「中世」と「近代」を照らし合わせて、その先へ(AMOR流リサーチ)


なぜ「中世」がテーマに?
そぼ
こんにちはー。いつも聞くけど、いつ以来だっけ?
りさ
今度は少ししばらくぶりですね。4月に「山と、聖書と、日本の宗教」で、山と宗教の関係を調べて以来ですねか。
そぼ
なるほどー。で、今回はどんなテーマなのかな?
りさ
今回はなんと「中世」です。
そぼ
中世? 何でまた? 突飛な感じがするな。
りさ
でも突飛なときじゃないと、私たちの出番はないですよ。
そぼ
現実って厳しいんだね……。
りさ
それはさておき、今回のテーマは今年の新型コロナウイルスの状況と関係があるらしいです。
そぼ
ええー、どういうこと?
りさ
つまり、このパンデミック、全世界的流行で、同じウイルス問題によって、どの国の人も同じように被害を受け、対策を立てていますよね。感染者も死亡者も国による違いはあっても民族・国家を超えて広がり、マスク姿もどこの国でも見られるほど。こんな現象はかつてなかったことといわれています。
そぼ
たしかにね。でも、それで、どうして「中世」?
りさ
パンデミックは人類のいわゆるグローバル化と表裏一体のもので、全地球規模の人と物と情報の移動、交流・交易・交通・共有ということが世界を活発に動かしているのです。そういう活動の根幹にある人間同士の密なコンタクトというところに、ウイルスは見事に付け入ってくるからなのでしょう。
そぼ
話が大きくなってくるね。
りさ
それがパンデミックというものですよ! そして、グローバリゼーションの始まりを記す出来事に、1492年のコロンブスの新大陸発見というのがありますよね。あの大航海時代から西洋人が新大陸や東洋に来て、東洋人もヨーロッパに行くようになってきたわけです。
そぼ
フランシスコ・ザビエルも、天正遣欧使節も、ペトロ岐部も、現れなかったわけだ。
りさ
1492年は一つの象徴で、ともかく、16世紀になるといろいろなことがあって、宗教改革とか絶対王政の始まり、国民国家の先駆的形成、アメリカ大陸への植民とか、ロシア帝国の成立とか、もうあと一歩で現代世界の相貌に近づいていきます。
そぼ
そこに豊臣秀吉とか徳川家康とか、現代日本のもとになるような体制が生まれてくるわけか。
りさ
祖母江くんは日本担当大臣でいいですかね?
そぼ
えっ、何それ。
りさ
いずれにしても、そんなグローバリゼーションと一体だった近代というか現代というか、そこには世界戦争の歴史ももちろん含まれますが、そのようなかでの産業革命とかいわゆる「近代化」、近代文明の根底が、微小な病原体ウイルスの感染拡大によって一挙に危機状況に陥っているわけです。なので、この事態を前に、もっと大きな世界史観をもつべきではないか、という話にもなっているみたいですよ。
そぼ
「みたい」って、どこでのこと?
りさ
いろいろなところで、最近の本やテレビ番組でも人々が論じ始めていますね。このウェブマガジンもキリスト教と世界を見ているから、当然の問いかけですね。それで、そんな「近代」の扉が開かれる前の、いわゆる「中世」、ここでは「ヨーロッパ中世」のことだけど、それをめぐるあれこれのことを考えてみようという話になった、というわけです。

 

14世紀のペスト大流行と21世紀の新型ウイルス
りさ
ここにこんな本があります。

そぼ
なになに……『ペスト大流行』?
りさ
科学史に関する著作で有名な村上陽一郎さん(1936年生まれ)が1983年に発表した本なのですが、最近再び売れているらしいです。この本には「ヨーロッパ中世の崩壊」という副題がついていて、14世紀半ばの「黒死病(ペスト)」は当時の文明・社会の根底を転換させる大きな要因になったという大胆な展望を示しています。
そぼ
ペストの大流行のことは、世界史でも14世紀の出来事として必ず触れられるけど、そんな詳しく語られたことはないな。それだけ大事(おおごと)だったってことだね。
りさ
中世の荘園制度の崩壊や賃金労働者の発生を促進する要因になったという点や、なによりも「死」が身近になったことが「メメント・モリ」(Memento mori! 「死を憶えよ、死を忘れるな」)という精神態度をもたらして、人々の死生観、信仰心のあり方、祈り、芸術を大きく動かしていったのです。

