特集39 さまざまな姿の教会を通して


2020年は、教皇フランシスコ来日の余韻の中で始まりました。カトリック教会の最高指導者として紹介された老教皇の姿は、カトリックの人のみならず、すべてのキリスト者、そして日本の人々に深い印象を残していきました。「教会に行ってみよう」……そんな印象も生まれたクリスマスだった気がします。

しかし、どうでしょう。実際に教会を訪ねても、ここは「○○教会」「○○教団」という組織名が飛び込んできます。難しそうな“肩書”を見て、怖じ気づくこともあるのではないでしょうか。それに、建物としての教会堂(聖堂)に入ったところで、それは教会なのでしょうか。

世界史の授業で知るカトリックとプロテスタントの違いも多くの人を惑わせています。カトリックではミサといい、プロテスタントでは礼拝という(?)、カトリックでは神父といい、プロテスタントは牧師という(?)。たしかにそうかもしれませんが、おおまかな区別を見つけても、この二つのだけでキリスト教ができているわけではなく、もっといろいろな教会組織・教団があるようだということを知るようになります。「ああ、複雑!」教会に興味をもつやいなや、こんなことが壁にも敷居にもなっているのではないでしょうか。

さまざまな教会がある現実、それが意味するものは何でしょう。その中でどのようにして、キリスト教信仰の真実、福音の力を伝えていくことができるのでしょうか。それぞれに「教会」というものを、どのように感じ、考え、伝えようとしていのか。そこには現代世界からの挑戦を受けとめ、対処しようと努力している、各教会、各共同体、各人の熱意がみなぎっています。

今月寄稿してくださった諸教会有志の方のことばに触れながら、それぞれに感じていること、考えていることを広げ、深めていけたら幸いです。

 

聖堂の吊り革

私の教会:日本聖公会

私の教会:福音派?

私の教会:日本正教会

教会それはめぐみのひだまり:日本福音ルーテル教会

私の教会:コプト正教会

私の教会:日本基督教団千歳船橋教会

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

one × one =