アート&バイブル 66:バラの生垣の聖母


マルティン・ショーンガウワー『バラの生垣の聖母』

稲川保明(カトリック東京教区司祭)

この絵の作者はマルティン・ショーンガウワー(Martin Schongauer, 生没年1450頃~1491)という、彫刻・銅版画においても優れた作品を残した人物で、アルザス地方にあるコルマールという町で生まれました。アルザス地方は、現在フランスに属しますが、ドイツ(プロイセン)との境界にあり、その時々で独仏の間で帰属が繰り返されました。ドーデ(Alphonse Daudet, 1840~97)の短編小説集『月曜物語』中の「最後の授業」の舞台ともなった地方です。

マルティンは、金細工師の息子として生まれ、それまでの銅版画にはなかった技法、すなわち銅版画に絵画の要素を取り入れ、流麗な線により、対象の立体感や実体感を感じさせる表現を可能にしました。それゆえ彼は「素敵なマルティン」とか、「美しいマルティン」と呼ばれるほどでした。1492年には後の時代に銅版画の巨匠として知られるようになるデューラーが、前年にマルティンが帰天したことを知らずにやって来たほどでした。

後期ゴシック様式の画家ですが、盛期ルネサンスの芸術家から尊敬されており、ミケランジェロもマルティンの作品を模写していたというエピソードが、ヴァザーリ(Giorgio Vasari, 1511~1574)の著作『芸術家列伝』に記されています。

 

【鑑賞のポイント】

マルティン・ショーンガウワー『バラの生垣の聖母』(1473年 油彩板画 200cm×115cm フランス コルマール サン・マルタン教会所蔵)

(1)全身を赤い衣で装う聖母の姿です。ゴシック様式の特徴である緩やかにS字に体をよじっている姿です。聖母の顔立ちは面長で、秀でた額が印象的です。またウェーブしている美しい髪の毛をすべて見せており、このようなスタイルはイタリアにはありません。髪の毛をすべて見せている女性は、イタリアではマグダラのマリアであることが多いのです。マリアの服装は赤い服と青いマントが定番ですが、この絵ではマリアの頭上に描かれている二位の天使が全身を青い服で装っています。

(2)イタリアでは「マエスタ(荘厳)の聖母」が好まれましたが、ドイツではこのような生垣の聖母が好まれていました。聖母子の後ろにあるバラの生け垣は、聖母が処女にして母となったことを示すシンボルであり、白いバラと赤いバラの両方が描かれています。

(3)マリアの頭上の二位の天使は王冠を支え持っています。これはマリアが天の元后(女王)であることを示し、その栄誉をたたえているものです。

(4)この作品のもう一つの特色は、この絵の周りが精密な彫刻で飾られていることです。絵と彫刻がとても調和しており、全部で七位の天使がいます。アーチの中央にいる天使は巻物をひもといており、マリアへの賛歌を歌っているような姿です。この天使は赤い服、その左右に青い服を着てシンバルやタンバリンのような楽器をもっている天使、その下には赤い服を着て竪琴とバイオリンのような楽器を持った天使、一番下には青い服を着て、チェロやリュートのような楽器を演奏する天使たちが彫られています。

(5)全体として、金色=荘厳さ、厳粛さ、聖性;赤=愛、情熱;白=清さ、静寂;青=知性、賢明という色彩・配色もまたメッセージを含んでいるのです。

 


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