現代世界に向き合うカトリック教会の姿勢――教皇フランシスコによる教皇庁機構改革に示されるもの


石井祥裕(AMOR編集部)

はじめに

2019年11月23-26日、教皇フランスシコの日本訪問は、一般のニュースでも大きく報じられました。この出来事の副産物の一つが日本のメディアでそれまで「ローマ法王」とか「ローマ法王庁」と表記されていたものが、「ローマ教皇」、「ローマ教皇庁」というように、日本の教会内での表記や世界史の教科書での表記に統一化されたことです。以来、一般のニュース、たとえば、クリスマスのローマ教皇メッセージがNHKの全国ニュースで報じられるなど、教皇の存在、とくにフランシスコの存在感は強く感じられています。

『日本カトリック司教協議会イヤーブック』2023

「教皇庁」という組織、それは、日本の信徒にとっても縁遠く感じられるもので、一般の人々にとってはなおさら縁がないものかもしれません。どの宗教にもある中央組織だろうとみなされて、その組織の内容については関心がもたれることも少ないでしょう。しかしながら「法王庁」から「教皇庁」となっている今、カトリック教会の世界的な広がりとその活動の姿を象徴するものとして、組織に目を向けることも大切です。

その教皇庁は、教皇フランシスコの主導のもと、最近、大きな機構改革がなされました。2013年3月の登位以来、この教皇がおびただしい諸国訪問とともに、バチカンのお膝元の組織を立て直しと整備にとくに力を注いできたものです。逐次、部分的にも進められてきた、その改革は、ようやく2022年3月19日公布の使徒憲章『プラエディカテ・エヴァンゲリウム』によって集大成され、教皇庁の各部署の編成や呼び名が変わりました。それらを通して、教皇フランシスコの考え方、指導方針、現代世界におけるローマ・カトリック教会の取り組み姿勢がよく示されているので、その意味合いと特徴をAMOR的に紹介したいと思います。

※日本語の参考情報は、『日本カトリック司教協議会イヤーブック』2023(カトリック中央協議会 2022年12月17日発行)24-32頁、『新カトリック大事典』電子版(研究社オンライン・ディクショナリ-での契約媒体)にあります。

 

カトリック教会の刷新、第3のステップ

近代の教皇庁の組織は16世紀、トリエント公会議(1545-63年)のころから始まるといってもよいでしょう。1549年に現代の教理省の前身が「異端審問聖省」(「検邪聖省」)として発足し、教会の教えと信仰を正しく守ることを務めとして以来、そのつどの必要に応じてさまざまな部門が生まれ、一応の基本形式が1588年、教皇シクストゥス5世によって整えられました。その後できた機関として有名なのは、1622年創設の「布教聖省」(プロパガンダ・フィデイ=信仰宣布のための機関)です。ヨーロッパではフランス、イギリス、オランダ、スペインなど近世国家の体制づくりが進められていた時代でした。

以来、約400年続いてきた教皇庁の組織が根底からの刷新を遂げるのは、教皇ヨハネス23世が開催した第2バチカン公会議(1962-65年)によります。教会とは何か、世界において何をするのか、ということへの根本的な問いかけを徹底し、新たな自覚をもつに至った現代カトリック教会にふさわしい中央組織のあり方が検討され、各聖省が個々にまた、全体として1967年、教皇パウロ6世によりその改編が行われ、それから20年ほどして1988年、教皇ヨハネ・パウロ2世が改革を推し進め、最近までの体制が確立されました。これらの過程で「聖省」(サクラ・コングレガチオ)が単に「省」(コングレガチオ)と呼ばれるようになり、これとさまざまな「教皇庁評議会」(ポンティフィチウム・コンシリウム)によって主要部門が構成されることになりました。長年の「布教聖省」と呼ばれていた省が「福音宣教省」と呼ばれるようになったのも1988年からです。

 

教皇フランシスコによる機構改革の特徴

フランシスコは2013年教皇になると、すぐにもバチカン財政におけるさまざまな問題への取り組みを始めつつ、自らの教会指導の理念を部分的な組織改編によっても示していきます。たとえば、2016年8月、従来の信徒評議会と家庭評議会を統合して「信徒・家庭・いのちの部署」とし、従来の正義と平和評議会、開発援助促進評議会、移住・移動者司牧評議会、保健従事者評議会を統合して「人間開発のための部署」としました。それらを含みつつ全体の改編と呼称変更を定めたのが、2022年の使徒憲章『プラエディカテ・エヴァンゲリウム』で、34年ぶりの全体改革となっています。この憲章のタイトル自体「福音宣教」というもので、ここに根本的な方向づけが示されています。憲章の「緒言」「原則と規準」「一般規範」などが現在の教皇庁の考え方や姿勢を明らかにしています。

