眼差しの向こうにはいつも「地球家族」がある


人と人が結ばれる絆とはなんだろうか。『こんにちわ地球家族―マザー・テレサと国際養子―』(1985年公開)という映画では「家庭」「家族」という視点からそれを見つめています。映画に込められたメッセージを受け止めようと、監督をされた千葉茂樹さんのお家を訪ねました。

脚本・監督:千葉茂樹、音楽監督:山崎宏、主題曲:石田桃子、ナレーター:樫山文枝、企画:小島好美、製作:市民グループ地球家族の会

千葉監督が「家庭」について考えはじめたのは、1974(昭和49)年にベルギーで開かれた第2回世界宗教者会議にフィルム取材に行ったときだった。

「会議の場所は大学都市のルーベンでした。ここに滞在して いるときにいくつかの国際養子の家庭と出会ったのです。それらの家族との出会いを通じて『家庭』というものの意味を追い求めてきました。なかでも私は南ベルギーのナミュール郊外に住んでいる30代のアンドレ・ボーネッシュ夫妻に関心を持ちました。夫妻は、実子2人に加えて6人の国際養子を抱えていました。私が奥さんのリセットさんに、どうして養子を受け入れたのか聞くと『特別な理由はありません。もし、小さな子どもがお腹をすかして道端で泣いていたら、だれでもその子に声をかけて食べ物を用意するでしょう。私たちが、育てる親のいない子どもたちに声をかけて食べ物を用意するのは、それと同じです』と答えました。その言葉に強い衝撃を受けたのです」

ベルギーにはインドやベトナムなど人種のちがう養子を斡旋する養子センターがある。そのなかの1つ「喜びの種をまく人」というセンターは、フランシスコ会のデ・ローズ神父が1958年に創設したという。

「ベルギーの植民地だったルワンダに内紛が起こり多くの難民が出ました。その渦中で7人の孤児たちをベルギーに受け入れたのが、養子運動を始めた動機だと神父さんは語っていました。最初はアフリカ大陸からの養子が主でしたが、やがて『喜びの種をまく人』はインドや東南アジアなど激動する国々からの孤児たちを受け入れていくようになりました」

千葉監督は、ベルギーで出会った国際養子の家庭を短編映画『愛の養子たち』(1974年公開)に描いた。映画は文部省特選になり反響を呼ぶ。

 

マザー・テレサと国際養子

ボーネッシュさんの一家は、徐々に人数が増えて大家族になった。それまでの過程を追いかけていた千葉監督は『こんにちわ地球家族』という映画をつくったのだった。

千葉茂樹監督

「子どもたちの数が実子を含んで24人になりました。このときに特徴的だったのは2人の障害児が加わったこと、カンボジアから来た5人の兄妹がまとまって一家に迎えられたことです。いままで一家には、インド、ベトナム、韓国、ハイチ、グァテマラ生まれの養子たちが育てられていました。この大家族の実態を撮ることで、『家庭』とはなんなのかを見つめようと思いました。私たちは、親子について考えるとき、血縁に大きな価値を置いてしまいます。しかし、ボーネッシュ夫妻にとって大切なことは、家計や財産を引き継ぐとか、老後の面倒をみてもらうとかの動機は当てはまりません。子どもに幸せな家庭を準備すること、それが最大の動機なのです」

この映画の副題には「マザー・テレサと国際養子」とあるようにマザー・テレサの働きが描かれている。『マザー・テレサとその世界』(1978年公開)という映画もつくった千葉監督は、インドのコルカタにあるシシュ・ババン(子どもの家)を再取材している。

「マザー・テレサは、路上やゴミの中で棄てられていた子どもたちも家庭で大切に育てられるようにと強く望んでいました。家庭は、子どもが愛され、愛することを学ぶ場だと言っています。シシュ・ババンにはシスターたちが連れてくる棄てられた子どもたちであふれていました。マザー・テレサはシシュ・ババンに来るのが一番楽しいって言っていました」

映画には4人の子どもたちがシシュ・ババンからベルギーの家族に迎えられ、育てられているところまでが描かれる。

「マザー・テレサは、国際養子が人と人、国と国の間に愛と理解をつくり出すすばらしく美しい方法だと言います。そして、子どもは愛のある家庭で育つ権利があり、彼らが私たちに愛と平和と喜びをもたらしてくれるのだと言うのです」

 

愛の実践があってこそ「地球家族」の資格がある

千葉監督が映画のタイトルにつけた「地球家族」という言葉の本来の意味はどういうものなのか。

「私が取り上げた素材を通して、国際色豊かな養子家庭のことを想像されるかもしれませんね。私が伝えたいのはそれだけではありません。『地球家族』のほんとうの意味は、地球上の痛みを自らの家庭に反映して、痛みを分かち合う家族のことなのです。世界のどこかで逆境に遭い苦しんでいる兄弟姉妹たちがいれば、彼らのために自分の家族のぜいたくを慎んで、彼らが必要とするものを送るといった愛の実践があってこそ、地球家族と呼ばれる人たちの資格なのです。もちろん、日本国内でのことも同じです。地球家族を考える上でさらに付け加えることは、人間だけで地球家族というのではなく、鳥や魚や木や花なども含めた、生きとし生けるものたちの総和が1つの地球家族です。だから、その家族の一員として生きるためには、人間だけが勝手な振る舞いをすることは許されず、人間としての生活態度が問われるのです」

『こんにちは地球家族』でなく『こんにちわ地球家族』になっているのはなぜだろうか。

「私たちが使ってきたあいさつでは『こんにちは』と書きますね。しかし、私には願いがあって故意的に『こんにちわ』としたのです。『わ』は『輪』で、『愛の輪・友情の輪・平和の輪』といったものに通じる願いを託したかったからです。私たち日本人も、そろそろ新しい『こんにちわ』の時代を切り拓く時代にきているのではないだろうかと思ったからです」

千葉監督はマザー・テレサの「貧しい者は誰か」という言葉を紹介してくれた。「貧しい者」とする21の例が挙げられていて、そのなかには「貧しい者は慰めの無い人である」「貧しい者は助けの無い人である」「貧しい者は望まれない人、社会に見捨てられた人である」などが並ぶ。

「私は、最後に書かれた『貧しい人はともかくも―私達自身である』という言葉を特に重く感じています。いまの時代にあって、『家族力』ということが問われています。そうしたなかで『家庭』という問題を考えるとき、この言葉に立ち返って考えなければいけないなと思います」

千葉監督の眼差しの向こうには、愛の絆としての「地球家族」が、いつまでもテーマとしてあり続けている。

(文:鵜飼清、撮影:中村恵里香)

 

千葉 茂樹(ちば しげき)

1933年福島県福島市に生まれる。1956年に日本大学芸術学部映画学科を卒業。大映東京撮影所で助監督をつとめ、1974年にドキュメンタリー作品『愛の養子たち』で初監督をする。映画監督、脚本家。市民グループ「地球家族の会」代表、日本映画学校校長、日本映画大学特任教授。川崎市のみやまえ映像コンクール審査委員長。

主な映画作品に「愛の養子たち」(近代映画協会、1974年)、『マザーテレサとその世界』(1978年)、『豪日に架ける―愛の鉄道』(1999年)、『シネリテラシー 映画をつくる子供たち ~オーストラリアの挑戦~』(2007年)、『マザーテレサと生きる』(2009年)等多数。

著書に、『こんにちわマザー・テレサ』『こんにちわ地球家族―マザーテレサと国際養子―』『映画で地球を愛したい―マザー・テレサへの誓い 』

 

 

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