現代の音楽家にとってのネウマ


渡辺研一郎(東京藝術大学大学院修了)

ネウマとは

キリスト教の典礼音楽として非常に長い伝統を持つ「グレゴリオ聖歌」は、9世紀からその旋律が記録されるようになりました。記録に用いられた記号は「ネウマ neuma」と呼ばれています。これはラテン語ですが、語源はギリシャ語の「νεύμα」(「ジェスチャー、合図」などの意)に由来すると言われています。

ネウマは旋律を記録するための記号、すなわち「音符」であるわけですが、現代の私たちに馴染み深い音符(4分音符や2分音符など)とは大きく様相が異なっています。

ここで、10世紀の初頭(922〜925年頃)にスイスのザンクト・ガレンで作られたグレゴリオ聖歌集(カンタトリウム Cantatorium)の中に見られるネウマを引用しましょう。

(出典)『ザンクト・ガレン修道院図書館359写本』、46頁。

これは、主の公現の祝日のミサで歌われるアレルヤ唱『私たちは星を見た』の冒頭部分です。“ALLELUIA”と読める文字は歌詞(アレルヤ)で、その上に書かれている記号がネウマです。つまりこれは、「アレルヤ」という言葉がどのような旋律で歌われるかを記録しているのです。

 

現代の音符との相違

現代の音符と異なる点について探ってみましょう。まず、五線譜のような「線」が見られません。五線譜において線は、音の明確な高さを示してくれる存在ですが、このネウマの楽譜には線が無いため、ここからだけでは具体的な音程を知ることは出来ません。楽譜として不完全なようにも思えますが、当時グレゴリオ聖歌の旋律は楽譜からというよりも耳や記憶によって覚えるものであったと言われます。修道士たちは、実際の典礼の現場で歌われている聖歌を聴きながら、旋律の音程を知っていったのでしょう。この時代においては、ネウマによる旋律の記録も、具体的な音高を示す必要は無かったのだと考えられます。

もう一つの相違を挙げたいと思います。それは、複数の音から成る音型が一つのネウマで表されることがある、という点です。例えば、「クリヴィス clivis」や「トルクルス torculus」と呼ばれるネウマは、上に引用したカンタトリウムの中にも見られますが、複数の音から成る音型を言わば「一筆書き」の記号で示すのです。クリヴィスは下行の2音から成る音型、トルクルスは「低-高-低」という3音から成る音型を表しますが、いずれも一つの記号で示されます。これは、現代の音符が「符頭」と呼ばれる部分によって一つ一つの音高を示すのとは異なる特徴です。(下の図の一番右の欄は、ネウマの示す音型を現代の符頭を用いて表したものです。)

 クリヴィス clivis  下行の2音を示す。
 トルクルス torculus  低-高-低という音型の3音を示す。

 

ネウマに学ぶ

さて、以上のような相違は、現代の音楽家に何を語っているでしょうか。

具体的な音高を示していないネウマの楽譜からは、「楽譜よりも前に音楽がある」という事実や、楽譜に「書かれていない情報」の存在への気付き、さらには、音楽において響きを捉える「耳」の重要性について認識するきっかけとなるかもしれません。また、複数の音から成る音型を一つの記号で示すという特徴からは、音と音を繋ぐ、いわゆる「レガート」のための感性を学べるかもしれません。[中世の音楽理論家であるフクバルドゥス( Hucbaldus, 850年頃北フランス生〜930年サンタマン没)の言及の中には、音の繋がりを示すという点でのネウマの役割を示唆するものがあります。]

自分の経験からの意見ですが、現代の音楽家にとって、ネウマのような五線譜以外の楽譜について知ることは大変有意義だと思います。とりわけ、現代の記譜法には無い特徴を備えている楽譜からは、学びも多いのではないでしょうか。私自身ネウマに出会い、勉強していくという経験によって、音楽を捉えるための引き出しが増えたような気がしています。

読者の皆さまにとって、このエッセイがネウマとの良い出会いの場となっているのでしたら、執筆者として幸いに思います。

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

17 − 6 =