シチリアの芸術


石川雄一(教会史家)

こちらの記事で解説したように、様々な勢力に支配された過去を持つ地理的・文化的な交流点であるシチリア島は、独自の芸術を発展させてきました。上掲の記事は少し丁寧に政治史を扱ったため、ここでは趣を変えて、シチリア島における諸芸術の代表的な作家・作品を簡単に紹介してみます。

 

絵画

アントネッロ・ダ・メッシーナ『パレルモの受胎告知』(1476年、シチリア州立美術館所蔵)

まず、絵画の世界で最も有名なのは、かつて5000リレ札にも描かれていたことがあるアントネッロ・ダ・メッシーナでしょう。ネーデルラント絵画の影響を見てとれるアントネッロの作風はティツィアーノらヴェネツィア派にも影響を与えている他、テンペラから油彩に技法を移行させた点などを含め、イタリア・ルネサンス絵画を語る上では欠かせない人物です。

中でも彼の描いた《パレルモの受胎告知》(Annunciata di Palermo)は、フラ・アンジェリコなどに代表される、一般的に想像される「受胎告知」とは異なっており興味深いです。暗い無地の背景に聖母マリアだけが描かれた《パレルモの受胎告知》は、大天使ガブリエルも百合の花も後光も描かれず、一瞥すると宗教画というよりも世俗画のように見えます。しかし、じっくりと見てみると、静謐な霊的深みのある作品であることに気が付かされます。こちらに向かう聖母の目線は、鑑賞者というよりも、その近くにいる天使ガブリエルに向けられていると考えられ、受胎告知の場面に居合わせたような錯覚を覚えます。

つまり、この絵は鑑賞者と作品という近代的な主客関係にあるというよりも、祈りの世界に没頭させるような機能を担っているのです。その点では、かつてシチリアを支配していたビザンツ帝国の国教である正教会が用いていたイコンと重なるところがあるのではないでしょうか。

 

建築

建築に話を移しましょう。世界遺産に登録された建物が複数あることからも分かるように、シチリアは目を見張るような建築の宝庫といえるでしょう。そんな中でも今回は、「ノルマン宮」(Palazzo dei Normanni)を取り上げます。

ローマ人に征服される以前から砦として用いられていた土地には、それ以降もシチリア島を征服した勢力が宮殿を建てていきました。例えば、もう一つの記事でも名前を挙げたベリサリオスはここにビザンツ帝国の要塞を建設し、その後にやってきたイスラーム勢力はそれを宮殿(アル・カサル)として建て替えました。そして、続くノルマン人がその宮殿を拡張する形で「ノルマン宮」を発展させたのです。

「ノルマン宮」は、様々な勢力に支配されたシチリアの歴史の縮図とも言えます。例えば、礼拝堂(Cappella Palatina)に足を踏み入れると、そこは正教会かと思わせるようなビザンツ様式のモザイクであふれています。ですが、よく見てみるとムカルナスと呼ばれるイスラーム建築に見られる装飾があることが分かります。しかし、総体としては西欧によく見られるノルマン様式のカトリック教会なのです。「ノルマン宮」は中世シチリアにおける異文化融合の生き証人と言えるでしょう。

 

映画

さて、時代は飛んで映画芸術にも少し触れておきましょう。世界的に知られているシチリア出身の映画監督を一人挙げるのであれば、ジュゼッペ・トルナトーレが相応しいでしょう。『シチリアにおける少数民族たち』(Le minoranze etniche in Sicilia)というドキュメンタリー映画でデビューしたトルナトーレ監督は、シチリア島を舞台とした『ニュー・シネマ・パラダイス』(Nuovo cinema paradiso)で名声を確立しました。

米国アカデミー賞も受賞した本作は、日本でも人気の作品の一つであり、イタリア映画に親しみがなくても鑑賞した人が多いのではないでしょうか。他にも彼は『マレーナ』(Malena)や『シチリア! シチリア!』(Baarìa)など故郷シチリア島を舞台とした作品を撮り続けています。

上記作品を含むシチリアの映画は、こちらの記事でも紹介されています。

 

音楽

文学に関しても紹介したいことはありますが、歴史を説明した記事で「シチリア派」に触れているため、ここでは省略させていただきます。そこで最後に音楽について一言述べて終わりましょう。

島外での活動が多かったため、シチリア島出身であることはあまり知られていませんが、ヴィンチェンツォ・ベッリーニはシチリアが生んだ大作曲家です。ロッシーニやドニゼッティと共に「ベルカント・オペラ」の代表とみなされるベッリーニは、シチリアの音楽一家出身であり、20代には島を飛び出してイタリア各地やフランスで大活躍します。

作曲家の他にもう一人紹介が許されるのであれば、2024年にも来日したヴァイオリン奏者ファビオ・ビオンディもシチリア島出身の鬼才として言及すべきでしょう。12歳にしてイタリアの国立交響楽団のソリストとして舞台に立ち、1990年に古楽楽団エウローパ・ガランテを結成しました。その演奏は筆者も含めた世界中の古楽好きに愛されています。

 


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