ムリーリョ『放蕩息子の帰還』
稲川保明(カトリック東京教区司祭)
今回は「アート&バイブル15」でも紹介したムリーリョの描く『放蕩息子の帰還』です。彼の生涯や、その画風の変遷については、その回を参照していただくとして、この作品は、1660年代のもので、第2期「熱い様式」の時代の作品にあたります。
【鑑賞のポイント】
この作品は、ルカ福音書15章の「神のいつくしみの三つのたとえ」の中でも最も有名な「放蕩息子のたとえ」(15・11~32)の一場面を描いたものです。
中央に息子を抱き迎える年老いた父の姿があり、息子の服はみじめに破れはて、裸足で、父の前にひざまずいてゆるしを乞うています。父の後ろには命じられたように「良い服、履物、指輪」などを運んで来る、しもべたちの姿が描かれています。放蕩息子の後ろには子牛が引かれて行く様子が描かれています。そのしもべは、斧のようなものをもっており、ご馳走の用意のために子牛を屠ろうとする姿が描かれています。
興味深いのは、女性や子どもたちが描かれていることです。他の画家たちの作品にはしもべたちが描かれていますが、女性や子どもの姿はありません。
また、この絵の最も魅力的なポイントは、父の姿と同じく、この絵の中で息子が戻って来たことを素直に、無邪気に一番喜んでいるのが子犬であるという様子が描かれていることです。子どもや動物を好んで描いたムリーリョらしさが感じられるとともに、子どもや子犬に歓迎されていることから、兄弟のうちの弟である、この息子が人々からも慕われるような人間であったことも感じられます。ルカ福音書からも、兄のほうは真面目ですが、堅苦しい、人に対しても厳しいタイプであったのに対して、弟は少しルーズで頼りないところがありながら、人々には慕われるような優しさがあったのではということが感じられます。