アート&バイブル 25:フラ・アンジェリコの「天使の羽根」


キリスト教絵画に描かれた天使たち

稲川保明(カトリック東京教区司祭)

神からの使者として降臨し、神の意志を人間に伝える霊的な存在として聖書の中にはさまざまな時代、さまざまな使命をもって天使が活躍しています。これらの天使たちは聖書の世界では脇役的な立場ですが、キリスト教美術の中では画家たちの想像力をかき立てる魅力ある存在でした。

図1:『三位一体』ノヴゴロド派イコン(14世紀、モスクワ、トレチャコフ美術館)

その図像はビザンティン美術では顔から直接、羽根の生えた頭部のみの「聖霊タイプ」が多く見られます(図1、クリックで拡大します。ほかの図も同様)。ほかには、ギリシア・ローマの神話に登場する愛の女神エロスに由来する有翼の「キューピッドタイプ」が代表的です。キリスト教絵画では、長い間、理性に近い「聖霊タイプ」の天使が上位の天使と考えられ、人間の姿に羽根の生えた「キューピッドタイプ」は下位のものと考えられてきましたが、ルネッサンス期を迎えると、その優美さと愛らしさゆえに多くのキリスト絵画に描かれるようになりました。

またキリストや聖母マリアの描き方にはビザンティン美術の影響やイコノグラフィー、図像学などの点から決められた約束事が多くありました。しかし、天使に関してはこれらの制約や掣肘(せいちゅう。わきから干渉して、自由な行動を妨げること)がなく、画家たちは想像力の赴くままにさまざまな天使たちを生き生きとした姿で描いています。

『ヘントの祭壇画』(図2)などにはコーラス隊の中にいる天使の一人が「声が出なくて顔をしかめている」ように見えるものがあり、制約の多い宗教画の中にあってユーモアを感じさせます。それが天使たちの魅力にもなっていると思います。ラファエロの描いた『サン・シストの聖母』(図3)では、頬杖をついて聖母を見上げる二人の子どもの姿の天使たちがまるでいたずら小僧のようで、この部分だけをデザインしたグッズも多く見られます。

図2:フーベルト・ファン・エイク、ヤン・ファン・エイク『ヘントの祭壇画』(1432年、ヘント、シント・バーフ大聖堂)

同作品、合唱の天使 部分

図3:ラファエロ『サン・シストの聖母』(1513~14年頃、ドレスデン、アルテ・マイスター絵画館)

 

天使の羽根の描き方も多彩で、レオナルド・ダ・ヴィンチの『受胎告知』(図4)に描かれた天使ガブリエルの羽根はまるで白鳥の羽根のようにリアルです。別の画家は鱗を張り付けたような硬質のものとして描いたりしています。その中で、やはり天使の画家と言えば、フラ・アンジェリコ(生没年1400頃~1455)が秀逸であると思います。特に天使の服装とともに私が注目するのはその羽根の描き方の美しさです。

図4:レオナルド・ダ・ヴィンチ『受胎告知』(1470年代、フィレンツェ、ウフィツィ美術館)

 

【鑑賞のポイント】

図5:フラ・アンジェリコの「天使の羽根」(下記作品の一部分)

作品を一つずつ見ていると気がつきにくいのですが、フラ・アンジェリコの描いた天使たちの羽根を並べてみるとはっきりと気がつきます。それは、天使たちの羽根が実にカラフルだということです。黄金色に輝く羽根にさりげない印象を与える別の色が配置されていたり、何色も彩り鮮やかな羽根であったりとフラ・アンジェリコの描き方は魅力的です。

最も有名なサン・マルコ修道院のフレスコ画『受胎告知』を例に取り上げますと(図5左下)、彼がこのような4色の色を用いたのは、当時、知られていた虹の色が4色だったことと関係しているかもしれません。虹は旧約聖書においては契約のしるしであり、また人類を滅ぼすことはないという神様の約束を表すシンボルであり、天と地を結ぶ光のかけはしであることからもフラ・アンジェリコたちは天使の羽根の色に虹の色を用いたこともうなずける気持ちになります。

 

【比較画像の全体図】
下の画像をクリックすると、図5の作品の全体図をご覧いただけます。

左上:『受胎告知』(1426年頃、マドリード、プラド美術館)

右上:『受胎告知』(1430年、サンタ・マリア・デレ・グラツィエ修道院)

左下:『受胎告知』(1440年、フィレンツェ、サン・マルコ修道院)

右下:『キリスト伝』(1451~53年頃、フィレンツェ、サン・マルコ修道院)の「受胎告知」の部分

 


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