ママのばか(12)人が愛されて生きるには


片岡沙織

「長男くん、ちょっと舌足らずで、時々何を言っているのかな?ってときがありまして……もしお母さまの方でも気になるということであれば、市の方に問い合わせしてみてもらっても良いかもしれません」

先日、いよいよ保育園の先生から、長男の生活の中での様々な違和感を告げられました。以前にも、長男の発達の懸念については書いたことがありましたが、就学前ということで、発達や言語について、専門の施設で見てもらうことになりました。

保育園の担任の先生からこのことを告げられたとき、保護者としては、やはりな、という気持ちと、そうかな?という気持ちが織り交ざり、何とも複雑な気持ちでした。前々から気にしてはいたので、寝耳に水、とまではいきませんでしたが、やはりショックを覚えました。ここは様子見ということで、今回は行動に移さず、また今度、ということにしておくことも考えました。しかしここは、小学校に上がる前に、白黒はっきりさせておいた方が今後のためだろう、と腹を決め、子どもの発達に関する市の施設の門をたたくことにしたのでした。

長男にそのことを告げるのは親としてドキドキしました。自分が発達の疑惑をかけられていることを、悲しむのではないか。自分だけ保育園を皆より早めに終えて、支援センターに行くということを嫌がるのではないか。双子の次男は行かないのに、どうして自分だけ、と卑屈に思ってしまうのではないだろうか。など、気苦労が絶えませんでした。

 

しかしいざ、そのことを本人に話してみると、「行きたい!」と拍子抜けな答えが返ってきました。もっと素敵なお兄さんになれる、保育園を午前中で切り上げ、特別な場所に行ける、となんとも前向きなとらえ方をしてくれたようでした。

そんなこんなで、いよいよ支援センターに行く日。長男はうきうきと保育園に行き、午前中のみで降園。自分は特別な用事があり、どうしても帰宅せねばならないという旨をお友達に話し、誇らしげに保育園の玄関から出てきました。そして実際に支援センターに着いてからは、母子がそれぞれの部屋に通され、母である私は長男が生まれてからこれまでに起こったいろいろなことを話し、また担当の方の質問に答えました。長男は長男で、言語聴覚士の先生からの質問に答えたり、与えられた課題に取り組んだり、発音をチェックしてもらったりしました。

そして最後に、長男が待つ部屋に合流したところ、なんとも拍子抜けな状況を目の当たりにしました。長男は言語聴覚士の先生から「手先が器用だ。こんなにパズルが出来てしまうのは大したものだ。質問にもちゃんとした言葉で答えられていたし、難しい言葉も使っていてどこでそんな言葉を覚えたのか」などとべた褒めされ、とてもとても気を良くし、支援センターやそこの職員さんたちが大好きになっておりました。なんとも単純ですが、長男のことをあたたかく受け止め、理解し、課題を見極め、やる気まで起こさせてくれる支援センターの方の手腕に敬服しました。

それから長男は、2週に一度、保育園を途中で抜けて、支援センターで言語療育を受けています。支援センターに行く日を長男は指折り楽しみにしており、喜んで言語聴覚士さんからの指導を受け、自分が特別扱いを受けているということを次男に自慢げに話しています。

これらの一連の出来事は、母である私にとって、とても意外なものでした。子どもって、わからないものです。大人である私の視点から見れば、この子が何か発達で引っかかった場合、本人は辛いのではないか、大変なのではないか、他の子に比べて課題が多く、負担になるのではないか、などと心配になってしまいましたが、子どもはそんな大人の思い込みをはるかに超えて、自由に楽しんで、人からの愛を思いきり受けて生きている。これは長男が神様からいただいた恵みなのだなぁ、とそう思いいたりました。

 

このことを受けて、一人の恩人の言葉をふと思い出しました。その人は名を「コンスタン」と言いました。フランス人の神父様。彼についてはいずれきちんと記事にしてみたいと思っているところですが、今日は彼の説教の中の言葉を一つ紹介したいと思います。

私はフランスのブルターニュに4人兄弟の三男坊として生まれました。子どもは神様の授かりもので、その助けがなければ親の力だけでは育てきれないという素朴な信仰があったと思います。両親は私が生まれた翌日、私を教会に連れていき、洗礼を授けてもらいました。先祖代々からのカトリック信者で、教会の慣習に従って無事に子どもが生まれたことを神に感謝し、立派にその子が育つために一日も早くご保護を願ったのでした。

両親はコンスタントな人生を送れるようにと、『コンスタン』と名付けました。私は小さいときからあまり出来が良くなかったのですが、それでも神父様になりたいと心の内を母に言ったところ、「お前なんかが神父様になれるはずがない」と言われました。その言葉は逆に私に「絶対に神父になってやる」と思わせました。私はそれから、親が思うようなコンスタントな道を歩んでくることは出来なかったですが、皆さんにご迷惑をおかけしながら生きております。

と、ニヤリとしながら、説教の中で会衆から笑いを取っていました。

彼は面白い神父さんでした。悩み、笑い、悔やみ、祈り、たくさんの人を救い、たくさんの仲間に支えられ、困っている人のために、神様のために生き、心底愛された人でした。たまに夜中にホットミルクを作ろうとしてうっかり鍋を焦がしてしまい、しょんぼりしている姿を見せることもあり、そんなところもみんなから愛されてやまない理由の一つだったと思います。

思うのは、自分の子にはどうか「コンスタント」な人生をと願うのは親心。でも、子どもって、どんなことがきっかけで、他者から愛を受けるかわからない。人が愛されて生きるには、何も優等生である必要はないのだと、彼の言葉を思い出し、痛感しているところです。私も怖がってばかりいないで、神様の助けがなければ育てられないと信じ、思い切って子育てをしていきたいものだと、そう思うこの頃です。

 


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