それに応えて信仰を宣言し、祈りをし、主の食卓に参加するというミサ全体が最高で最大の信仰宣言なのだということだよ。

 

瑠太郎……熱いですね。つまり、言葉だけでなく、みんなが心を一つにして、一体になって行動しているミサの行為全体が信仰宣言という意味をもっているということですね。

 

 

 

聖子……「体で行う信仰宣言」っていうわけ? 面白いわね。

 

 

 

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答五郎……全体として、信仰宣言であることから、個々のことばの部分だって、それぞれにいつも信仰宣言だということだよ。特にいろいろなところで会衆が言う部分は、短くても信仰宣言だなというところがいっぱいある。たとえば、祈願の結びのところで会衆が応える言葉……。

 

 

聖子……「アーメン」!

 

 

 

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答五郎……そう、これだって「ほんとうに(この祈りのとおりになりますように)」といった意味があるから、信仰宣言といえるだろう。特に聖体拝領のときの「キリストの御からだ」といわれて応える「アーメン」は、聖体のキリストに対するはっきりとした信仰宣言になるよ。

 

 

聖子……それって、はっきり言う人もいれば、おとなしくしている人もいるわ。

 

 

 

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答五郎……たしかにいろいろだね。でも、もっとも短い信仰宣言だと理解できたらはっきり応えるようになるのではないかな。

 

 

瑠太郎……「感謝の典礼」のなかの会衆のことばは、それぞれに信仰宣言のようですね。「信仰の神秘~」のあとの「主の死を思い、復活をたたえよう」とか、聖体に対して、「主よ、あなたは神の子キリスト、永遠のいのちの糧。あなたをおいてだれのところにゆきましょう」と言うところも拝領前の信仰告白となっていますね。

 

 

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答五郎……ああ、もちろん、それら個々の文言にも信仰宣言の意味合いは含まれていて、でも、体で行うことも含めて、全体が信仰宣言なのだというところを意識すると、ミサがさらに面白くなるのではないかな。次回からは共同祈願を考えることにしよう。

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)

 


《対話で探求》 ミサはなかなか面白い 34:ミサで信条が唱えられる意味

ミサで信条が唱えられる意味

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答五郎……さて、前回からミサの信仰宣言で唱える信条について考え始めているね。聖子さん、使徒信条を唱えてみてもらえるかな。

 

 

 

聖子……えっ、はい。「天地の創造主……(略)」ね。

 

 

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答五郎……ありがとう。では、瑠太郎くん。ニケア・コンスタンチノープル信条を頼む。

 

 

 

瑠太郎……はい。「わたしは信じます。唯一の神……(略)」

 

 

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答五郎……ありがとう。日本語の文として使徒信条が200字余り、ニケア・コンスタンチノープル信条が470 字程だから、確かにニケア・コンスタンチノープル信条は倍以上の長さだということがわかる。でも、聞いていてどうだろうか。

 

 

 

瑠太郎  構造というか、流れは似ているので苦にはならないですね。はじめに創造主である父である神のこと、神の子、わたしたちの主イエス・キリストのこと、その生涯の要約、そして聖霊とか教会のことが出てくるというものです。

 

 

聖子……さすが、キリスト教はこのことを信じているんですよ、というエッセンスね。

 

 

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答五郎……それでこそのシンボルム、つまり、キリスト者であることを証明するしるしという感じがするだろう。この信仰宣言をミサでは主日と祭日に行うこととされているのだよ。ということは……?

 

 

 

瑠太郎……主日つまり日曜日のミサ、祭日のミサは、キリスト教の信仰をはっきりと宣言する集会という意味ももつのですね。

 

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答五郎……そうだね。ところでこの宣言ということは、だれに向けての宣言なのだろう。考えたことはあるかな。

 

 

 

聖子……キリスト教はこれを信じています、と宣言するからには、キリスト教を信じていない人、他の宗教の人や、無宗教の人を意識して自分たちのことを主張しているのではないかしら。

 

 

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答五郎……うーん。それもあるかもしれないけど。

 

 