ペストは、そのときだけでなく、その後もたびたびあって、1665年のイギリスでの流行のときは、ニュートンが大学の休校中の休暇の間に万有引力の法則を発見したという逸話があったことまで紹介されています。

19世紀末に中国大陸から始まったペストの流行は1910年代まで影響を及ぼしていて、それを背景にアルベール・カミュが『ペスト』という小説を生み出したそうですよ。この小説も今年は注目されましたね。

そぼ
感染症が人類の歴史やその社会の変化に大きく働いている観点の歴史観を示したところがユニークだったんだろうね。
りさ
そんな村上陽一郎さんは現在84歳なのですが、今年の7月17日に岩波新書で『コロナ後の世界を生きる――私たちの提言』を出しているのです。
そぼ
84歳! 元気だねぇ。
りさ
村上さんをはじめとする24名の各界の人々が、現下の状況でさまざまな観点から提言しているという注目の書ですよ。
そぼ
すごいダイレクトマーケティング! でも、結構面白そうだね。オレでさえいのちや社会や文明のことを考えさせられているぐらいだから、先輩たち、専門の人たちの提言からヒントを見つけてみたいな。
りさ
たとえば、国際法が専門の最上敏樹さん(1950年生まれ)は、次のように指摘しています。

今、国境を超える地球全体の問題がこの事態に深くかかわっていることを知り始めたに違いない。環境破壊、過剰な人口、膨大な食料の生産、野放図な自由主義経済、そこからの脱落者の切り捨て、地球全体の資源配分の誤り(軍事費の増大など)等々、多くの問題が連鎖して今回の事態に至っている。……来るべき世界はむしろ、何の分野であれ無用の敵対的競争を抑制し、自然とも和解し、人間が境界を超えて共生する世界であるだろう。
この危機を境に、禍々(まがまが)しいものの象徴としての「近代」が終わる。いや、終えなければならないし、いまが最大の好機なのだ。
(『コロナ後の世界を生きる――私たちの提言』196~197ページ)

そぼ
聞きかじりでしかないけど、教皇フランシスコが代表する、今のカトリック教会のメッセージとも響き合うものを感じるなあ。
りさ
そうですね。教皇フランシスコの回勅『ラウダート・シ ともに暮らす家を大切に』が発表されて5周年ということで、カトリック教会は、来年の5月24日までを環境問題について考える特別年とされているようですよ。日本の司教団は9月1日の「被造物を大切にする世界祈願日」から10月4日(アシジの聖フラシンスコの記念日)までを「すべてのいのちを守るための月間」として祈っています。
そぼ
そうなんだ。いのちの問題は、今年とんでもなく切実になったよね。
りさ
それはそうと、最上さんの指摘もそうだけれど、「近代」という、今の世界を規定する文明のあり方そのものも根底から考え直そうということを、カトリック教会も推し進めていることはたしかです。第2バチカン公会議(1962~65年)自体もそうだったといえますし、今回のパンデミックはだれにとっても今の文明、社会、「近代」というもの今のあり方の是非を考え直させているのではないでしょうか。
そぼ
今回は、そんな「近代」をまるごと見直すために「中世」という比較対象をもってきたってことなんだね!

