ミサはなかなか面白い 83 聖体礼拝の新たなかたち


聖体礼拝の新たなかたち

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答五郎 さて、ミサを式次第順に見ていて、「交わりの儀」まで来たところで、聖体拝領をめぐる事情の歴史的な変遷を見てきているわけだが……。

 

 

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問次郎 はい、面白いです。聖体用の薄く小さなパンの形、聖餅という訳もあるようですが、それが9世紀以後のものだということがわかりました。

 

女の子_うきわ

美沙 それは、口での拝領の広まりとも関連し合っているらしいということも面白かったです。

 

 

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答五郎 そう、中世といってもカロリング朝時代の8~9世紀以降、典礼のヨーロッパ・スタイルともいえるものがだんだんできてきたのだね。もう一つ口で拝領することとつながって出てきたのは、拝領のときひざまずくということ。これは、1000年頃の資料から見え始めるらしい。

 

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問次郎 ひざまずいて口で受けるという形ですね。どこでひざまずいたのですか。

 

 

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答五郎 信徒席と祭壇空間(内陣ともいうが)の間に仕切りがあって、それが聖体拝領台と呼ばれていて、その前に信徒は横に並んでひざまずいて聖体を受けるという形になっていく。

 

 

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問次郎 聖体のパンのほかに、聖体のぶどう酒のほうの拝領はあったのですか。

 

 

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答五郎 それは御血(おんち)の拝領というべきものなのだよ。意外かもしれないけれど、中世の、12世紀までは、信徒が両形態で拝領することが充分に行われていたらしい。聖餅型聖体を杯(カリス)の中の御血に浸して信徒の口に授けるという方式だ。

 

女の子_うきわ

美沙 小さな聖体用パン、口での拝領、ひざまずく姿勢、御血に浸して行う両形態の拝領。これらは連動し合っているのですね。

 

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答五郎 それは、とても実践的というか信者指導の面での、つまり司牧的な工夫の産物だったのではないかな。今でも続いているからね。でも、そのような前進があったのに、中世では、信徒の聖体拝領が減っていくのだよ。

 

 

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問次郎 どうしてなのでしょうか。

 

 

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答五郎 古代教会のギリシア語圏で、4世紀の後半に、すでにそうした現象があったことは前に言ったよね。やはり、「聖体」が日常のものを超えた、あまりにも神聖なもの、畏れ多いものと見られるようになったからではないかな。

 

 

女の子_うきわ

美沙 聖体拝領は、キリストのからだと血を受けること、キリストと一致することであると、初代教会でははっきりしていたはずなのにですね。

 

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答五郎 中世の教会建築も、祭壇域が信徒席から見るとずっと遠かった。司祭たち聖職者と信徒の会衆との間の距離は広がっていったようなのだ。ともかく、ミサの中で信徒が聖体を拝領するのは年に数回程度となっていたようで。1215年に第4ラテラノ公会議というのがあるけれど、そこでは、「少なくとも年に1度は聖体拝領をするように」ということになったらしい。

 

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問次郎 少なくとも年に1回とはずいぶん少なくなったものですね。それにそんな教令が出たら、年に1回でいいのか、と思ったのではないのかな。

 

 

女の子_うきわ

美沙 今は、ミサに参加したら信者さんはあたり前のようにそこで、聖体をいただきますよね。ミサに出ながらも聖体を受けないという意識は逆にどうなっていったのでしょうか。

 

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答五郎 聖体は尊いもの・神聖なもので、自分がいただくには畏れ多く、遠くから見て礼拝するものという意識が強まっていったらしい。そういう流れと、面白いことに、ミサで聖別された聖体を保存するという習慣から、だんだん、別な新しい聖体礼拝のかたちが生まれてもいくのだよ。

 

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問次郎 ミサではない聖体礼拝? そのようなものがあるのですか。

 

 

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答五郎 ミサで聖別されて聖体となったパンをそこに集まっていない人、病気の人や臨終が近い人に授けるということは現実に必要で、そのために保存しておくことは必要に応じて前からあった。

 

 

女の子_うきわ

美沙 ミサが信者の生活と密接に結びついていたことを想像させますね。

 

 

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答五郎 ところで聖体の保存ということは、単にパンを保管することではなく、聖体、つまりキリスト自身が現存しているものの保存だから、大切に尊厳あるようにという意識が強く働いていく。そこで、聖体を保存する容器もそれなり重々しいもの、装飾を伴うものとなっていく。これも9世紀からだというし、13世紀には、聖櫃(せいひつ)と呼ばれるものが作られていく。

 

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問次郎 聖櫃は、いまも聖堂の中にさまざまな位置に置かれているのを見ます。

 

 

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答五郎 だろう。なくてはならないものとなっているからね。とくに15世紀ぐらいからは、聖櫃が祭壇に置かれ、16世紀末からは祭壇の中央に設置されるものとなる。祭壇も聖堂も、保存されている聖体、つまりは現存するキリストを礼拝する空間となり、ミサとは別に、常にそこにおられる聖体、つまりはキリストに対する新たな礼拝の慣習と形式が生まれていくのだよ。

 

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問次郎 そういえば、『ミサ以外の聖体礼拝』という典礼書の題を見たことがあるな。現在もあるのですね。

 

 

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答五郎 「40時間の祈り」とか「常時聖体礼拝」といった名前がつく礼拝形式や、聖体を賛美し聖体からの祝福をいただくことを趣旨とする聖体賛美式(昔は聖体降福式)といったものも15~16 世紀に普及したらしい。すでに13世紀からは、聖体を顕示しながら行進する聖体行列をメインとする祭礼も生まれ、「キリストの聖体の祭日」も生まれたぐらい。中世後期・末期と呼ばれる時代に聖体は人々の礼拝心を大きく集めていくのだよ。

 

女の子_うきわ

美沙 そういえば、近くの教会で、聖体賛美式の案内は見たことあります。

 

 

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答五郎 現代に刷新された典礼では、ミサとミサの中での聖体拝領こそが、キリストとの交わりの中心にあるものだろう。ただ、中世では、そのようなミサが経験されることはほとんどなくなっていたことが、聖体に対する新たな礼拝形式が生まれる背景だったわけだ。いわば補完物のようにね。だから、いまは相対的に、それらの聖体礼拝は、遠いものとなっているね。ただ、もちろんキリストへの礼拝であるかぎり、意味はあり続けるし、残されてよいものだと思うよ。

 

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問次郎 いずれにしても、典礼をめぐる事情は、ヨーロッパの中世では、ずんぶんと大きく変わっていったのですね。

 

 

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答五郎 ほんとうにそうなのだよ。聖体に関して大きな展開があったとしたら、ミサに関しては、ほかにどのような展開があったのだろうか、ということを次回、見ることにしよう。

(企画・構成 石井祥裕/典礼神学者)

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