瑠太郎……やはり、ミサの中で唱えているかぎりは、そこは、基本的にキリスト信者たちの集会なのですから、他の宗教の人に向けて宣言する必要はないと思います。「天地の創造主、全能の父である神を信じます。/父のひとり子、わたしたちの主イエス・キリストを信じます……」といって、やはり父である神、そして、キリスト、聖霊などに向かって宣言しているのではないですか。

 

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答五郎……たしかにそこは重要だ。信条のもとには洗礼式の信仰宣言があったらしいと言っただろう。そのときも、洗礼式の中で父である神とキリストと聖霊に向かって信仰を告白する形のものだったわけだ。それが公会議で決まった正統信条の宣言文となると、異端に対してとか、他宗教の人々を意識した人間的主張の宣言文のような姿をもつことにもなったのだよ。

聖子……でも、ここで考えているのは、ミサの中での信仰宣言だから、神に向かう宣言という姿がはっきりしてくるのね。

 

 

 

瑠太郎……もう一つ、信者さん自身に向けての宣言という意味もあるのではないですか。それをもって、自分が信じていることを思い起こすというか、意識の中で明確にするという……。

 

 

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答五郎……たしかにそれはあるね。一つの宣言行為がさまざまな方向をもっていて多面的なわけだね。それと、同じ信条文であっても、これがキリスト教の教えのテキストに使われる場合もあるよ。いろいろな役立ち方があるということだ。一つの文もそれが使われる文脈で役割が変化するわけだね。

 

瑠太郎……今は、ミサという文脈での意味を考えているわけですね。

 

 

 

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答五郎……しかも、「ことばの典礼」という文脈の中で、だよね。すると、さらにもう一つ意味が見えてくるんだ。聖書朗読のところで考えたことを思い出してごらん。

 

 

聖子……聖書朗読は全体として「神のことば」が告げられ、それを聞き、受けとめることだったわね。

 

 

 

瑠太郎……そうか、すると、その「神のことば」に信者一同が信仰宣言でもって応答するのですね。

 

 

 

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答五郎……そうだね。「ことばの典礼」の展開として、神のことばを聞いてそれに応える部分にあたる。

 

 

聖子……そういえば、見学したミサで、司祭が「神のみことばに応えて、わたしたちの信仰を宣言しましょう」って呼びかけてくれる場合もあったわ。

 

 

 

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答五郎……ミサの流れの中で自然に感じられるだろう。そのように「神のことば」に応えて、キリスト教の信仰を宣言するというのが、特に主日のミサの不可欠な要素となっているわけだ。

 

 

瑠太郎……教会は日曜日ごとにそうしているのですね。信仰宣言の集いでもあるということですね。

 

 

 

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答五郎……いいことを言ってくれるね。神に向けても、人々に向けても、といわなくてはならないがね。ところでね、ここで言っている信仰宣言は、具体的には信条の唱和だけれど、「信仰宣言」ということを広い意味でとるなら、信条の唱和だけが、ミサの信仰宣言ではないのだよ。

 

聖子……信条だけが信仰宣言ではない!? ええっ、なんてどんでん返しなの。

 

 

 

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答五郎……難しいことではないよ。ミサ全体が信仰宣言なのだということさ。次回、そのことを考えてみよう。

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)


《対話で探求》 ミサはなかなか面白い 33:信仰宣言で唱えられる信条とは?

信仰宣言で唱えられる信条とは?

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答五郎……「ことばの典礼」を考えるようになって13回目。少し先へ進めて、次に「信仰宣言」というところを見てみよう。

 

 

 

瑠太郎……はい、昔からのキリスト教の信仰をまとめた信条というものが唱えられますね。

 

 

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答五郎……日本では「使徒信条」が唱えられることが多いかな。もともとここは、「ニケア・コンスタンチノープル信条」を唱えるところだったのだ。クレドと呼ばれてね。クレドとは「(わたしは)信じます」という意味のラテン語で、その信条の冒頭にくる言葉だったので、それが略称となったのさ。今は、「使徒信条」も唱えることができるということになっている。

 

聖子……見学した教会では月一度、「ニケア・コンスタンチノープル信条」を唱える習慣だったような気がするわ。なんか、だらだらと長く唱えるのだなあと思ったわ。

 

 

瑠太郎……「ニケア・コンスタンチノープル信条」というのは、歴史でもならうニケア公会議 (325年)、続くコンスタンティノープル公会議(381年)をとおして出来た信条ですよね。三位一体をめぐる論争を終結させて全教会の統一の正統信条になったとか。