 

中世との出会い方が変わった1970年代
そぼ
あれ? りさっち、電話鳴ってるよ。
りさ
本当だ、誰ですかね。もしもし?
答五郎
もしもし、答五郎だが。
りさ
あ、答五郎さんじゃないですか。『ミサはなかなか面白い』ではお疲さまでした。はい、テーマが面白いので、リモートで対話に参加したいと。もちろんですよ。いろいろと教えてください!
答五郎
いや、村上陽一郎先生の名前を聞いて参加したくなったのだよ。それに「中世」というテーマ。自分も学生のときからずっと考えさせられているからね。ソボくんも、いいかな。
そぼ
もちろんオッケー!
答五郎
自分は今60代半ばで、1970年代に高校、大学を過ごした世代なのだよ。「近代」というものへの興味と、「中世」というものへの興味が同じくらいにあってね。「近代」については「フランス革命」に興味をもってたくさん文献を集め始めたものさ。中世についてはそのころはなかなか知る手だてがなくてね、それで、上智大学に入ったというところもあるんだ。
そぼ
へえ、そんな遠大な興味で大学を選んだんですか。
答五郎
そんなこともないよ。未知のものへの興味といった感じかな。1970年代というとイデオロギー真っ盛りの時代が終わりかけていて、確かな価値観を求めて、それまでの枠にとらわれずに探求を始める世代だったわけだからね。ともかく、上智大学に入って一般教養の科目の中で当時、東京大学教養学部の村上陽一郎先生の「科学史」の講義があったわけさ。「知」の歴史というものに新鮮な関心を拓かせてくれたものだった。中世に対しても、近代に対してもね。
そぼ
聞きかじりなんですけど、「科学革命」という言葉がそのころよく語られていたようですね。
答五郎
私らの世代が中世に関心をもったときには、中世暗黒時代というイメージでは語られなくなっていたような気がする。とくに、上智大学はカトリックの大学だから「近代」的なものに批判的な視野でものを語る傾向にあったかもしれない。

ちょうどそのころクラウス・リーゼンフーバー師(1938年生まれ)が中世思想研究所を創立して、「中世思想」という名のもとで古代の教父思想から15世紀ぐらいまでの思想原典集成という大事業を始めたのだよ。日本では未知の原典が知られるようになったという点が、大きな貢献となっている。

自分も若きリーゼンフーバー先生の授業の学生のひとりだった。わからないことが多かったけれど、あの博識の知性の“雰囲気”には触れた授業は感動的な懐かしい思い出だよ。

りさ
中世思想研究所はたくさんの書籍を生み出しているところですよね。
答五郎
同時に1970年代は、20世紀フランスで興隆した新しい歴史学の成果が紹介され始めたときだった。阿部謹也さん(1935~2006)の『ハーメルンの笛吹き男』が出たのが1974年、ジャック・ル・ゴフ(1924~2014)の『中世の知識人 アベラールからエラスムス』が岩波新書で出たのが1977年、日本中世社会史に関して網野善彦さん(1928~2004)の『無縁・公界・楽――日本中世の自由と平和』(平凡社)が出たのが1978年。

ちなみに、阿部謹也さんについては、この特集で、伊藤淳神父が自分の大学の時の恩師だったということで、その面影を書いてくれている(西洋中世社会史学者阿部謹也の秘密)。貴重な記事なので、ぜひ、読んでもらいたいな。

 

芸術の中世への関心も拓かれた
りさ
なるほど、歴史へのまなざしがぐっと広がった時代だったのですね。
答五郎
ずいぶん昔のことのように言われてしまったな。今も十分、その動きの中にあるのではないかと思っているけれどね。

さっきあげたル・ゴフからは『煉獄の誕生』(邦訳 法政大学出版局 1988年)でとくに刺激を受けたけれども、最近の『中世とは何か』(邦訳 藤原書店 2005年)では、彼自身が20世紀フランスの歴史学の革新の中でどのような学問人生を歩んできたかをインタビュー的に語っているのが面白かった。

ともかくも、世界史で学ぶヨーロッパ中世は王朝の変遷や戦争の歴史や皇帝と教皇の対峙という社会の上層の出来事が中心になっているのに対して、新しい歴史学は社会の構造の歴史、無名の民衆のメンタリティ、信仰心、人生観、生活文化を解明してくれているようで新鮮だったよ。

