若者とメディアと召命


2018年4月27日、カトリック麹町教会(聖イグナチオ教会)で第四回召命担当者の集い「青年と召命」が行われました。この記事は、その中のプログラムの一つ、講演『若者とメディアと召命』(講師:聖パウロ修道会 井手口満修道士)をまとめたものです。

 

メディアとは

まず、「メディア media」とは「medius」の複数形で、「仲介」や「媒体」を意味しています。最初は巫女やシャーマン、預言者などのように「神と人とを媒介する」という意味で使われていましたが、産業革命によって電話や印刷機などが発明されたことにより、18~19世紀には今のような意味で「メディア」と使われるようになりました。

メディアには、一方通行的なマス・メディアと、双方向的なソーシャル・メディアがあります。前者はテレビ、新聞、ラジオ、映画など、後者はTwitter、LINE、Facebook、Instagramなどが挙げられます。そのほかにも、人や空間もメディアと言うことができます。

 

教会とメディア

カトリック教会では、1962~65年に行われた第2バチカン公会議において、『広報メディアに関する教令』が公布されました。そこでは「出版、映画、ラジオ、テレビおよびこれに類するものは、その性質上、個々の人間だけでなく大衆や人間社会全般に影響を及ぼし、これらを動かしうる手段であるから、それらの発明の中でもとくに優れており、まさしく広報メディアと呼ばれる」(1項)と述べられています。

メディアが正しく活用されるなら、憩いとなり、精神を富ませ、神の国を宣べ伝え、人類に大きく貢献しますが、創造主の計画に反してメディアを用いるなら、人類の損失となります(2項参照)。例えば、今年の「世界広報の日」の教皇メッセージにもフェイクニュースが取り上げられています。

さらに、第2バチカン公会議は「広報のメディアに関する主要な問題を取り扱うことをその任務と考える」(2項)としており、メディアの正しい使用について人々に教示することや、あらゆる種類の広報メディアを利用し、また所有することなどが教会の任務として挙げられています(3項)。そして、「これらのメディアを正しく利用するには、それに携わる人が皆、道徳秩序の規範をよくわきまえ、この分野でそれらの規範を忠実に実践することが必要」(4項)なのです。

それは教会だけではなく、私たち一人ひとりの信徒にも当てはまります。「教会のすべての子らは……使徒職のさまざまな活動に際し、種々の有害な企画に打ち勝つために、倦まず弛まず全力を挙げて一致協力し、事由と時節の状況に応じて広報メディアを活用すること」(13項)とあるからです。

また、「メディアに携わる信徒も、精力的にキリストをあかししなければならない」(同上)とあります。現在カトリック教会には、SIGNIS JAPAN(カトリックメディア協議会)という団体や、カトリック新聞やカトリック生活といった出版物、心のともしびやカトラジ、このwebマガジンAMORなど、多数のメディアが存在しています。

 

メディアを使った福音宣教

聖パウロは、手紙というメディアを使って宣教した最初の人でしょう。そんな聖パウロの名前を冠した聖パウロ修道会は、産業革命によって生活の価値観が変わり、自由主義や近代主義によって神と宗教が否定され、人々が教会から離れてしまった時代に創立されました。創立者であるアルベリオーネ神父(Giacomo Alberione, 1884~1971)は、共産党の印刷物を使ったプロパガンダを参考にして、印刷物による福音宣教を試みます。1914年に少年たちの印刷学校が開始され、これが聖パウロ修道会となりました。

翌1915年にはテクラ・メルロという女性に協力してもらい、聖パウロ女子修道会を創立。そこに託された最初の仕事は、イタリア北部アルバ教区の教区新聞発行でした。さらに1924年には師イエズス修道女会を創立しましたが、この修道会は「人類とパウロ家族(樹)が豊かな恵み(樹液)を得るために、教会とパウロ家族の中で祈り、自己を捧げ、教会と人々に奉仕する『根』の役割」をしています。つまり、活動ばかりしていると枯渇してしまうので、祈りをもって養分を与えるということです。

この後もアルベリオーネ神父は修道会や在俗会を次々と創設し、合計10の修道会は「聖パウロ家族修道会」と呼ばれています。日本には名前を挙げた3つの修道会が来日しており、出版やインターネットショップ、売店などを通して宣教活動をしています。

 

新しいメディアと若者

総務省の調査によると、携帯電話やスマートフォン、パソコン、タブレットなど、何らかの情報通信端末の世帯保有率はほぼ100%に達します。その中で、近年、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(social networking service、以下SNSと略)が急速に発達してきました。SNSとは、インターネットを介して人間関係を構築できるスマートフォン、パソコン用のサービスの総称で、情報の発信・共有・拡散に重きを置いているのが特徴です。代表的なSNSに、前述のTwitter、LINE、Facebook、Instagramが挙げられます。

