ママのばか(8)子どもの発達と成長


片岡沙織

1歳半健診の時、内科医師の方からこのように声をかけられました。

「ちょっと、別室でカウンセラーの方とお話ししましょうか。」

日頃、同じ年代の子どもを持つ親御さんとお話ししていると、自分の子どもの発達について、心配の声をよく聞きます。「この子、まだ歩かなくて」「まだ喋らなくて」「自分で~出来ないんです」「スキップ出来ないんです」「逆上がり出来ないんです」などなど。

子どもの発育・発達には年齢ごとに目安があります。それと子どもを見比べながら、一喜一憂なんてことも、少なからずあるでしょう。私もその中の1人でしたし、また、乳幼児の健診がその目安にのっとって行われることで、発達の凸凹がわかる場合もあります。今回は発達にまつわる、私の思い出をお話しさせてください。

何度かこの連載でも書いたと思いますが、我が子たちは小さく生まれ、2人とも1800gほど。世界保健機関(WHO)は出生体重2500g未満を低出生体重児と定めています。正期産が37週以上42週未満であるところ、我が子たちは31週で生まれてしまいましたので、彼らの身体の様々なところが未熟でした。2人とも産まれてすぐにNICU(新生児集中治療室)に運び込まれ、集中治療・管理を受けました。特に次男はこの世に誕生した時に肺がつぶれてしまったので、産まれてから1週間、さまざまな治療を施されながら、生死を彷徨う緊迫した期間を過ごしました。

峠を越えた後も、小さな頭に人工呼吸器をずっとつけていましたので、どんな顔をしている子なのかも産まれてすぐにはわかりませんでした。閉鎖式保育器の中にいる子どもたちは、まだ母のお腹の中にいると思っていたのでしょう、泣き声もあげずに、静かに穏やかに眠っていたのを覚えています。へその緒からの栄養が絶たれてしまったので、鼻から胃へとチューブでミルクを与えられていました。

余談ですが、今でこそ冷静に過去を振り返ることが出来ますが、当時の私はパニック状態。寝ても覚めても涙が止まらず、子どもたちに「ごめんね」と言い続けていました。この期間、多くの医師の方々や助産師さん、看護師さんたちに、母子ともに支えていただきました。管理入院の期間が1か月以上と長くなっていたので、入院病棟にお掃除に来てくださる方にも悩み相談をしてしまい、たくさん慰めていただきました。助産師さんになるための実習生として、私についてくれた学生さんにもたくさん話を聞いてもらい、辛い期間を乗り越えることが出来たのでした。

話題を戻しまして、約2週間をNICUで過ごした後、外の世界でも生きていける目途が立ち、GCU(新生児回復治療室)に移りました。長男は順調に体重を増やし、ちょうど1か月で2000gを超えたため、退院することが出来ましたが、次男は人工呼吸器を取るタイミングが難しかったため、長男よりも2週間遅れての退院となりました。退院してからも2週に1度の通院が半年続きました。通院の中では、身長・体重の成長具合はもちろん、子どもたちの現状をヒアリングしてもらい、何か問題が無いかどうかを確認しました。

特に次男は慢性肺疾患と診断されていたので、2週間に1回が1か月に1回、2か月に1回と、だんだん通院のスパンは長くなりながらも、医師による診察を必要としました。

一般的な発達曲線と比べてみても、身長・体重が格段に小さい彼ら。そのような状況のなかで、次男は身体的なハンディがありましたが、長男は次男と比較すると順調に育っており、最初の1歳過ぎまでは安心していました。長男と次男は、0歳の赤ちゃんの頃は全く同じ発達を遂げていました。寝返り、ズリばい、ハイハイ、タッチ、伝い歩き、歩く、走る、離乳食、固形物、手づかみ食べ等々、そのほとんどをほぼ同じタイミングで出来るようになりました。しかし1歳を超えると、それぞれの個性が目立つようになりました。何か気になるものを見つけると、ずっと静かにそれを見つめて集中する長男、その反対にせわしなく動き続ける次男。

そして初めて、母である私が、日常生活の中で違和感を覚えたのが、長男の目線でした。他者からの呼びかけに対しての反応が鈍感。こちらをやっと見つめても、目が合っているのか?と疑問を持つくらいのぽかんとした顔。私はだんだん不安が募り、育児雑誌や書籍を読んでみたり、ネットで検索したりすることが多くなりました。「未熟児網膜症の検査はクリアしたはずだが、その後の発達で網膜が成熟しないままで、視界が悪いのだろうか?」「発達の凸凹があって、うまくコミュニケーションを取れないのだろうか?」「この子は今後、正常な発達を遂げられるのだろうか?」など、考えれば考えるほど、沼にはまっていきました。1歳半健診の時、私のその不安はピークに達しており、この子が正常なのかどうか、疑問がたくさんありました。そして、母親が記入する問診の内容は、もう覚えていませんが、たくさんの発達に関する疑問を記入していたのだと思います。

そのため、1歳半健診の最後の砦である内診で、内科の先生から、もう1度別の部屋に案内されたのでした。カウンセラーの先生がいる小さな部屋に通された後は、次男は保育士さんとちょっと離れたところで遊び、長男だけが、カウンセラーさんの前に私と一緒に座りました。

カウンセラーさんから何個か質問があっても、長男は顔を下に向け、無言でブロックのおもちゃをいじり続けていました。私は隣で長男を見守りながら、ドキドキしてカウンセラーさんが発する言葉を待ちました。そして

「長男君、ちゃんと目が合いますよ。そうだよね?」

とカウンセラーさんが話し出しました。

そうしてその言葉かけに、長男は伏し目がちにしながらも、カウンセラーさんの方をちらりと見て、うなずきました。

その時、私は自分が過剰に心配しすぎていたこと、それによって、ありのままの長男の姿を見ようとしていなかったことに気づいたのでした。低体重で産んでしまったという負い目からか、この子達にマイナスの影響を与えてしまったらどうしようと、さまざまな事柄についてネガティブになりすぎていた自分がいました。

1歳半健診は、母である私のためのものでもあったかもしれません。たくさんの重荷を下ろすことが出来た瞬間でした。その後、カウンセラーの先生から、母である私へのアドバイスがありました。2人ともそれぞれの発達をしている。同じ発達をすることもあるし、違うこともある。違いがあっても大丈夫だし、それはとても楽しいことだと。もし、困難が出てきたとしても、その困難を違う形で補ったりサポートしたりすることもできる。方法は1つではないし、すぐに解決できることもあれば、時間がかかることもある。何より重要なことは、2人ともどんなことがあっても、最高の息子さんたちですよ。とお話ししていただきました。

今、5歳になる子どもたちは、第1次反抗期を迎え、それぞれが自立と甘えのはざまで揺れながら、強く成長しようともがいています。困難はそれぞれに感じますが、頼もしく、そして最高にめんどくさくて楽しい日々です。それは、1歳半健診のあの時に大きく支えられています。

比較して問題を見つけるのは、健診をしてくれるお医者さんにお任せして、私たち親は、我が子がどんな発達・成長を遂げるのかをワクワクしながら見守り、道に迷ったら共に迷い共に歩もうと、あの時心に刻んだのでした。

これからも我が子たちは、何度も躓くことがあるかもしれません、発達の凸凹が都度出てくるかもしれません。先を見通したり心配したりすることも時には必要ですが、しすぎることなく、今目の前にいる彼らのありのままをしっかりとらえ、共に生きる幸せを感じることを一番に優先したいものです。

 


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