『中世ネコの暮らし―装飾写本でたどる』


キャスリーン・ウォーカー゠ミークル『中世ネコの暮らし―装飾写本でたどる』堀口容子訳、美術出版社、2024年、2400円+税。

よく「イヌ派?ネコ派?」という質問を耳にします。イヌとネコはどちらも現在ではペットの代表的動物ですが、昔はどうだったのでしょうか。狩猟の役に立つイヌはよく「人類最古の友」といわれます。聖書にもイヌは登場し、例えばトビト記ではトビアの旅の仲間として言及されています(トビ6・2)。一方、ネコはどうでしょうか。調べてみますと、聖書でネコが言及されるのはエレミアの手紙21の一回だけだそうです。新約聖書でも旧約聖書でも度々イヌが言及されるのに対し、聖書でネコの存在感が薄い一因として、ネコが異教の象徴であったことが指摘されています。それではネコは、キリスト教が支配的になった中世ヨーロッパではどのように扱われていたのでしょうか。このような素朴な疑問に答える本が、今回紹介する『中世ネコの暮らし―装飾写本でたどる』です。

中世におけるペットの扱いを研究しているキャスリーン・ウォーカー=ミークル博士による本書は、豊富な写本芸術に彩られた楽しい一冊となっています。ステンドグラスなどと並び中世を代表する美術である写本芸術は、ミニアチュールと呼ばれる独特な絵によって飾られており、そこには様々な動物が頻繁に登場します。ミニアチュールには、本文と関係のある真面目な題材のものもあれば、暇つぶしや読者を楽しませるだけに描かれたものもあり、動物を題材としていない祈りの本などにも動物はよく登場します。

本書は、そんな色とりどりの写本芸術の絵と共に、色々なテーマで中世におけるネコの暮らしを探っていきます。例えば、中世のネコに「タマ」のような名前はあったのか。あったとしたらどのような名前が人気だったのか。ネコはいくらぐらいで取引されていたのか。また、ネコを塔から投げ落としたり何十匹も袋付めにして燃やしたり……、といった今日の愛猫家が聞いたら卒倒しそうな残忍なお祭りも紹介されています。

他にも、修道院とネコ、聖職者とネコ、さらには聖人とネコなど、中世キリスト教とネコの興味深い関わりについてもページが割かれています。ネコのために割り当てられた教会予算、ネコに殺された修道女、神学者が語るネコなどなど。さらには、ネコが登場する寓話やことわざなども紹介され興味はつきません。

こういった中世のネコに関するお話だけでも面白いのですが、ほぼ全てのページを飾る写本芸術に登場するネコたちからも目が離せません。中世独特の表現方法で描かれたネコもいれば、驚くほど写実的なネコもおり、そうしたネコがネズミを獲ったと思ったら、楽器を演奏したりもしており、虚実入り乱れる不思議な表現空間を創り出しています。

「イヌ派?ネコ派?」という問いに「ネコ!」と即答する愛猫家だけでなく、愛犬家の方も本書を通じて中世ネコの世界をのぞいてみませんか。

石川雄一(教会史家)


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