石川雄一(教会史家)
ヨハネ福音書によると、イエス様が最初に現わされた「しるし」はカナの婚宴の場で水をワインに変えた奇跡でした(ヨハ2・1~11)。
ガリラヤのカナで開かれていた婚宴には聖母マリアが招待されており、弟子を連れたイエス様も臨席しました。楽しい結婚パーティで、ついつい参列者は飲みすぎてしまったのでしょうか。用意してあったワインが足りなくなってしまいます。そこでマリア様は、イエス様に「ぶどう酒がなくなりました」(ヨハ2・3)と告げます。最初イエス様は「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです」(ヨハ2・4)と素っ気ない返事をしますが、息子が必ず何とかしてくれると確信しているマリア様は召使に「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください」(ヨハ2・5)と言います。そこでイエス様は「二ないし三メトレテス入りの」「水がめが六つ」がいっぱいになるまで水を入れるように命じます(ヨハ2・6~7)。一メトレテスがおよそ39リットルなので、全部で78から117リットル分の水です! そしてイエス様はその水をワインに、しかも上質なワインに変えてしまいました。
117リットルという量をわかりやすく例えると、一升瓶が1.8リットルなので65本分、ワインボトルが750ミリリットルなので156本分です。既にワインを飲み干してしまったうえに、ボトル150本分の追加ワインが用意されるとは、いったい何人の大酒飲みがこの婚宴に参列していたのでしょう!? 準備不足や飲み過ぎといった人の落ち度によるワイン不足を、マリア様の取次ぎにより解決してくださった奇跡が、ヨハネ福音書の語るイエス様の「最初のしるし」(ヨハ2・11)です。
ところで、カナの婚宴が催されたガリラヤのカナとはどこでしょうか。ガリラヤは現在のイスラエルとレバノンにまたがる地域であり、カナという地名の場所も両国にあるため、婚宴が開かれたカナがどこであったのかは諸説あり分かっていません。つまり、婚宴のあったカナは、今日のレバノンであった可能性があるのです。こうした由来から、レバノンにはカナの婚宴の名を冠したワインメーカー「シャトー・カナ」があります。
レバノンには古くからワイン造りの伝統がありますが、中世にはフランスが中心となった十字軍に征服され、近代にフランスの衛星国となったことから、フランスワインの影響を受けました。今回紹介する「シャトー・カナ」のワインであるクロ・ド・カナも、カベルネ・ソーヴィニヨンとシラー、メルローと使用しているブドウはフランスを原産地とする種ばかりです。また、その名もフランス語であることからも、フランスの影響を看取できるでしょう。しかし、一口飲んでみると、フランスワインとは異なった、複雑で重厚な独特の重みが感じられます。
『戦地で生まれた奇跡のレバノンワイン』というドキュメンタリー映画が2022年に日本で公開されるなど、レバノンワインへの関心は高まっています。独自の歴史と土壌に育まれたレバノンワインを飲んで、カナの婚礼に関する黙想の一助としてはいかがでしょうか。