深夜放送―小さな幸せ―


森 裕行(縄文小説家)

悩み多き青春。今思い出しても私が高校2年生ごろから4~5年の学生時代、平穏無事に生き抜けたのは不思議な気がする。時代でいうと1968~1972年ごろで、学生運動が盛んで大学入試中止まであった時代だ。その中で深夜放送の意味は大きかったと今になってしみじみと思う。私の超個人的なことが中心だが、今の時代の皆様に参考になるのかなと思うので恥ずかしながら書くことにしよう。

私は東京生まれで四ツ谷のイグナチオ教会で幼児洗礼に授かったカトリック信徒である。代々の信者の家系ではなく、戦後受洗した母の意思が大きかった。母は伯母と二人でカトリックの洗礼を受けることを建築屋の外祖父に願い、日本では信者になると苦労するよと言われながらも受洗したそうだ。そして、私は朝鮮戦争の時代の1951年に生を受け、3カ月後にイグナチオ教会で洗礼を受けた。

当初は大田区の穴守稲荷神社の近くに住んでいたそうだが、私が虚弱だったので祖父母が四谷坂町の住まいに呼び寄せ、祖父母の家の隣に小さな家を建てて住むようになった。近所には祖父も献金したという小さな神社と二つのプロテスタント教会があり、窓を開けると隣のお庭ごしに教会の十字架が見え、時々聖歌が聞こえたりした。日曜日には四ツ谷駅近くのイグナチオ教会や修道会の教会でミサにあずかり、中学生の時には堅信の秘跡を受けた。

それが高校に入り難しい時期になると、成長のステップとして、今まで自然に受け入れていた周りの価値観に疑問を抱き、「何のために生きるのか?」と悩む年齢となる。祖父も通っていた赤坂見附のそばの高校は、進学校とはいえ何か得体の知れない活気にあふれていた。旧制高校の自由な雰囲気が残っていたのだろうか、授業も受け身ではなく、いろいろ本を読み学友と語り合ったように思う。

そんな中、高校1年の秋に学友のA君が突然鉄道で自死を遂げた。中学3年の時に一緒だったこともありショックだった。それからアイデンティティの問題に火がつき、哲学の本も読むようになった。そして、高校2年の秋の夕暮れ時であろうか、ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』を読んでいる時に、家の窓から見えるキリスト教会の影が崩れ落ちるような恐怖感に陥った。神の居ない自己中心の世界に慄いたのだった。

しかし、そんな中で同じクラスの気の合う仲間との交流が助けとなった。回しノートにこうした心中を書き合い読み合ったり、一緒に伊豆や奥多摩に小旅行をしたりし親交を深めた。それが、どれだけ支えとなったのだろう。やがて高校3年になると、高校紛争も激しくなり、高校施設のバリケード封鎖、ハンガーストライキ……終いにはロックアウト。受験生だから受験勉強もしつつ、周りの大きな変化の中で右往左往する。心配する家族との軋轢も生じるし、孤独な受験勉強は「何のために生きるのか?」が分からない中では苦行に過ぎない。自由な校風も手のひら返しで、人を信じることも自分を信じることも難しい時となった。

そんな、生活の中でも不思議に小さな幸せがあった。学友B君と深夜放送の話題となり、どの番組がおもしろいかなど情報交換。そして木曜日の深夜放送のTBSのパックインミュージックの白石冬美さんと野沢那智さんのお題拝借に夢中となった。同じ高校生の投稿を、お二方の絶妙の語り口で語り合う。特に今でも覚えているのは群馬県の前橋高校と高崎高校の投書合戦。マエタカ、タカタカ、さらには火祭りとか。寝静まった深夜に笑い声を押さえるのに必死だった。もし、家族に笑い声を聞かれたらどう思われただろう。翌日は眠い目を擦ってB君とその話題で盛り上がる。

もう一つ、深夜放送で流れるフォークソングなども忘れがたい。その中には、明らかに小さな幸せをもたらす音楽もあった。今でも時々聞く懐かしい曲。万里村れい氏とタイムセラーズの「今日も夢みる」。「あの日の海は」で始まるが、……あの日の空は、瞳の色の輝き、あの日の風は天使の歌うメロディー……。当時気づかなかったが、深夜放送から一筋の救いの光を頂いたようであった。

苦しいことをずっと続けると、人間は意外にもろく精神的身体的にすぐに参ってしまう。しかし、日常の中で小さな幸せがあると、不思議に辛い日が続いても耐えられる。私の経験した深夜放送は素敵なパースナリティを通して、神の愛のような一条の光に触れさせていただき、元気をいただき、さらに将来へのステップを用意してくれたと思う。

リラックスしているので、深夜放送のパースナリティの語らいや音楽は、すんなりと体内に入り元気を与えてくれる。また聴覚の特性なのだろうか、懐メロが支持されるように、視覚よりも深く記憶され人生を深い所で支えてくれるようだ。その上、深夜放送は学友とのコミュニケーションを促し、その後の人生への糧となる。

松尾芭蕉は「古池や蛙飛び込む水の音」と詠んだが、水の音の小さな幸せは深夜放送の小さな幸せに似ているかもしれない。

 


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