SNSを利用している年代は、20代以下~40代が多く、LINEがよく使われているようです。一方、50~60代以上はFacebookやTwitterの利用率が高くなります。自分で発信もしますが、他人が発信したものに対して「いいね」をクリックし、情報を共有するという使い方が多いようです。また、20代以下~30代が「内容が面白い」というときに多く「いいね」をクリックするのに対して、50~60代以上は「情報の信憑性が高いかどうか」「社会的に重要な内容かどうか」というときにクリックすることが多いという傾向が見られます。

 

SNSを使った召命活動

各修道会では、さまざまなSNSを使って召命活動をしています。ここでは例として、サレジオ会、イエズス会、コングレガシオン・ド・ノートルダム修道会、聖パウロ修道会のサイトが紹介されました。

サレジオ会のサイトには、「神父・修道士として生きる」という召命に関するページや、サレジオ家族の教会や学校の活動情報、ドン・ボスコ社の最新情報などをお知らせするTwitterがあります。イエズス会のサイトには、召命チームのブログや「イエズス会ボケーション」というFacebookがあり、新司祭の写真や講義の動画、召命プログラムや黙想会のお知らせなどが載っています。コングレガシオン・ド・ノートルダム修道会のサイトには「シスターになる」というページがあり、それぞれのシスターが語る「CND召命ものがたり」を動画で見ることができます(※CND:Congrégation de Notre-Dameの略号)。また、Facebookで世界のいろんな召命の情報を見ることもできます。

そして、聖パウロ修道会は最近、管区でSNSグループを作り、若いブラザーを中心にホームページを制作し、森司教様の主日の黙想などを行っています。また、神父様やブラザーに9枚のカードの中から3枚をめくって出たカードの質問に答えるというような動画や、ミサのライブ中継の動画なども配信しています。

 

ネットの中にキリストが

『広報メディアに関する教令』2項からもわかるように、SNSやインターネットを使うことは諸刃の剣であり、インターネットを危険視する人も多くいます。同じように、アルベリオーネ神父が印刷を使って福音宣教をした当時は、それをタブー視したり、どうしてそんなことをするんだと言ったりする人がいました。

しかし、聖パウロ家族修道会の聖堂には「恐れるな わたしがあなたたちと共にいる わたしはここから照らそうと望む 悔い改めの心を保ちなさい」という言葉が掲げられています。「SNSやインターネットが危険だから排除する、使わないというのではなく、SNSを使って福音宣教もできる、ネットの中にもキリストはいるということを考えたいと思います」と井手口さんは話し、特定非営利活動法人BONDプロジェクトを例に挙げました。

SNSで「死にたい」「消えたい」「必要とされたい」「寂しい」と発信し、助けを求めている10~20代の女性がたくさんいます。彼女たちに対して、「声をあげていいんだよ」「一人じゃないよ」「一緒に考えていこうよ」と応えてくれるのが、BONDプロジェクトなのです。これはまさにインターネット上における福音です。さらにBONDプロジェクトでは、その子の場所がわかればそこに駆けつけて話を聞き、シェルターで一時保護をして安心を与えるなどの活動をしています。「ここにはキリストが存在しているのではないでしょうか」と井手口さんは語りました。

 

終わりに

ヨハネによる福音書に「イエスはまことのぶどうの木」という箇所があります。「わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである」(15章4~5節)。

井手口さんはこのたとえを受けて、「本当につながっていたい。それは枝としての私たちの思いでしょう。インターネットを通じて真にキリストにつながるならば、また、私たちがいい真実をインターネットで発信するならば、それは大きな実を結ぶのではないでしょうか」と講演を締めくくりました。

 

まとめ

井手口さんの講演は、今月の特集「福音を伝えるメディアとは?」にも関係する、非常に興味深い内容でした。インターネットメディアが普及した今、教会や修道会にもホームページがあり、召命に関するページも豊富になっています。こちらの記事で、教会ホームページ制作会社代表の丸山泰地さんは「ホームページは教会の玄関」だとおっしゃっていますが、同様に、修道会の玄関もホームページなのです。教会や修道会が近くになかったり、まだ一歩踏み込むことができない場合でも、そのようなページがあればイメージしやすいでしょう。

また、世の中には、インターネット上でしか世界や他者とつながることができない人や、そこで助けを求めている人がたくさんいます。それを逆手にとった悲惨な事件が起こったこともありますが、そのような人たちのために、インターネット上でも他者とつながり、声をかけることや、恐れずに福音的な内容を発信することが大事なのではないでしょうか。

(まとめ:高原夏希/AMOR編集部)

 

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