フランス・カトリシスムとは何か(4)教会に戻るフランスの若者たち


竹下節子(比較文化史家)

 

フランスにおけるカトリックの「復活」

パリのビュット=ショーモンの聖母被昇天教会

2025年に成人洗礼を受けたフランス人の数は前年から45%増加した。この傾向は数年前から続いている。その理由はいろいろ考えられる。コロナ禍で閉じ込められ社会と断絶した若者たちが「霊性」を手探りするうちに、宗教と出合ったこともそのひとつだ。ネットで「仏教」などを検索するうちに、「聖書」を購入したという例が多い。今では4人に1人が聖書を持っているという。

フランス革命や厳しい政教分離(ライシテ)を経て一般の若者がカトリシスムと縁遠くなったという見解は、そもそも現実と違う。日曜日のミサに通う信徒の数は激減したとしても、フランス人10人のうち6人は教会の建物に気軽に入る。北西部のブルターニュなどでは教会の扉はいつも開いているし、「教会という建物がフランスの歴史や文化の風景」だというのは、「寺社仏閣が日本の歴史や文化の風景」として違和感なく溶け込んでいるのと同じだ。信心や信仰と関係なく、フランス人が文化建造物としての教会にぶらりと入ることは、基本的に「拝観料」がないので、日本人が日本の寺社に入るより敷居が低いくらいだ。観光客も訪れるし、各種のコンサート、演劇の上演も行われる。

 

リピーターを生む仕組みのカトリシスムの構造

そして、いったん教会でカトリシスムに興味を持った若者にとって、宗教との距離は近くなる。日本の寺社では、各家庭の法事や宗旨別の行事などでしか、宗教で「集まる」機会がないが、キリスト教には「週一回のミサに集まる」という強みがある。誰であっても、行きずりの観光客ですら教会堂に入ることができて、いっしょに歌も歌えて、しかも何度でも訪れることができる。そして今のカトリックでは、宣教(PR)はあっても、一切の「布教」「勧誘」がない。興味を持ってやって来る若者が歓迎されることはあっても、途中で去ることへのプレッシャーはない。

現行の高齢社会で、21世紀になって団塊の世代の親世代の葬儀が続くようになった。その葬儀ミサに行って教会を「発見」した若者も気軽に現代口語の典礼聖歌を歌うことができる。祖父母の葬儀で読経を聞いても意味が分からないまま足の痺れで苦しんだ私の世代の日本人よりも、祖父母の宗教へのハードルが低い。今の日本のような墓じまい、直葬、火葬式などで死と宗教を切り離してしまう割合はより少ない。

 

克服された反ユダヤ主義と置換宗教理論

聖母被昇天教会でのミサで洗礼を受けた赤ちゃんの一人

また、「公教要理」(カトリックのカテキズム)も新しい世代に向けて絶えず更新される。カトリックは一時期、反ユダヤ主義を生んだこともあったが、ユダヤ教との関係も大きく変わった。第2バチカン公会議以降は、ユダヤ人がイエスを十字架にかけたことによる「神殺しのユダヤ人」という表現は否定された。2015年には、長い間の「常識」だった、「旧約のユダヤ教が新約のキリスト教に置き換えられた」という置換宗教理論が公式に否定された。それまでは、アウグスティヌス以来、ユダヤ人はキリスト教誕生の「証人」であって、イエス以降、「教会」こそが「真のイスラエル」であり、ユダヤ教の優位に立つという見方が全ての神学体系に組み込まれていたのだ。

とはいえ、土地を失い、聖地を失い、カリスマ指導者も失ったユダヤ教が、今も強いアイデンティティを掲げて残存していること自体が奇跡的でもある。今のカトリック教会は、教会とその信徒を「選ばれた民族」のように見なすことを否定し、ユダヤ教を神の啓示における「兄」とまで見なすようになった。「キリスト教に置き換えられた古いユダヤ教」という見方はカテキズムからも丹念に削られるようになった。

それでも、旧世代のカトリックの要理を覚えている世代には、まだ「神殺しのユダヤ人」とか、「古い旧約の神にとってかわったキリスト教会」というような先入観は残っている。イスラエルとパレスチナの対立で反ユダヤ主義が復活している現代のフランスにとっては見逃せない状況だ。

置換宗教理論が否定されて10年になる2025年の11月に、フランスのマルセイユでISTR(宗教の神学・科学研究所)主催の会議が「眼に見えない置換宗教理論」というテーマで開かれた。同じ年の8月28日にはパリ近郊のヴァルドマルヌ県の市長たち40人が、クレティユの司教と共にバチカンを訪れた。信者かどうかに関係なく、キリスト教の良心はすべての人が納得する「自然法」につながるという期待が新教皇に寄せられたのだ。

宗教は「サブカルチャー」ではない。下位の文化ではなく、上質な文化の根を形成しているという自覚は果たしてどこまで促されるのだろう。

 


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