そぼ
それでも「中世」って、何か完結した時代や体系のように語られている感じがするな。
答五郎
鋭い! そうなのだ。中世と一口にいっても、ゲルマン人の古代的な心性や文化がまだ強かった中世初期や、近代的なものの芽生えが見られる中世盛期や中世末期では局面が違うし、後者はもちろん近代とつなげて見ていくべきことなのだよ。
りさ
とすると、中世は本当に古代と近代の中間でもありつつ、その実体は瓦解してしまうような気がします。
答五郎
そうだね。結局はヨーロッパ文明史、ヨーロッパ社会史、ヨーロッパ文化史という捉え方をしてほうがよいように思う。音楽に関してもね、近代のクラシック音楽一辺倒の音楽観から中世、ルネサンス、バロックへと視野が広げられていったのも1970年代だったよ。

今年4月、皆川達夫さん(1927~2020)が亡くなっただろう。ラジオで長くバロック音楽のことを渋いお声で紹介してくれた人だった。キリシタン音楽の研究も重要な業績とされている人だ。

そぼ
そういえば、朝早く目が覚めてラジオを付けたときに、聞こえてきたことがあったかも。
答五郎
その皆川さんが講談社現代新書で『バロック音楽』を出したのが1972年、『中世・ルネサンスの音楽』は1977年。平易な語り口でこれらの時代の音楽を私たちの一般教養にしてくれたんだ。

1990年代、CD時代になると中世音楽、グレゴリオ聖歌もほんとうに親しまれるようになり、「古楽」という分野が研究や演奏の分野として確立されて今に至る。宇宙の音楽、人間の音楽、楽器の音楽があると紹介してくれたのも新鮮だった。

けれどそんな音楽思想は中世に限らず普遍的なのではないかなと思うよ。そんなところも、この特集で東京藝術大学の渡辺研一郎さんが書いてくれているね(現代の音楽家にとってのネウマ)。

 

諸世紀・諸文化 共存時代
りさ
美術史に関しても、中世の写本画やステンドクラスの実体、ロマネスクやゴシックの聖堂の様子が今や写真やインターネット画像でも親しめるようになっています。中世文化は遠くなく、新鮮で、現代的とも感じますね。
答五郎
そう、そしてそれらは、どちらかというと「ヨーロッパ」の文化のある時期の文化という意味合いで受け取ってしまうのではないかな。

考えてみると「古代・中世・近代」という三区分にはヨーロッパが前提とされていて、いわばヨーロッパが世界と同一視されていたニュアンスがあるし、古代から中世へ、そして近代へという直線的な進歩史観が前提にもあったようだ。

なので、日本の歴史には、一応の研究専攻カテゴリーとして「日本古代史」「日本中世史」という区分があって、さらに「日本近世史」「日本近代史」という区分もあるという具合で、あんまり適合しないことがある。「近世」という中世と近代の中間概念があって、ヨーロッパにも適用されるなど、時代区分概念も用語もいろいろだよ。

そぼ
日本の場合だと、平安時代、鎌倉時代、南北朝時代、室町時代、戦国時代、江戸時代といった区分の方がイメージしやすい感じがするな。
答五郎
確かにね。そして、今の世界、日本の文明文化とヨーロッパの文明文化、イスラム諸国の文明・文化というそれぞれの文化圏のことを総合的に照らし合わせることのほうが重要になってくると、それぞれの中での(どう適用するか別として)古代・中世・近代という大まかな区分はもうあまり役に立たなくなっているのではないかな。

そんなあたり、この特集の中の倉田夏樹さんの記事(コンスタンティノープルのニコラウス・クザーヌス枢機卿――イスラームと対話した「暗黒中世」の教会政治家)と一緒に考えてみてもよいかもしれない。

