稲川保明(カトリック東京教区司祭)
パルマ・イル・ヴェッキオ(Palma il Vecchio, 生没年1480頃~1528)は、ベルガモのセリナで生まれ、ヴェネツィアで活躍した画家。甥の息子孫も有名な画家で、パルマ・イル・ジョヴァネ(Palma il Giovane, 1548頃~1628)と呼ばれます。ヴェッキオはティツィアーノの弟子であったと言われていますが、真偽のほどはわかりません。
この作品は「聖なる会話」といわれるタイプのものです。聖母子が玉座に座り、その周りに聖人たちが4~6人ほど左右に立って、神の教え、教会の教えについて深い対話をしているという様子を描いています。これは特にヴェネツィアで流行したもので、フラ・バルトロメオ(Fra Bartolomeo, 1472~1517)がヴェネツィアで、このような作品に接したことを友人のラファエロに話したようです。そこからラファエロの『バルダッキーノの聖母』という作品が生まれ(アート&バイブル38参照)、またラファエロも「聖なる会話」のタイプにあたる『玉座の聖母子と五人の聖人』を描いています(図1)。
【鑑賞のポイント】
(1)この「聖なる会話」(図2)の特徴は、聖母子が、玉座で荘厳な装いに身を固めた姿をしておらず、野外の自然の風景の中でゆったりとした様子でくつろいでいるように見えることです。聖母も体をS字のポーズをしており、聖人たちも身構えて立っているのではなく、聖母とともにリラックスした雰囲気で語り合っています。
(2)聖母子の左側にいる女性はアレクサンドリアの聖カタリナです。彼女の横顔はテッツィアーノが描いた女性の顔によく似ているように思います。ベールをかぶらず、豊かな髪の毛を結い上げています。また衣服の配色が聖母マリアと反対で、青の服と赤いマント(上着)です。その隣には洗礼者ヨハネがいます。彼は細長い杖のような枝を持っていますが、よく見ると十字架です。そして彼の足もとには羊が顔を覗かせています。
(3)右側には、杖を持って座っている聖ヨゼフが描かれています。そして、幼子イエスはこの聖ヨゼフのほうに顔を向けています。通常、聖ヨゼフは描かれても、あまり中心にはおらず、聖母子を守るというイメージが強いのですが、聖母・アレクサンドリアの聖カタリナ・洗礼者ヨハネが顔を向かい合わせているのと好対照に、幼子イエスと聖ヨゼフは静かに顔を見つめ合っています。
(4)パルマ・イル・ヴェッキオは、この「聖なる会話」を深遠な神学的な論議として、アウグスチヌスやヒエロニムスなどの著名な神学者たちを登場させるかわりに、本当にイエス・キリストと親しい関係にある3人を選んで描いています。そうすることによって、信仰に議論や学問も必要だが、もっと必要なのは「イエス・キリストを愛すること」だという考えを示し、日々、キリストを「見つめること」、「目をそらさないこと」という、平凡にして大切なことを強調しているのではないでしょうか?