今、面白い。フロイスの見た日本


石井祥裕

ルイス・フロイス著、岡田章雄訳注『ヨーロッパ文化と日本文化』(岩波文庫、1991年)

16世紀のイエズス会宣教師ルイス・フロイス(Luis Frois, 生没年1532~97)は、大著『日本史』で知られる人。1562年来日、1564年から京都での布教に携わり、その後、京都や九州を拠点に活動し、織田信長、豊臣秀吉らにも謁見した人物。最後は日本26聖人の殉教事件までも見届けており、来日以後、35年にわたって、キリスト教活動の目撃者となりました。織豊政権時代、安土桃山時代の日本についても史料的価値の高い著作となっていることはよく知られています。

そんなフロイスが、1585年に加津佐で出版した『日欧文化比較』という小著があります。日欧文化交流史が専門の歴史学者岡田章夫氏(1908~82)による翻訳が1965年に岩波書店から出版。それが1991年に文庫化されて、タイトルも『ヨーロッパ文化と日本文化』となっています(ここでは『日欧文化比較』と呼びます)。この小著が、なぜか今、とても面白いと思いました。

 

16世紀後半の「日本」と「日本人」が浮かび上がる

『日欧文化比較』は1585年に書かれ、加津佐で出版された小著。長い叙述物ではなく、大項目ごとに「われわれの間では○○だが、彼らは(日本では)△△である」式の短い比較メモで構成されています。たとえば、「われわれは坐り、彼らはしゃがむ」。便所についての言及です(11:20)。こうしたメモの収録なので、さらっと見ていくことができるのが利点。全部で14章、合計609の記述があります。

第一章  男性の風貌と衣服に関すること(74点)
第二章  女性とその風貌、風習について(68点)
第三章  児童およびその風俗について(24点)
第四章  坊主ならびにその風習に関すること(42点)
第五章  寺院、聖像およびその宗教の信仰に関すること(30点)
第六章  日本人の食事と飲酒の仕方(60点)
第七章  日本人の攻撃用および防禦武器について(52点)
第八章  馬に関すること(39点)
第九章  病気、医者および薬について(19点)
第十章  日本人の書法、その書物、紙、インクおよび手紙について(29点)
第十一章 家屋、建築、庭園および果実について(48点)
第十二章 船とその慣習、道具について(30点)
第十三章 日本の劇、喜劇、舞踊、歌および楽器について(29点)
第十四章 前記の章でよくまとめられなかった異風で、特殊な事どもについて(65点)

『ヨーロッパ文化と日本文化』(岩波文庫、1991年)の目次より。
カッコ内は本文から数えた記述の数。

 

この中で、第四章と第五章の仏教者をめぐる比較は、キリスト教の側からの価値観が当然に全面的に出ていますが、その他日本人の様子や生活風俗に関する比較は、実に淡々としていて、かつ具体的です。

 

いくつかの指摘

ここでは筆者が面白いと思った指摘をいくつか紹介してみましょう。

書法に関して:
「われわれの書物の最後のページが終るところから、彼らの本は始まる」(10:4)
「われわれのインクは液体である。彼らのは塊状で、書く時に擂(す)る」(10:7)

家屋・建築に関する比較:
「われわれの家は高層で何階もある。日本の家は大部分低い一階建である」(11:1)
「われわれの家は石と石灰でできている。彼らのは木、竹、藁および泥でできている」(11:2)
「ヨーロッパ人は寝台または折畳寝台で、高い所に寝る。日本人は部屋に敷きつめられた畳 tatamis の上で、低いところに寝る」(11:13)

.
何を指しているかは、すぐわかることばかり。

 

その他の異風として:
「われわれの間には磔刑はない。日本ではきわめて普通におこなわれる」(14:9)

.
とあります。殉教時代のキリシタンの処刑でも多く見られた磔刑が、かなり目立つ方式であったことがわかります。

 

今にも通じる鋭い指摘:
「われわれの間では人を訪れる者は何も持って行かないのがふつうである。日本では訪問の時、たいていいつも何かを携えて行かなければならない」(14:28)
「われわれの間では別れる時や外から帰ってきた時に抱擁するのが習わしである。日本人は全くこういう習慣を持たない。むしろそれを見ると笑う」(14:30)
「われわれの間では偽りの笑いは不真面目だと考えられている。日本では品格のある高尚なこととされている」(14:35)
「ヨーロッパでは言葉の明瞭であることを求め、曖昧な言葉を避ける。日本では曖昧な言葉が一番優れた言葉で、もっとも重んぜられている」(14:36)

.
ウーン、なかなか変わらない日本人の特性なのだな~~。

 

余韻:日本文化を語る状況の変容

面白い事例はきりがないので、このへんにしておいて、実際に文庫版を開いてみることをお勧めします。日欧どちらについても、(1)ずっと古くから日本文化を規定してきた要素、(2)16世紀後半当時だけの固有の要素、(3)当時から現在まで続く「日本的」生活文化や「日本人」の特性も確証されます。

ルイス・フロイス『日欧文化比較』大航海時代叢書11(岩波書店、1965年)※上智大学図書館より借りたもの

同時に、全般的に「日本的生活様式」が固まったといわれる室町時代からの流れが、20世紀をとおしてすっかり変化したなあと思えるのも、2019年という今感じることです。「われわれ(ヨーロッパ人)は坐り、彼ら(日本人)も坐る」という時代になったのです。トイレに関して、です。若い人たちにとっては、「われわれ(日本人)は座り、彼ら(ヨーロッパ人)も坐る」でしょう。箸についても「われわれ(日本人)は主に箸を遣う。彼ら(ヨーロッパ人)も時々普通に使う」となっています。

『日欧文化比較』のフロイスの筆致は、宗教以外のことでは、ヨーロッパ文化と日本文化に優劣をつけるような意識はみじんも感じられません。淡々と、違いの事実を、客観的に見ています。差異を洗い出しながら、習慣の相違を生み出す根源にあるものへの探求を刺激するといってもよいかもしれません。この態度こそが、この小著の一番の読みどころでしょう。

今や、日欧文化比較だけがトピックになる時代は確実に終わっています。それは、キリスト教の置かれてきた位置にとっても、大きな変化の訪れであるのですが、意識の変化は、まだ追いついていないのかもしれません。

(AMOR編集長)


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

twenty − ten =