りさ
印象ですけれど、今は多くの場合、○世紀という形で歴史事象を機械的にくくって語ることが普通ですねよ。どの世紀にも、前の時代から続いているもの(連続要素)と変化をもたらしたもの(非連続要素)があって、その連続局面と、非連続局面の内容の度合いでもって各世紀の位置づけを見定めていくというように。
答五郎
そうだね。今は、さまざまなメディアを通して、どの時代、どの世紀の文化遺産にも、どの民族、どの文化圏の文化遺産にも、出会うことができる時代になっている。

そんななかで「中世的なもの」とか「近代的もの」という時代区分論的な評価はもう役立たなくなっている。中世が暗黒時代として克服されるべきものではなくなり、近代がだれもが目指すべきものとしての普遍的価値を失っている時代だからかもしれない。

そうはいっても、便宜的に「ヨーロッパ中世」とくくられる時代のさまざまな事象は厳然として存在するし、そこをどう見ていくかということが課題になる。

りさ
世界史的ないわゆるヨーロッパ中世の知識は、やはり土台になるということですね。新しい歴史学の成果を踏まえて一般的のことを概観するための適当な本があったら教えてください。
答五郎
一つに薦めたいのは慶応大学の神崎忠昭先生(1957年生まれ)の『ヨーロッパの中世』(慶応義塾大学出版会 2015年)だな。世界史的な知識と新しい歴史学の成果を踏まえつつ、6世紀から15世紀までの1000年間のいろいろな事象の相互関連性を簡潔に示してくれている。こんな章立てでね。

大いなるローマ/古代世界の終焉とゲルマン人/フランク王国/隣人たち-交流と緊張/鉄の時代-混乱と再編/皇帝/教皇/修道士/英仏の葛藤/都市―/新しい宗教生活/国民国家/それぞれの国制の模索/隣人から一員へ/中世後期の教会/衣食住/人の人生/宗教改革/近代へ

りさ
なんとなく世界史の知識も役立ちそうで、新たにまとめてくれそうでわくわくします。でもやはり教会とか宗教生活とか教会とか、この時代はキリスト教が大きな比重を占めることは確かですよね。
答五郎
それについて概観するためには『新カトリック大事典』第3巻(2002年)の「中世教会史」という項目を読んでみたらどうかな。河井田研朗先生(1932年生まれ)の記事がとてもよくまとまっている。ぜひ入門に役立てるとよい。

 

キリスト教をどう考えるかの問題
りさ
やはり、「ヨーロッパ中世」を考えるとき、キリスト教のこと、教会のことは切り離せないとあらためて思います。
答五郎
もう「中世」という時代区分を外すと、ヨーロッパを考えるときにキリスト教は切り離せないというべきだろうね。中世だけでなく、宗教改革以後、近代でもキリスト教がなくなったわけではないからね。問題は、キリスト教と社会、キリスト教と世界、キリスト教と人間のかかわりの変化という形で、いわゆる中世から近代への推移は考えるべきだと思う。
そぼ
しかも、キリスト教はヨーロッパだけのものでもないしね。ヨーロッパは、キリスト教が広がった世界のほんの一部にすぎないものなんでしょ?
答五郎
ありがとう、それは大事なことだ。なんとなく「ヨーロッパ中世」という限定と、「キリスト教」を重ね合わせてイメージしてしまう傾向があると思うな。日本だと余計にそうなのかな。

キリスト教はパレスティナで生まれ、地中海世界や東方にも広く伝播していった。ヨーロッパ大陸というべき方面への宣教は1000年頃までずっと継続されていって、とくにその西方ヨーロッパのキリスト教が近代宣教で広がるカトリックやプロテスタント諸教会のもとになるから、どうしても、キリスト教をヨーロッパの宗教と思いがちだ。でも、違うということだね。

