バチカンの優先課題:青年教育と国際開発


山田真人(NPO法人せいぼ理事長)

私は、2020年4月から2023年11月まで、バチカンの組織内の「信徒、家庭、いのちの部署」(現在の日本語訳公式名称「いのち・信徒・家庭省」)に属するInternational Youth Advisory Body(国際青年諮問機関)での仕事をさせて頂きました。その中で、カトリックの青年が教会組織に対してどのように関わっていくかを決めていくための業務がなされ、現在も継続しています。これは2018年に行われた「若者のシノドス」(Synod for Young People)のポストシノドス(シノドスの働きを継続するための働き)に当たります。この活動の中で、私は以下の二点がバチカンの現在の優先課題ではないかという仮説を立てるようになりました。それは青年教育と国際開発です。

まず青年教育についてです。上記の2020年から2023年の時期にほぼ重なり、教皇フランシスコは同じく青年教育についての発言をGlobal Compact on Educationという文書にまとめ、2019年に発表し、2020年にはユネスコでも取り上げられています。その内容は、同じ時期に出された社会的回勅『兄弟の皆さん』(Fratelli Tutti)や、『ラウダート・シ』(Laudato Si)の内容も汲み取られています。このように、2018年の若者のシノドス後、シノドス以外の教皇フランシスコの取り組み、文書内容も、青年に対する言及が多くなされています。そして、2021年10月には教会史上初めて、若者がシノドスに出席し発言をしています。2018年〜2021年までの間、ポストシノドスにここまで集中的に力を入れ、しかも教育関連の文書に複数の回勅を集中的に扱うのは異例かもしれません。

(2021年、司教団用に作成した当時のシノドス参加レポートはこちら

次に、国際開発についてです。上記で取り上げた「信徒、家庭、いのちの部署」(現在の日本語訳公式名称日本での現在の公式名称「総合人間開発省」)は、それまで複数の評議会だったものを統合して、2016年に作られた部署ですが、それとほぼ同時期に同じく複数の評議会が統合して作られた部署があります。それが「人間開発のための部署」です。(バチカンの組織全体は画像②を参照)

この二つの大きな組織編成は、教皇ヨハネ・パウロ二世が1988年6月28日付の使徒憲章『パストール・ ボヌス』を基にして作られた編成を変えることにもなっているので、相当優先課題を絞ったことになります(画像③を参照)。実際に、この組織編成について、教皇フランシスコがAusten Ivereighというジャーナリストを通して語っている言葉が、 “Wounded Sheperd”という本に書かれています。

そこでは、彼の言葉で、2014年に財政改革を行い、2015年以降はトップダウンの形式で組織が変わったことを示した後、2016年に行った2つの部署について触れています。そして、その二つの組織を“super-dicasteries”と呼んでいます。

“After the financial reforms of 2014 came a top-down overhaul of communications in 2015, and the creation of two new “super-dicasteries” that merged eight pontifical councils in 2016.”

(Ivereigh, Austen. Wounded Shepherd (p.77). Henry Holt and Co.. Kindle 版より)

上記には、彼の言葉で2014年に財政改革を行い、2015年以降はトップダウンの形式で組織が変わったことを示した後、2016年に行った2つの部署について触れています。そして、その二つの組織を“super-dicasteries”と呼んでいます。

画像④

さらに、国際開発の優先順位が高いという仮説は、組織編成だけが根拠ではありません。例えば、教皇フランシスコは第105回WORLD DAY OF MIGRANTS AND REFUGEES(世界移民、難民の日 : 2019年9月29日)にサンピエトロ広場に、移民の銅像を公開しています。製作はカナダ人芸術家のTimothy P. Schmalzです。(画像④を参照)この人物は、「ホームレスのイエス」という作品でも有名な彫刻家で、世界の貧しさに対して目を向けようとしている教皇の具体的な行動が読み取れます。

そして、青年教育と国際開発がなぜ同時にバチカンの優先課題と仮説を立てられるかについても、補足しておきます。2018年の若者のシノドスの最終文書の第二章にある「三つの重要な要素」(Three Crucial Elements)には、デジタル社会への対応、聖職や金銭などの乱用の防止に並んで、「移民が時代の枠組を作る」(Migrants as a paradigm of our time)と述べています。青年がこれから生きていく上で、国際的な視野で移民の存在を意識することが重要であるということに触れています。

画像⑤

また、2020年4月に国際青年諮問機関が結成された際も、アフリカ大陸から2名、アジアから2名、中東から1名、さらにラテンアメリカからも2名の青年が選ばれ、多様性を組織内に持たせていました。実際に、2023年11月に教皇にお会いした際には、私たちを見て最初に“Macedonia!”と教皇は発言しました。Macedoniaは様々なフルーツが入ったフルーツポンチのようなデザートのことで、多様性を積極的に捉える比喩になります。

こうしたエピソードも踏まえて、教皇が青年と向き合うことで、世界の未来の世代のための仕事をすることを考え、2013年に着任してからすぐに財政改革も行い、青年に対する聖職乱用にも向き合い、組織改革を進めたということが読み取れそうです。そして、それは決して「国際開発」という縦軸で先進国が発展途上国をリードするといった、答えを設定した開発ではなく、全ての国が同時に進歩していき、学び合っていくという横軸の関係を大事にしているようにも思います。

この思想は、教皇が大事にしたロマーノ・グアルディー二という神学者の思想もヒントになると思います。(Romano Guardini, “The End of the Modern World”, 1956.を参照)従来のヨーロッパの弁証法のように、二者がお互いに対話し、さらに善いものとして一つに落ち着くのではなく、二つがそのままのアイデンティティを保ちながら、お互いに影響を受けつつ進んでいく新しい対話を目指しているのかもしれません。(画像⑥参照)

彼の思想がこれからの教会に影響を与え、若い青年の開発教育をすることで、未来の平和を作ることに貢献することが、バチカンの最優先順位なのかもしれません。それは、現在の国連のSDGsの動き、学生のそれに対する学びの評価法、企業経営の変化にも見られます。

最後に、私が代表を務めているNPO法人聖母で実施している、カトリック学校との協働を通した活動をご紹介します。上記で紹介した “Global Compact on Education”の中で、教皇フランシスコが “Educational Village”として世の中が機能することの重要性を唱え、社会のあらゆるセクターが協働し、教育にも繋がっていくことを求めています。その一つの形として、私たちは現在日本の通商会社が提供するマラウイ産のフェアトレードコーヒーを、カトリック学校の生徒と協力しながら販売しています。その売り上げは全てに寄付し、マラウイの子どもたちの教育や未来に繋がる学校給食支援にするという取り組みです。企業、NPO、そして活動の場所を教会に広げることで、あらゆる部分の協働を生み出し、教育と国際開発を繋げたシノドス的協働の姿の一つとして展開しています。事例については、こちらからもご覧ください。

画像⑦:光塩女子学院、カリタス女子、高円寺教会の協働の様子

以上、バチカンの優先課題を、青年教育と国際開発にすることができるという仮説について、シノドスやその関連文書、周辺年代の社会的回勅などを考えながら分析してきました。また、最後にはその実践例として、NPO法人聖母のカトリック学校との実践例をご紹介しました。今後、こちらの実践はGlobal Compact on Educationと繋げながら、海外の大学機関とも連携し、研究を進めて行く予定です。詳しくは、こちらもご覧ください。

現在の優先課題に近づくことで、カトリック教会のアイデンティティを現在に照らし合わせて解釈し、今後の司牧に繋がるヒントになれば幸いです。

 


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