1)新呼称に見る奉仕性
教皇庁とは、教皇と司教たちへの奉仕のための機関であると位置づけられています。当然かもしれませんが、奉仕的な役立ちのための各部門という意味合いを表すためか、従来の部門の呼び名「省」と「教皇庁評議会」が区別なく「ディカステリア」(部署)と呼ばれるようになりました。奉仕的な役割に即したよりわかりやすい整備といえるものでしょう。日本のカトリック司教協議会は、この新呼称「ディカステリア」に対して従来の「省」を使うようになり、該当部門はすべて「省」に統一されています。

2)福音宣教省のための組織として
16世紀半ばに教皇庁が近代的組織を持ち始めた当初から、「異端審問聖省」、現在の「教理省」諸省のなかで第一位に示されることが慣例でした。教皇フランシスコの改革により、省の第一位に「福音宣教省」が置かれるようになっています。このような説明の順序は、権限の上下を示すわけではありませんが、教皇庁とはどういう組織であるかを一般に示す上で「福音宣教省」が第一位にあることはやはり重要です。教会は信仰を守るためというより、キリストに託された宣教の使命を果たすため、すべての人の救いのために働くためにあるのであり、教皇庁はその使命に奉仕するものだ、ということが明示されているのです。

3)交わり(コムニオ)と協働性(シノダリティ)の体現
教会が神の民であり、福音宣教の使命に、それぞれのメンバーが交わりと協働をもって参加していくということが、第二バチカン公会議で確認され、新たに自覚されて、現在に至っていますが、そのことが教皇庁組織により一層反映されるようになっているのが今回の改革です。聖職者中心型でもなく、タテ割り型でもなく、上意下達型でもなく、位階的奉仕者、修道者、信徒すべてがその職務に参加でき、どの組織もまた各省もいつもヨコの連携をもって活動するということが原則化されています。とくに、教皇庁は、各国・各地域の司教団にも奉仕する存在だという、基本理念は重要で、福音が各地の文化圏とのつながりの中で開花していくようにしようという方向性があらためて明らかになっています。

 

新しくなった各部署が示す教会の取り組み

以上のような方向性と理念をもって2022年6月から教皇庁の組織は新しくなっています。

それを箇条書きで示します(日本語は日本の司教協議会による公式呼称。英語も付記)

Ⅰ 国務省 (Secretariat of State)

Ⅱ 省(Dicasteries)
福音宣教省(Dicastery for Evangelization)
教理省(Dicastery for the Doctrine of the Faith)
支援援助省(Dicastery for the Service of Charity)
東方教会省(Dicastery for the Eastern Churches)
典礼秘跡省(Dicastery for Divine Worship and the Discipline of the Sacraments)
列聖省(Dicastery for the Causes of Saints)
司教省(Dicastery for Bishops)
聖職者省(Dicastery for the Clergy)
奉献・使徒的生活会省(Dicastery for Institutes of Consecrated Life and Societies of Apostolic Life)
いのち・信徒・家庭省(Dicastery for the Laity, the Family and Life)
キリスト教一致推進省(Dicastery for Promoting Christian Unity)
諸宗教対話省(Dicastery for Interreligious Dialogue)
文化教育省(Dicastery for Culture and Education)
総合人間開発省(Dicastery for Promoting Integral Human Development)
法制省(Dicastery for Legislative Texts)
広報省(Dicastery for Communication)

これらを見ると、上述したように、教会内的な事柄を扱う省も含めて、すべての省の第一位に「福音宣教省」の存在が示されるのは、何よりも重要です。そのうえで世界の人々とのかかわり、すべての人の救いのための奉仕に携わる省の役割が新たに統合されて、より大きな理念で推進されようとしていることが、とりわけ支援援助省、いのち・信徒・家庭省、文化教育省、総合人間開発省、広報省といった各部署が名称としても新鮮です。これらを刺激に、各国・各地域における教会の活動が展開されていくことになります。こういうところにも教皇フランシスコの呼びかけと姿勢が反映されています。

教会とは何か、という問いに直面するとき、このような組織の様子を知り、また知らせていくことが大事になるのではないか、と思います。

(このほか、教皇庁組織には「Ⅲ 法務機関」「Ⅳ 財務務関」「Ⅴ 部局」がありますが、ここでは略します。詳しくは、カトリック中央協議会公式ウェブサイト、毎年刊行される『日本カトリック司教協議会イヤーブック』などをご覧ください)

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

five × 1 =