聖堂の吊り革


石井祥裕(カトリック東京教区信徒/典礼神学者)

最近、バスや電車に乗って立っているとき、吊り革につかまりながら、「主よ、あわれみたまえ」と口ずさむことが習慣になっている。もちろん、口ずさんでいるうちにそれは祈りとなり、乗車の少しの時間が礼拝の時となる。カトリックの祈りの伝統に連ねていえば、私流の小聖務日課だ。この短い時がいろいろな黙想を誘う。

先日1月12日の日曜日、東京四谷のカトリック麹町聖イグナチオ教会で行われている「ミサがわかるセミナー」で「聖堂が示す一致と交わり」というテーマの講座を担当した。教会共同体と聖堂空間・教会建築の歴史を概観し、考え方の要点を確かめ合うひとときであった。このセミナーは1997年から実施されていて、カトリックのミサや典礼暦年について学び続けているのだが、聖堂空間・教会建築を扱ったのは実は今年が初めてだった。教会は建物ではないと実感させられる事実でもあった。

旧約聖書から新約聖書へと展開する祈り・礼拝とその場所(祭壇・幕屋・神殿・会堂・家)などの関係の歴史をたどり、教会堂(聖堂)の変遷を典礼の歴史との関係で見定めていった中で、発表を担当しながら、自分にも新鮮に気づかされたことがあった。

「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた」(ヨハネ1章14節)

「みことばの受肉」に関する発言として納められていくメッセージだが、「宿られた」という語が「天幕を張った」ことを意味しているところが深い。エジプト脱出の旅を導いた幕屋を想起させつつ、イエス・キリストの到来によって人間世界、地上の有限な生き物の世界そのものが、神がともにいる場となったことを告げる画期的な福音である。たしかに、福音書が伝えるように、イエスが行く先々、歩く道、野原、湖畔、家、山、人里離れた場所、すべてが、そして最後に、十字架が、神との場となっていった。聖霊の招くままに天も地もすべてが神の場だ。すでにいつも今も「主の栄光は天地に満つ!」

パウロの次の言葉も重い。

「あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿であり、
あなたがたはもはや自分自身のものではないのです」(1コリント6・19)

わたしたち自身が「聖霊の宿る神殿」(!)……旧約的な場の限定(神殿)を超えて、生きるわたしたち自身が神の場である、その言われを自覚してこその神の民なのだろう。

こんな聖書のことばを前にすると、現在の教会世間も含む世間的な文脈でいう「教会」とか「信者」という語はなんとも狭い。《信者は少ない……、教会に人は来ない……》。

実際、所属教会ではスタッフの一人としてさまざまな行事・活動にかかわっていると、人が来てくれるか、くれないかばかりが気になる。そんな目線で、毎週日曜日、聖堂のミサに来るか来ないかで人を判断するようになってしまう。洗礼を受けている、受けていないで人を見がちなのもその延長に違いない。

「教会」という訳語が定着して以来、たくさんの教団・教派宗教が併存する社会に置かれてきた状況や歴史の負荷の中で限定されてきた制約から、第2バチカン公会議(1962~65年)以来、教会自ら、脱皮しよう、突破しようと試みている。それがどの程度、どのように進んできているかはわからない。少なくとも、他教派へのかかわり方、他教派の人々とのかかわり方は変化してきている。地上を生きてきた神の民の具体的な生き様を知る交わりが、歴史の重荷とそこで生まれた傷や痛みを感じつつも、基本、楽しい。

長年の負荷の色濃い「聖堂」という語を、新約聖書のメッセージに重ねるならば、この世界の至るところが聖堂だといわなくてはならない。その普遍の聖堂の中で、吊り革につかまり、コーヒーを飲み、パソコンを打っている。テレビを見、スマホを操り、人と会話する。ありとあらゆる日常の営みは、すべてこの聖堂の中でのことだ。そして、その人自身が知ると知らないとにかかわらず、どの人もこの聖堂の中で生きている。全世界があのキリストの時以来、そうなのだから……。

その事実のままに生きているすべての日常が神に生きることの姿である。それは、その事実に向かい合い、意識し、ひょっとしたら(パウロの言うように)自分自身のものではない、という自覚で生きていくこととは紙一重の違いにすぎないのではないか。洗礼ということも、何かの教派・教団の所属であるということも、そこでは、ほんの小さな「ひと突き」にすぎないのだろう。その違いはどのようなときに乗り越えられるのか……。

「主よ、あわれみたまえ」と一言、唱えると、バスも電車も聖堂と化す。吊り革につかまる自分は、神によりすがる者そのものだ。移り変わる車窓の景色も巡礼のひとコマなのだろう。

 


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