詩人井上洋治神父を師と仰いで


岡村光章(元国立国会図書館専門調査員、元立正大学文学特任部教授)

「アッバ、アッバ、南無アッバ」という神さまへの呼びかけから、毎日の祈りが始まります。私は、令和4年4月16日にカトリック浦和教会で洗礼を受けました。

受洗のきっかけとなったのは、カトリック信徒であるすずきゆきお画伯の一枚の絵との出会いです。

描かれているのは、画家の心象風景。森も蝶々も雲も山々も、全て神さまの被造物。描かれている法隆寺もまた、神さまの被造物である人間の被造物。

被造物の風景を通じて、神さまの存在を予感させるような絵です。

この一枚の絵から受けた衝撃的運命的感動を詩として再現することから、私の詩作は約50年ぶりに再開されました。詩想の泉から、次々と詩が湧き出てきて、その成果を『原風景への道程 第一集』と題して出版しました。

コロナ禍での受洗でしたが、受洗前後の心境を『原風景への道程 第二集』と題して出版しました。

どちらの詩集にも仏像、仏教に関する詩があります。

中学の修学旅行で京都、奈良の寺院を訪れ、多くの仏像と出会い、その時に受けた感動が遠因となって、仏像好きとなり、更に京都に二年間転勤した際には、土日はほとんど仏像鑑賞に費やしていました。

『詩集 原風景への道程 第二集』(文芸社、2023年)

もちろん、仏像だけではなく、仏教にも関心があり、仏教に関する書籍もずいぶん読みました。

私の信仰心の根っこには、仏教があります。

井上洋治神父の詩と思想は、そういう私を受け入れてくれます。

日本とは何か、日本人とは何か、井上洋治神父の著作を読むと、その答えを求めて関係書籍を渉猟しています。南都北嶺の仏教ではなく、最下層の庶民でも救われる法然の教えに対する深い理解、それはイエスがモーゼ五書の教えを受け、シナゴーグ(会堂)で600を超えるともいわれる戒律の勉強をしながら、「神さまへの愛と隣人愛」を必須としたイエスの姿とダブります。

井上洋治神父の書籍を読んでいると、イエスが産まれ育った社会的環境を考慮すると、イエスが顕れたこと自体を奇跡のように感じてしまいます。

私は現在71歳、天国に召されるまでに、更に一冊詩集を出版しようと思っていますが、私の人生を総括するような内容の詩集であり、井上洋治神父の詩と思想無くしては書けないと思っています。

師と仰ぐカトリックの詩人がかつていたこと、これ以上の幸福はありえません。

以下の詩は、『原風景への道程 第二集』に収載した詩の一部です。

三位一体(一)

白い椿の花が
一輪
食卓に飾られている

花びらは
透き通るよう
早春の訪れを告げている

じっと見ていると
造化の神さまの
巧みを感じる

日常のなかに
そっと神秘を感じる
ありがとう
神さま

以上の詩は、カトリックの詩人としての私の、今の到達点を示すものです。

今後、更に詩人井上洋治神父の著作を読み込み、また関連書籍を渉猟することで、更なる深みに到達できるかもしれません。否、到達できないかもしれません。

今の位置に留まるだけでも、何かしら安心感があります。

詩人井上洋治神父のおかげかと思います。

 


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