カレル・チャペック『白い病』


『白い病
カレル・チャペック:著、阿部賢一:訳、岩波文庫、2020年
定価:580円+税   189ページ

 

石川雄一(教会史家)

2020年からの新型コロナウィルスの世界的な感染拡大を受け、疫病を扱った文学や歴史への関心が高まりました。その結果、カミュの『ペスト』やデフォーの『ペスト』などの本が書店に平積みされている光景を目にするようになりました。今回紹介するカレル・チャペク『白い病』もCOVID-19の感染拡大で再注目された本の一冊です。

著者のカレル・チャペックは激動の20世紀前半に活動したチェコを代表する作家であり、自身が飼っていた犬を題材とした絵本『ダーシェンカ』や「ロボット」という言葉を作り出した戯曲『R.U.R.』は特に有名でしょう。1890年に生まれたカレル・チャペックは、二つの大戦の狭間の時代に、文化と被造物への愛に満ちたユーモラスな作品を通じて非人間的な世界の潮流を批判しました。それゆえ、カレル・チャペックは拡大するナチスに目をつけられ、死後も共産主義体制から不当な評価を受け続けました。第二次大戦が勃発する直前の1938年に没したカレル・チャペックは、直接ナチスの蛮行を目の当たりにすることはありませんでしたが、兄のヨゼフは逮捕されて強制収容所で没しました。

第一次世界大戦の末期から蔓延し始めたスペイン風邪は、戦争よりも多くの人命を奪いました。西洋文明に猛威を振るった戦争と疫病の双方を目の当たりにしたカレル・チャペックが、新たな大戦につながる緊張感が高まりつつある1937年に発表した戯曲、それが『白い病』です。

物語の舞台は軍事的拡大を目論む「元帥」が熱狂的に支持されている“架空”の世界で、全身に白い斑点が現れて死ぬ「白い病」という病気が蔓延しています。突如発生した疫病を前に、権威ある学会も著名な医師も治療法を発見できていませんでしたが、貧しい人のために働くガレーン博士という町医者が特効薬を見つけ出します。「白い病」に感染したクリューク男爵を通じて「元帥」と面会したガレーン博士は、治療薬の提供の条件として永遠の武力放棄と恒久世界平和を要求します。ガレーン博士は戦争を根絶するために救える病人を間接的に人質に取り、ヒトラーを彷彿とさせる元帥や戦争(クリーク)を思い起こさせる名の男爵、内実は空虚な権威主義的学界を象徴する医師たちと駆け引きを繰り広げます。

戦争と疫病、人の命を奪う災厄のどちらかを根絶できるならばどちらを選ぶべきか、というSF的ディレンマに直面するガレーン博士を、著者は「平和のテロリスト」や「ユートピア的な脅迫者」という言葉で形容しました。そして「戯曲が存在するのは、世界が良いとか悪いとかを示すため」ではなく、「私たちが戦慄を感じ、公正さの必要性を感じるため」(168と述べています。

『白い病』の主題はガレーン博士のディレンマのみならず、同時代の政治批判や岐路に立つ西洋文明論にも及びます。つまり、ヨーロッパの精神的伝統としての人本主義(ヒューマニズム/ウマニスムス)が、ナチスに代表される民族主義や拡張主義に挑戦されているという著者の危機意識が展開されているのです。そしてこれらの問題は1930年代の欧州という特定の時代・地域に限定されることのない普遍的な議題として私たちに迫ってきます。

疫病、戦争、反人本的理念の増長……、危機の時代に生きたヒューマニストの戯曲『白い病』を通じて、私たちの時代と人類の未来について考えてみませんか。

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