アート&バイブル 14:うさぎの聖母


ティツィアーノ『うさぎの聖母』

稲川保明(カトリック東京教区司祭)

図1:ティツィアーノ『聖母被昇天』(1516~17年、サンタ・マリア・グロリオーザ・デイ・フラーリ聖堂所蔵、ヴェネツィア)

今回は、宗教画に登場する脇役や小道具などに注目してみたいと思います。鑑賞する作品は『うさぎの聖母』(鑑賞のポイントとあわせて、図2参照)です。その作者はヴェネツィア派の巨匠ティツィアーノ(Tiziano Vecellio, 生没年1490頃~1576)です。

ティツィアーノは、イタリアの北、アルプスに近い小さな村で生まれました。10歳でヴェネツィアに行き、絵画を学んでいます。当時、ヴェネツィアには、ジョルジョーネ(Giorgione, 1476/78~1510)やベッリーニ(Giovanni Bellini, 1430/35~1516)というような偉大な画家が活躍していました。ティツィアーノはジョルジョーネの助手として壁画装飾に参加していましたが、ジョルジョーネ、ベッリーニの没後、ヴェネツィア派の巨匠として活躍します。豊かで、穏やかな色彩を特徴とするヴェネツィア派ですが、ジョルジョーネとティツィアーノは自然の光、自然との調和を強調する独自な画法を作り上げています。

ティツィアーノは、それまでの形式的な祭壇画の構図を無視して、革命的とも言うべき、ダイナミックな表現方法と鮮やかな色彩を取り入れていきました。やがて、1516年から26~28歳で手がけた『聖母被昇天』(図1)の祭壇画は、ジョルジョーネやベッリーニをもしのぐといわれるほどの出来栄えでした。ヴェネツィアの人々は、この絵が完成したとき、ヴェネツィアのかつての栄光が失われつつある中で、大きな勇気と希望を奮い起こすことができたと伝えられています。

 

【鑑賞のポイント】

この作品は74×84cmという大きさで大きな聖堂に飾られるためというものではなく、ある個人からの依頼で作成されたもので、その人の家に飾るための宗教画だったのではないかと想像されます。そのためか描かれている題材はまるでピクニックに出かけた聖家族の一場面のようなのどかで楽しげな雰囲気です。

図2:ティツィアーノ『うさぎの聖母』(1530年、パリ、ルーブル美術館所蔵)

(1)母マリアは右手を、幼子イエスを迎えるように差し伸べています。左手は膝もとにいる白いうさぎを抱きかかえています。幼子イエスは母の手にある白いうさぎに興味を引かれている様子です。

(2)当時、うさぎは雌雄同体だと信じられており、処女性を失わずに繁殖することができると考えられていたために、聖母マリアと関連づけられていたのです。

(3)母マリアの足元にはバスケットが置かれており、そこにリンゴ・ブドウ・イチジクなどの果物が見えます。いずれもアダムたちの原罪のエピソードとイエスによる贖罪を連想させる果物です。

(4)マリアたちの背後にヨゼフらしき男性が座っており、そのそばには羊たちが描かれています。「世の罪を取り除く神の小羊」というイエスの使命が暗示されています。

 


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