山翔る心
「また会いましょう、あの山の中で」……最近公開されたある映画の締めくくりに告げられる詞です。あることで命を奪われた夫の魂に向かって、遺された妻が語る、復活しての再会を信じ、待ち望み、約束することば。永生への思いが山に託されているのを感じたとき、「山」の霊性、山をきっかけとした宗教心や修行という事実が古今東西、諸民族の生活と心の底流にあることに気付かされました。
「山」に限らず「丘」「峠」「頂点」「ピーク」「クライマックス」などの類語は、わたしたちの生活心境を表現するときにたびたび使われます。現下のこの新型コロナウイルス感染症の拡大はいつピークを過ぎるのか。家族が重篤の病にあるとき「今晩が峠です」といわれて必死に祈ったこととか……。危機の極みにも感動の極みにも使われることばのうちに、わたしたちの存在感覚が無意識のうちに山のイメージとともに告げられています。
人を超えた存在の象徴である山、復活や再生への憧憬がこめられている山、「そこに山があるからだ」と存在そのものが人を引きつける山、そんな山に、宗教や霊性の観点から目を向けてみましょう。「復活」ということば待ち望みながら、先行きが見えない中を歩む忍耐の中で山の諸相に触れていきましょう。黙想の日々の友として……。
「他者を内側から知る」八ヶ岳・三位一体ベネディクト修道院での経験