『GLIDE』


高度経済成長期が終わった20世紀後半の都会のわびしさや人肌恋しさを歌った『東京砂漠』や『コンクリート・ジャングル』と題される曲があります。こうした音楽が流行した昭和や平成から時代は変わり、年号は令和となりましたが都心の冷たさは変わりません。ですが、街は変わらずとも、そこに住んでいる人は変わります。1990年代末から2010年代前半に生まれたZ世代と呼ばれる若者たちは、 20世紀後半の人々が憂いた都会での生活をどう感じているのでしょうか。

 

都会の代名詞ともいえる渋谷で生まれ育った弱冠23歳の鈴木トウサ監督の長編デビュー作『GLIDE』は、渋谷に住む貧しい20歳前後の兄妹を描いた映画です。兄の遥はトイレ掃除、妹の祐希はお茶くみなどの事務仕事で糊口をしのいでいます。余暇の時間はゲームセンターやスケートボードで遊び、たばこやお酒で一息つく兄妹は都会でも「生きていける」のです。ですが、祐希は二人で「生きていける」水準の生活に疑問を抱き始めます。例えば、2人の住む都心の狭いマンションには布団が一つしかなく、兄妹が同衾する現状に祐希はどこかキモチ悪さを感じていました。そこに祐希に好意を抱く男性が現れ、2人の生活に静かな変化がもたらされます。

 

渋谷という雑多な街を舞台に、雑多な人々の中の一員である遥と祐希の兄妹関係がおもむろに変化する様を描いた『GLIDE』は、都心での生活やその日暮らしの生き方について再考を促してくれます。一般に、都心は人と人のつながりが希薄な寂しい場所として描かれ、その日暮らしの生活は貧困問題と共に語られがちです。こうした否定的な先入観とは距離を置いた本作は、都会生活や日稼ぎの生 き方の良し悪しを判断せずに、等身大の目線で都会人の生を描き出しています。映画のセリフを引用すれば「良いとか悪いとかじゃない」のが、人間の生き方や関係性です。つまり、遥の生き方と祐希の生き方のどちらかが正しくて、どちらかが間違っているということはなく、そのどちらもが自分らしい生き方なのです。本作が提示するのは、お金持ちになるとか出世することが「良い」生き方だとする「上」を向いた通念的価値観ではなく、あるがままの一人一人の人間を大切にする「前」を向いた目線です。都心生活に関する固定観念を考え直させてくれるこの目線を通じて都会を眺めてみると、『東京砂漠』や『コンクリート・ジャングル』と呼ばれる場所に生きる個性豊かな人々が見えてくるでしょう。

 

兄妹の微妙な関係や現状維持と変化を望む気持ちの相剋が絶妙な雰囲気を醸し出す『GLIDE』は、都会に生きる若者の等身大の生を感じさせます。現代文明批判としてでも社会問題としてでもなく、都心に住む人間の生身の姿をありのままに描いた本作を見終わった後は、都会の見え方が少し変わるのではないでしょうか。

(石川雄一、教会史家)

 

渋谷シネクイントにて12月17日(金)より1週間限定公開

特別料金:1,500円均一(各種割引対象外)

公式ホームページ:https://glide.amebaownd.com/

 

スタッフ

監督:鈴木トウサ 脚本:鈴木トウサ 中田森也 撮影:内田和宏 照明:Sebastian 銭解語 録音:馬原洋幸 三村一馬 高橋啓太 助監督:芝愛弥葉 稲生遼 大西諒 編集:鈴木トウサ a.y! 整音:三村一馬 音楽:内田和宏 主題歌:gummyboy「Crystal」

出演

続麻玄通 つかさ 石山優太 奏衛 青柳美希 板山道 永山凛太郎

日本/72分/配給・宣伝:イハフィルムズ

 

 


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