りさ
厳しいことをいうようですが、日本人のキリスト教徒の中に、キリスト教を欧米のものと考えていたいというメンタリティがあるのではないでしょうか。それがカトリックの場合は、いわゆる中世だったり、近世だったり、キリスト教が全盛期だったときのイメージでキリスト教のこと、教会のことを考えたいのではないでしょうか。
そぼ
うーん。キリスト教をヨーロッパのもの、とくに「中世」という枠の中に閉じ込めておきたいっていうのも、一部の日本人の中にあるんじゃないかな。それって、豊臣秀吉や徳川家康の術中にはまっていることにならない?
答五郎
キリスト教の話になると、なぜか俄然厳しいコメントになるね。たしかに中世は「キリスト教的な時代」とひとくくりにされるけれども、さっきの神崎先生の本で確認されるように、あの時代の教皇も司祭も修道者についても「それってキリスト教なの?」といわれることが目立つようにもなる。11世紀末から13世紀初めにかけての十字軍という一大事業が、良くも悪くも「キリスト教的ヨーロッパ」のいろいろな側面を露呈したともいわれているし。
りさ
そうなのですよ。いわゆる中世のヨーロッパの歴史を見ていくと、キリスト教というものに対して、疑問符がいっぱい出てくることがあるのです。
答五郎
もう一つ、典礼史の見地からいわせてもらうと、中世はキリスト教の典礼の本来の姿からかなり逸脱していった時代だという評価になってしまうのだよ。一般に典礼史のほうでは、教父時代(2、3~4、5世紀の時代)から理想型を汲み取って考えるのが現代の基本姿勢になっていて、中世に関しては否定的な評価しかくだせなくなっているという不思議な矛盾があるのだ。

あんなに「キリスト教的」といわれている時代が、典礼を基準に考えると、それほど「キリスト教的」とはいえないという逆説になってしまう。ただ、今の典礼行為の中や典礼・秘跡神学の中には実際、中世というヨーロッパ・キリスト教において発生して、大事に継承されているのも多いからね。

りさ
とすると、現代のカトリック教会の典礼には、すべての時代が共存しているともいえるのですね。
答五郎
まあ、たしかに現代状況を前にして、カトリック教会は半世紀前に典礼刷新をして、少なくとも直前の時代からは新しい典礼に突入しているけれど、全体構想においては古代教会的、部分要素においては中世的なものの継承・保持というヨーロッパ的にはバランスをとった実践形態を編み出したといえるかもしれない。

ただ、それが近代への反省や中世に対する見直しの一定の実りといえるけれども、本当に新しい時代を創り出せているか、あるいはキリスト教の新しい時代のあり方を反映するものとなっているかどうか、といえば、まだわからない。

そぼ
へー、そうなんだ。それはなかなかにチャレンジ精神にとんでいるね!
答五郎
古代と中世の併存といえばいえるが、少なくとも、直線的な時代変遷の図式では考えにくい。典礼だけでなく、キリスト教全般に関しても、キリスト教的なものとは何か、キリスト教的であるとはどういうことかを考えるとき、古いとか新しいとか、古代的とか中世的とか現代的とかそういう価値観によってではなく、考えていくことが必要だと思うよ。

すべては「キリストの時」、あるいは今はキリストの第一の来臨から第二の来臨の間を生きる「中間の時」(教会の時代)だという観点をもって、その中の具体的な一時代、諸世紀として考えていったらどうかな。

そぼ
日本の歴史、日本列島・諸島に生きたすべての人々、生きているすべての人の歴史も、キリストの時を基準に考えていけるかな?
答五郎
もちろん、そしてそれはどの民族の歴史に関してもやっていっていいのだよ。キリストは「諸民族の光」というメッセージを、深いところから考えたいね。世界や歴史に対しても無用な境界線をやたらに立てることなくね。

「キリストの時」に基づく歴史観(救済史観)や典礼史的な見方を、新しい歴史学がもたらした成果とも絡ませていくことが必要なのではないかなと、つねづね思っているところだよ。

おっと、だいぶ長話になったかな。リモート出演も、そろそろ失礼しよう。この辺で。

そぼ
いろいろ刺激になりました!
りさ
ありがとうございました。

(企画・構成 石井祥裕/イラスト・脚色 高原夏希)

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

3 × four =