アート&バイブル 40:福音と律法


ルーカス・クラーナハ(父)『福音と律法』

稲川保明(カトリック東京教区司祭)

ルターの肖像画

ルーカス・クラーナッハ(Lucas Cranach, 生没年1472~1553)は、ドイツ・ルネッサンスを代表する芸術家で、ヴィッテンベルクの宮廷画家として有名です。また宗教改革の立役者となったマルティン・ルター(Martin Luther, 1483~1546)の親友としても有名です。彼の作品である帽子を被ったマルティン・ルターの肖像画も有名です。彼はルターの結婚式の証人を務め、自分の子どもの名付け親にルターになってもらうほど親しい関係にありました。

一方、大型の工房を経営する才覚もあり、聖像や聖画を否定するプロテスタントからの注文が減っていたとき、カトリック側からの注文にも応じるという、変幻自在の立ち回りを見せた点でもユニークです。そのために多くの作品を残しています。

彼の息子(1515~1586)も画家で、ややこしいことに同名のルーカス・クラーナハを名乗ったために、この二人は父ルーカス・クラーナハ(Lucas Cranach der Ältere)、子ルーカス・クラーナハ(Lucas Cranach der Jüngere)と表記して区別されます(なお、日本語ではクラナハ、クラナッハとも表記されますが、美術史関係事典類の表記、なによりDudenの『ドイツ語発音辞典』に従い、クラーナハと表記します)。

 

【鑑賞のポイント】

(1)この作品については『福音と律法』というタイトル以外のことはあまりわかっていません。画面の左側には旧約(律法)の物語、右側には新約(福音)の物語を描いています。

(2)まず左側の旧約物語のほうを見ると、中段あたりに楽園の物語、禁断の木の実に手を出してしまうアダムとイブの姿が描かれています。このアダムたちの原罪がもたらしたものが、左側の下段に描かれているように「死」(墓に葬られる様子)でした。しかし、神はモーセに律法を与え、正しく生きることによって救われることを示しています。アダムたちの頭上に神から差し出される「律法」を受け取るモーセの姿が描かれています。

ルーカス・クラーナハ(父)『福音と律法』

(3)この絵の中央には3人の人物が描かれており、一人は裸ですわっている若者です。ミケランジェロの『最後の審判』やロダンの『考える人』でもモデルになった人物が描かれていますが、この若者は無垢な魂を表しているのでしょう。まだどちらに従うべきか、考えている様子です。この若者の左右にいる人物は擬人化された「律法」と「福音」です。左側にいる人物は立派な服を着ており、裁判官のようなイメージです。右側の人物は洗礼者ヨハネのようにも見えますが、書物(福音書)を抱えています。この左右の二人の人物はそれぞれ、一本指(左側の人物)、二本指(右側の人物)で、イエスの十字架と復活の方を示しています。

(4)右側には、イエスと十字架と復活が描かれています。よく見ると十字架の背後に岩山があり、女性が手を合わせており、小羊もいます。下部にはイエスの復活の墓が描かれていますが、イエスの足下には人の骨やサタンの化身としての怪物が組み敷かれています。

 


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