縄文時代の愛と魂~私たちの祖先はどのように生き抜いたか~⑨


森裕行(縄文小説家)

縄文時代に自己贈与型の統合された地母神信仰があり、それが厳しい時代を生き抜く糧となっていたのではないだろうか。

9.縄文時代人の信仰

 どんな時でも健やかに生きるためには、哲学や宗教といった『何のために生きるか?』という自問自答が重要である。そして、バックボーンとなるアイデンティティの統合をなし、健全な信仰を得て困難を乗り越える。それが今も縄文時代でも変わりない鉄則ではないか。縄文時代の巨大火山噴火や3.11から始まる災害や疫病の時代を振り返りながら感じることである。

さて、山梨県南アルプス市のふるさと文化伝承館の「子宝の女神 ラヴィ」の愛称で親しまれている円錐形土偶。高さは約25と大型であり、縄文中期(約5000年前の新道・藤内期)の代表的土偶として、その存在感は忘れがたいものである。妊娠している女神の像で、ふっくらしたお腹や優美な背中のカーブは美しく、どっしりとした安定感があり、大英博物館など7回の海外出張歴があるのも頷ける。

(南アルプス市ふるさと文化伝承館 円錐形土偶 筆者撮影)

(櫛形町文化財調査報告書 No.12 鋳物師屋遺跡 櫛形町教育委員会 1994 35P)

この土偶は小野正文氏命名の誕生土偶で子孫繁栄と共に食物の豊饒を祈る祭儀で使われたと考える専門家も多い。この像は八王子の楢原遺跡の「鳴る土偶」に似ているため楢原形土偶と分類されている。「鳴る土偶」は中空に母体の赤ちゃんのように鳴子が入っていて有名である。そして、この土偶は同じ楢原形だが「鳴らない土偶」として作られたようである。

(「鳴る土偶」楢原遺跡 八王子市郷土資料館 筆者撮影)

(歴民博研究報告37集1992 安孫子昭二、山崎和巳「東京都の土偶」)

さて、円錐形土偶(高さ約25㎝)を「鳴る土偶」(高さ約11㎝)と比べてみると気になる点が三つある。

① 同じ中空土偶なのだが、鳴る土偶には底に産道と思える穴が1つだけだが。円錐形土偶は底の穴の他に、両脇に穴が2つ合計3つの穴がある。また眼は赤色(ベンガラ系)で着色されている。

② 円錐形だが、横から見た腹と背中の曲線が優美で、側面から見た顔面付き釣手土偶の形状に似ている。出土状態も竪穴住居の北側に土偶が置かれていたようだが。この北側に置かれるということだが一般の釣手土器の出土状況に似ている。

③ 左手が腹部、右手がお尻を押さえているが立体的に長く両手とも手の指はふっくりした三本指。当時の有孔鍔付土器にも同じような文様がある。

まず①から考察してみたい。左右の穴は豪華な玉抱き三叉文等が付いていて丁寧に作られていること。そして脇の穴から底の穴から光が差すのが見える。

(南アルプス市ふるさと文化伝承館 円錐形土偶 筆者撮影)

さて、この光であるが、太陽の日の入り(西)と日の出(東)をイメージできないだろうか。当時の人は太陽が西に沈み大地の中を通り抜け翌朝東の大地の穴から再生すると考えていたと思う。記紀の女神イザナミは国々や神々を産み最後に火の神カグツチを産み、陰部を焼いて死に至る。イザナミは地母神とも考えられ、体内に日(ヒ、火と同じ発音)を宿す。左右の穴は日没、日出を表すと同時に、噴火の暗喩かもしれない。

縄文時代の人々の太陽信仰。縄文後期のストーンサークルは二至二分を意識していて太陽信仰の状況証拠となるが、中期中葉はどうだろうか。記紀のイザナミ・イザナギの神話では、天より二神がオノゴロ島、あるいは淡島という場所に降り立つ。天でも地でもないはっきりしない冥界のような場所で男女二神は結婚し出産が始まる。その部分は記紀だけでなく世界各地に同じ神話が残っている。遺伝子科学や比較神話学を応用した世界神話学(世界神話学入門 後藤明著 講談社現代新書 2017)の知見でもある。

(「古事記」環太平洋の日本神話 丸山顕徳編 勉強出版 2012年 環太平洋における日本神話モチーフの分布 ユーリ・ベリョースキン(山田仁史訳))

天から降り立つ話は古そうで、旧石器時代や縄文時代に日本に到来していたと考えても良いかもしれない。

関連して、古事記に大国主とヌナカワ姫の物語があるが、日出・日没の場所を青山として求愛の美しい歌が残されている。この青(アオ)山だが万葉集や記紀の研究などで有名な中西進氏は「日本神話の世界」(ちくま学芸文庫 1999 24P)の中で「アヲ、アオ、アワ、アハ、またアブはいずれも太陽信仰をもち、冥界の出入口と考えられる」としている。このことから、脇の二つの穴は太陽の日出、日没を表す穴と考えても良いと思う。

次に②を見てみよう。この土偶は同時期の顔面付三窓釣手土器の形状に似ている。両者共に妊婦的な形状なのである。釣手土器は火の神カグツチのお産で死に黄泉の国に行ってしまったイザナミの変身する顔で有名だが、子孫繁栄や豊穣祈願も含まれていたのではないだろうか。

(人面香炉型土器 曾利遺跡 井戸尻 第9集 富士見町井戸尻考古館 2019年)

最後に③であるが、この3本指や長い腕は同じ鋳物師屋遺跡から出土した、人体文様付有孔有効鍔付土器と似ている。

(南アルプス市ふるさと文化伝承館 人体文様付有孔鍔付土器 筆者撮影)

有効鍔付土器は普通の土器と異なり、酒造り(当時は果汁酒)に関係していたという説もあり祭儀に使われた特殊な土器である。火の神と属性が反対の水の神や月を象徴しているとも言われる。月は新月から満月を経て消える、死と再生を繰り返す天体でもある。

こうして、①②③と考察していくと、この円錐形土偶は単なる子孫繁栄と豊饒を祈るためだけでなく、火の神、水の神とも関係が深く、当時の地母神(イザナミ)の3人の子でもある、オオゲツヒメ/ウケモチノカミ(食物神)、カグツチ(火)、ワクムスビ(水)を統合しているように思える。縄文時代の円錐形土偶に込められた祈り。それはハイヌウェレ型の信仰で地母神の自己贈与型の愛とゆるしの信仰だと思う。人が自身を傷つける罪をゆるし、無条件に恵みを与える地母神への信仰だったのではないだろうか。この地母神信仰は縄文時代の基本的なアイデンティティであり、水稲栽培や戦争の文化が入ってきた弥生時代になると変容をとげ土偶は使われなくなる。次回からは、この3つの側面を追っていく。

最後に、ご協力いただいた保阪太一氏に深く感謝いたします。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

9 + 11 =