 

 

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答五郎……ほう、よく調べたね。

 

 

瑠太郎……ヨーロッパのキリスト教の歴史は、なんとか勉強しているので。

 

 

 

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答五郎……ミサという典礼祭儀が大きなものになっていく時代にこの信条も生まれたのだけど、ミサに入ったのは、コンスタンティノープルの典礼で6世紀の初め頃だったといわれている。その習慣がヨーロッパ、つまりイベリア半島に伝わり、そこからブリテン諸島のアングロ・サクソン人の教会へ、やがてアングロ・サクソン人の宣教師を通してフランク王国、そしてヨーロッパ全体に広がっていく。

 

 

聖子……ヨーロッパも最初からキリスト教だったわけではなく、この時代にまだキリスト教が広まっていたのね。

 

 

 

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答五郎……そう、日本の歴史でいえば、仏教が伝来して、全国に広まっていくのと同じような時代だよ。

 

 

瑠太郎……今の話だと、ローマのことが出てきませんでしたけど。

 

 

 

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答五郎……よく気がついたね。そうなのだ、ローマの教会で、ミサで唱えられるようになったのは11世紀初めとわりと後からなのだよ。

 

 

聖子……「使徒信条」っていうのは?

 

 

 

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答五郎……これはね、西方教会の伝統的な信条で、もともとはローマ教会の信条から発展したものといわれている。使徒伝来の信条という伝承というか、信頼感をこめて伝わっていったらしい。今の形のものが出来上がるのは8世紀頃、つまりカロリング朝のカール大帝(シャルルマーニュ)の宗教政策と関係があるらしい。

 

 

聖子……あらっ、このAMORの齋藤さんのグレゴリオ聖歌の話ともつながっているのかしら。

 

 

瑠太郎……そんなに古いものなのに、ミサでは使われていなかったのですね。

 

 

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答五郎……そうなのだけれど、むしろ信徒の日常の祈りには使われていたらしい。洗礼準備のためにキリスト教の教えを勉強するときの教材のような役割を果たしていたようだ。そのような信仰の教えの要綱、カテキズム、訳して要理というけれど、その底本のような役割をもしていたらしい。今もその伝統があるのだ。

 

瑠太郎……西方世界の信仰教育の伝統を代表する信条ということなのですね。

 

 

 

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答五郎……信条というのは、初代教会で洗礼式が形作られるなかで、問答型の信仰宣言をもとに発展したらしく、それぞれの教会で独自の形式があったようなのだ。ニケア・コンスタンチノープル信条もそのような形式を借りて、公会議が宣言する信条、つまり公会議信条に仕上げられたのだよ。異端説に対して教会の正統信仰を代表する信条という役割も新たにもつことになったわけだ。

 

 

聖子……きょうは、すっかり歴史のお勉強ね。でも、面白いわ。信条って、初めから決まりきったものと思っていたけれど、歴史の中でだんだん発展してきたということね。

 

 

 

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答五郎……それとね、信条の原語はラテン語ではシンボルムといって、ギリシア語のシンボロンから来る言葉なのだ。「証明するしるし」という意味が関係しているらしい。現代のシンボルにもつながる言葉だけれどね。つまり、信条とは「キリスト者であることを証明するしるし、キリスト教の信仰を証明するしるし」ということになるかな。しるしだから、わりと簡潔に信仰の内容を表しているのだよ。

 

瑠太郎……たしかに信仰の要約だなと思います。ニケア・コンスタンチノープル信条にしても、途中少し詳しいところがありますけれど、やはり要約ですよね。

 

 

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答五郎……そうだね、そうかもしれない。ラテン語の文章なんかは、すっきりとしているからね。

 

 

 

聖子……ひょっとして、日本語に訳すと長く感じるようになるのかしら。

 

 

 

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答五郎……それもあるかもしれない。いずれにしても、第2バチカン公会議後の現在のミサになって、ニケア・コンスタンチノープル信条だけでなく、使徒信条も唱えることができるものとなった。それぞれに歴史的な意味があると思うのだ。次回は信条をミサで唱える意味をもっと考えてみよう。

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)