ルフトハンザ航空LH711(9:55発)で広瀬さんと一緒にフランクフルト経由マドリッドへ。マドリッド着10日19:35。タクシーで20分程、アトーチャのホテルセルべロへ。ホテルでドーハ経由到着した古谷夫妻と会い今回のパーティーメンバーが揃った。あまりの暑さに古谷夫妻げんなり。
7月11日(日)晴れ
ひんやりした空気に目覚める。タクシーでレオン行のバスターミナルへ。12:00発とのことでゆっくりサンドイッチとコーヒーの朝食を摂る。12時のバスでレオンへ。マドリッドの街は結構緑も多くプラタナス、モミジバフウ、キョウチクトウ、ネムノキ、ポプラ、ヒマラヤスギなどを確認。車窓を端正な街並みが走る。時折丘の上に崩れかけた古城などが見える。ローマ時代の遺跡か。やがて大地は乾燥地帯となり、かろうじて灌木と草地の中のハイウェイを進み15:45にレオンに着く。
レオンは10℃、それまでアストウリアス王国の首都だったオビエドから都が移されて以降、レオン王国の首都となり、中世では巡礼路上最も多くの救護施設や宿泊所があった要衝の地とされる。市内にはサンタマリア修道院やパラドール(国営ホテル)となっているサンマルコス修道院、レオン大聖堂等、往年のにぎわいを髣髴させる建造物も多い。
今日の宿となるアルベルゲを探し歩き、ようやくそれらしき建物を探し当てる。管理人(オスピタレロ)が巡礼手帳(クレデンシャル)にスタンプを押し、部屋を指示される。混み合っており古谷夫妻、広瀬さん、私はそれぞれ別の部屋(2段ベッドで8人入る)に入ることに。
部屋に入り、自分のベッドを確認、荷物を棚に置いて整理していると若い女性から「シーッ」と注意される。皆死んだように眠っている。多分疲れ切っているのだろう。部屋の一画にあるシャワールームでシャワーを浴びる。下着や靴下を洗ったが干場がないのでトイレにひもを張ってブル下げる。強烈な太陽がすぐに乾かしてくれそうだ。
5時半頃に示し合わせて町の見物がてら夕食に出かける。夕食は8時頃にならないと開店しないのでカファテリアでビール、ワイン、ピザ、ラザーニャ、サラダの夕食をとり9時前に宿に帰ると部屋は蛻の殻、ベッドにもぐり込みすぐに寝てしまう。
12時頃、人声に目覚める。同宿舎が夕食を済ませて帰ってきたらしい。シエスタを済ませて夕食に出る、と言うのが巡礼路の賢い歩き方と分かる。2段ベッドの上に寝たが、下が動くたびにベッドが揺れ、すこぶる不愉快だ。翌朝分かったことだが古谷夫妻の泊まった部屋では窓の開け閉めで宿 泊者同士のいざこざもあった由。初日のアルベルゲの印象悪し。しばらく眠れずうとうとしているうちに5時になる。