憩いの小箱(15)第五福竜丸のその後


Kato S Bumblebee(カトリック京都司教区)

第五福竜丸は1954年3月に水爆実験に遭遇、被災した。
今では、ちょっと考えられないが、当時の文部省は学術研究のためとして、
この船を買い上げて、第五福竜丸は1956年、東京水産大学の練習船「はやぶさ丸」となった。
そして1967年まで練習、調査航海に従事した後に、老朽化のため廃船となり
「夢の島(ゴミの最終処理場)」に係留放置された。つまり、海に捨てられていたのだ。
しかし平和運動による保存活動が始まり、「第五福竜丸」に船名が戻され、
1976年から第五福竜丸展示館で一般公開され、現在に至っている。

ここには、毎年、全国から多くの修学旅行生が訪れる。
学芸員のかたのお話では、生徒たちが千羽鶴をささげ、
歌をうたうと胸にじんとくるものがあるという。
修学旅行の行程としてはディズニーランドと国会議事堂の
中間にあるという立地もいいらしい。
みんなで事前に準備した「平和の願い」もディズニーとともに
修学旅行の思い出のひとつとなっているのだろうか。

壁一面に捧げられた千羽鶴を見ると、生徒たちをはるばる引率して、
ここまで来られる先生方のあつい思いにも、じんと来てしまう。
次世代に「平和の願い」が引き継がれるためには、きっと
多くの準備と労力が必要だったことだろう。

 

【参考】
石井渚、熊崎康文「第五福竜丸の生涯と未来へ繋げる課題~デジタルアーカイブ化の試み~」『アーカイブ Data Report No.181』(NPO 日本アーカイブ協会・岐阜女子大学・沖縄女子短期大学・学習システム研究会、2022年)

都立第五福竜丸展示館(東京都)


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

20 − 13 =