ベツレヘムの聖誕教会


川邨裕明(カトリック芦屋教会主任司祭)

今年、生まれて初めてイスラエル巡礼に行きました。司祭になってから、何回か巡礼を企画したのですが、聖地の都合、私の側の都合が折り合わず、なかなか果たせずにいました。今回もなかなか参加者が集まらず、お流れ寸前でしたが強行しました。

神学生の時、同級生がいた東京教区は研修旅行と称してイスラエル巡礼を行っていました。彼らの巡礼後の報告や感想を、うらやましいなと思いながら聞いていました。神父になったら絶対に聖地に行くと固く決めていました。想いを強く持ち続ければ、必ずかなう、それだけを信じて、とうとう念願が果たせました。

それでは巡礼前と巡礼後では何が変わったのでしょうか。当たり前のことですが、イエスの時代から比べると、イスラエルは大きく変貌を遂げています。イエスの面影に接することができるのは、発掘され保存されている遺跡や聖書の物語を記念する教会、あとは景色、風や気温など体感できるものでしかありません。それでも帰国してから聖書を読むと、空気感のようなものを感じるようになりました。説明するのは難しいのですが、以前は想像で話していたことが 、若干の具体性をもつようになったという感じです。

羊飼いの野の教会でのミサ

ガリラヤ湖の豊かな大きさ、サマリアの砂漠のひりひりするような暑さ、エルサレムの高原都市の涼しさとにぎわい、ダイナミックに変化する自然には感動しました。また、ユダヤとパレスチナ、ユダヤ教とイスラム教、キリスト教の三大宗教、キリスト教のなかでもカトリックと各宗派、本来は相容れないものがどうにか平和を保っている状態は日本にはないものなので、緊張感を感じることがありました。

ガイドを担当してくださった山崎さんが「イスラエルには四季があります。それぞれの季節に顔がありますから、少なくとも4回はイスラエルに来てくださいね」と話してくださいました。イスラエルのもつ政治的、宗教的な多様な顔を理解するためには、10日間の滞在は非常に短く、一端に触れるのが精一杯でした。だから、今後も何回か訪問したいと、また思いを強くしました。

さて、今回の依頼に応えて、聖誕教会について書こうと思い、撮りためた写真を見返して愕然としました。聖誕教会の写真がないのです。そういえば行程表には、絶対に訪問する二重丸◎でも、できるだけ行く○でもなく、いけたら行くみたいな※がついていました。ベツレヘムを訪問したのは帰国前日でした。それまでの疲れがたまってややもうろうとしながらの訪問だったのを思い出しました。聖誕教会の記憶も呼び出すことができません。なんと、書くことがない、締め切りの日にそれに気づいたのです。

しかし、ベツレヘムでイエスの誕生に関する場所は、聖誕教会以外にもたくさんあります。気を取り直して、思い出してみましょう。まず、その日ミサをささげたのは、「羊飼いの野の教会」でした。イエス誕生の知らせが、荒れ野で寝ずの番で羊を守っていた羊飼いにもたらされたことを記念する教会です。小さな洞窟のような聖堂でミサをささげました。この巡礼中もっとも小さい祭壇が洞窟内にあります。ミサで使う聖具がこぼれ落ちそうな感じで、気を遣いました。会衆席は祭壇より高くなっています。祭壇から参加者を見上げて祈ります。その向こうに聖堂には入れない訪問者が窓ガラス越しにこちらを一生懸命覗いている目と私の目が合うので閉口しました。イスラエルで最後のミサでもあり、私にとって印象深いミサになりました。

訪問の教会、エリザベトを訪問したマリア

マリアが洗礼者ヨハネを宿しているエリザベトのもとを訪問したことを記念する「訪問の教会」にも行きました。エリザベトとマリアが向き合い、やや大きくなったおなかを近づけている近代的な像が庭に置かれています。それがとても印象的でした。

イスラエル巡礼では、イエスの誕生から死と復活にいたる人生の各場面をまんべんなく訪ねることができます。巡礼地を巡ってゆくと、すべての物語はイエスが受難・死・復活を通して示された新しい救いの約束へと結ばれていることがよく分かりました。イエスの誕生の時、羊飼いにもたらされた知らせは、救い主である幼子イエスの誕生と同時に、イエスによる新約の救いがもたらされることの告知だったのです。

主の降誕、それは幼子としてこの世にやってくるイエスを迎えると同時に、イエスが復活によって示された決定的な救いの実現を迎えることなのです。巡礼前、概念的に思っていたことが、実感として感じられたこと、それは大きな収穫でした。その実りをどのように告げるべきか、頭を痛めているところです。

(写真提供:筆者)

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