アート&バイブル 18:聖母の前で涙する聖ペトロ


グエルチーノ『聖母の前で涙する聖ペトロ』

稲川保明(カトリック東京教区司祭)

バロック絵画は16世紀から18世紀半ばまで続いた潮流です。バロック美術、絵画は絶対王政やカトリック改革、カトリック復興と深い関係があります。プロテスタントの人々が行き過ぎた聖人崇拝や偶像崇拝にもつながることとして絵画や彫刻などを疑問視したのに対して、カトリックは聖像や聖画を盛んに用いて教化に役立てようと考えて、積極的に作品を描かせました。ルネサンス美術で称賛された冷徹な理性ではなく、一瞬の感情や情熱の表現を追求するものとなりました。

イタリアではカラヴァッジョ、オランダではレンブラントやフェルメール、フランドルのルーベンス、スペインのベラスケス、フランスのプッサンなど、ヨーロッパの各地で様々な画家が活動し、現代に至るまで大きな影響を与えています。バロックという言葉はもともと、やや侮蔑的な意味合いで使われていました。それは作品の強調的な表現があまりにも行き過ぎており、“品位に欠けた、いびつなもの”という意味合いで、「ゆがんだ真珠」を意味するバロックという言葉で揶揄されたのです。

しかし、グエルチーノ(Guercino, 1591~1666. 「アート&バイブル」10参照)のこの作品には、そのような強烈すぎる表現という指摘は当てはまらないように思います。彼はカラヴァッジョやカラッチ一族によって始まった激しすぎるバロックを、やがてアカデミックな画法へと発展させたのです。ローマへ招かれたことにより、古典的な美術にも触れ、調和した美というものにも足場を置いた作品を生み出しています。

 

【鑑賞のポイント】

「アート&バイブル」10で紹介した『復活したキリストの聖母への出現』と同様、この『聖母の前で涙する聖ペトロ』も聖書には記述のない伝承に基づくものです。イエスのなきがらを十字架上から降ろし、大安息日の前日だったので急いで葬り、まだ誰も葬ったことのない新しい墓、“新しい園”に納め、十字架のもとにいた人々はそれらすべてを見届けて家に帰りました(ヨハネ19・38~42、ルカ23・50~56参照)。

グエルチーノ『聖母の前で涙する聖ペトロ』(1647年、油彩、122cm×159cm、パリ、ルーブル美術館所蔵)

聖母マリアは十字架の下で「これがあなたの息子です」「これがあなたの母です」と語られたことにより、ヨハネとともに家(宿)に戻ったことが想像されます。大祭司の庭で、しもべや女中たちから、「あなたもあの人の仲間でしょう?」と問われ、逃げ出したペトロもきっと遠くから、ゴルゴタの十字架を眺めていたことでしょう。しかし、恐ろしさのあまり、十字架のもとにまでは近づくことができませんでした。

やがて、夕暮れとなり、家に戻ったマリアのもとにペトロがやって来ました。「すみません。ごめんなさい。先生をむざむざと殺させてしまいました。剣を振るってでも守ろうとはしたのですが、先生がやめなさいと言われて、何が何だかわからなくなって、気がついたら逃げ出していました。ふがいない私を赦してください……」と、ペトロは涙ながらに語っている様子が伝わってくるような作品です。

マリアはやがて、「ペトロさん、そんなに悲しまないでください。あのお方はいつも言っておられました。救い主はこうして十字架を引き受けなければならないと、そして三日目に復活すると」と語り、ペトロを励ましたのです。

 

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