グイド・レーニ『マリアの教育』
稲川保明(カトリック東京教区司祭)
グイド・レーニ(Guido Reni, 生没年 1575~1642)はボローニャに生まれ、1594年、地元ボローニャの画家一族であるカラッチ家が主宰する画学校(アカデミア・デリ・インカミナーティ、アート&バイブル20参照)に入門し、ルドヴィコ・カラッチに師事しました。ちなみにグエルチーノ(アート&バイブル18参照)の才能を見いだしたのも、ルドヴィコ・カラッチでした。レーニは20代半ばの1601~02年頃、カラッチ工房の一員としてローマへ赴き、ファルネーゼ宮殿の天井画製作に参加し、ローマでは教皇パウロ5世(在位年 1605~1621.伊達政宗が支倉常長を通して親書を送った相手)や枢機卿ボルゲーゼ(Scipione Borghese, 生没年 1576~1633.美に心酔した枢機卿と呼ばれ、現在もその邸宅がボルゲーゼ美術館となっていることで有名)に重用されました。
グイド・レーニの作風には、バロック期の巨匠カラヴァッジョの劇的な構図や明暗の激しい対立というバロックの潮流ももちろん見られますが、ルネサンス期の巨匠ラファエロ風の古典主義的な様式も見られます。これらの点から「ラファエロの再来」と呼ばれ、ゲーテなどは「神のごとき天才」とさえ称して激賞しています。ゲーテはグエルチーノもべた褒めしていますので、彼のバロック的な人間性でしょうか、激しく褒め、激しくけなすという傾向があるようです。これほどもてはやされたバロック美術、その画家たちも、人々の嗜好が変化し、古典主義的絵画の人気が下落した20世紀以降、不当なほど評価が低められ、忘れ去られていた時期もあるのですから、まことに人々の心は移ろいやすいものです。
【鑑賞のポイント】
この作品は『マリアの教育』というタイトルが付けられています。たしかに、幼子のマリアに母アンナが聖書や裁縫などを手ほどきするというようなモチーフは他の画家にも見られますが、この作品はそのような場面を描いているものではありません。
(1)伝説によれば、3歳で神殿に仕えるおとめとなったマリアは14歳で神殿を出て、お告げを受け、救い主の母となる使命を引き受けました。この絵はまだ神殿で仕えていた時に、仲間や後輩の少女たちにマリアが糸を紡いだり、布を織ったり、裁縫や刺繍をしながら、神様について少女たちにお話ししているところをモチーフとしています。
(2)一番左に立っている少女は糸を紡いでいます。その反対側にいる少女は布を丸めていますがほとんど手が動いておらず、マリアの語る言葉に耳を傾けている様子です。つまり、マルタとマリアのように見えるのです。
(3)その他の少女たちの様子も魅力的です。顔を伏せて、刺繍に取り組んでいる少女もいれば、思わず手を止め、顔を上げてマリアを見つめている少女もいます。
(4)そして、左端の画面の一番下に子犬の姿が描かれています。旧約聖書などでは、犬はあまり忠実とか、かわいいというニュアンスでは扱われていませんが、ルネサンス期以降、犬や子犬が宗教画の中に登場してきて、現在と同じく、忠実、従順さのシンボルとなっています。