癒しの泉の物語-茨城県ひたち野うしくのパブリックアート


田口哲郎(つくば教会)

JR常磐線のひたち野うしく駅は関東の駅百選に選ばれた、近代的で美しい駅舎をもっています。1998年に開業した新しい駅ですが、前身は万博中央駅でした。1985年につくば市で開催された国際科学技術博覧会いわゆるつくば万博の鉄道の玄関口として整備された臨時駅だったのです。バスに乗ると20分ほどでつくばの中心部に着くので、つくば博の玄関口に選ばれた理由がわかります。ひたち野うしく駅周辺はURによって開発された住宅地が広がっていて、いわゆる新興住宅地です。上野駅までちょうど1時間ですから、東京への通勤客も多く住んでいます。

そんなひたち野うしく駅前にパブリックアートがあります。牛久市報「広報うしく」1216号にはパブリックアートの説明が次のようにあります。「1960年代以降に発展したパブリックアートは、当初は均質的な都市の風景を差別化するための手段としての側面も強かったものの、次第に設置される作品の幅や目的も広がっていきました」。

ひたち野うしくは整然とした郊外住宅地ですので、アートが街に彩りを与えています。しかし、よく見ると、アート4作品が地元の民話を再現していることがわかります。

「酒島の霊泉」という物語の4場面を表しているのです。江戸時代、このあたりは下根と呼ばれ、田んぼの真ん中にこんもりした森があり、泉が湧いていたそうです。

村には正直者の八兵衛さんという農民が暮らしていました(写真1)。

ある日、大雨で川が氾濫し、辺り一面浸水しうねりとなり、どこからか神社の御神輿が流されてきました(写真2)。

 

八兵衛さんが流れに飛び込んで、必死に御神輿を引き上げました(写真3)。神輿を森に安置してお祈りをしていたら、泉の水がますます清くなり、飲めば病気が治る人が大勢出たそうです。そして、ついには水が酒になったそう。村人は喜びましたが、酒目当てに悪漢が押し寄せ、村は混乱します。

すると酒は水に変わり、もとの平和が戻り、八兵衛さんが霊泉の水で酒造りをしようとしたら、また酒が湧くようになった(写真4)という話です。

ひたち野うしく駅のアート4点は、ともすると無機質な印象を与える郊外都市の街の表情を豊かにしています。さらに、それが地元の民話をもとにしたもので、よそから来た住民が土地の記憶を知ることができるのは魅力だと思います。アートが与える視覚的効果とは違った、心情的な効果によって、よそよそしかった街の景色に愛着が持てるようになります。

泉は清水がこんこんと湧き出る、人間のみならずあらゆる生命にとってかけがえのない大切な源です。ですから、泉には不思議な力があると考えられています。実際に、酒島の霊泉の水は病を治したり、酒に変わって村民を喜ばせました。カトリックにも泉の奇蹟のお話は多いです。最も有名なのはフランスのルルドにある泉でしょう。村の少女ベルナデッタがマリアさまのお告げどおりに近くの洞窟のなかに行くと、泉が湧いていました。ご存知のとおり、ルルドの泉の水は多くの人びとを癒して、勇気づけています。世界的な巡礼地になっていることが、泉の不思議な霊力と人びとの信心の強さを表していると思います。

また、水が酒に変わったという物語は、イエズスさまが初めて奇蹟を起こして、水をワインに変えたカナの婚礼を思い出させます。人間は命を支える水が無限に湧き出る泉が好きですし、心強さに憧れを持つのでしょう。その水が酒に変わるというのは神のみ業のあかしとして人はますます信仰を強くするでしょう。時空を越えて人びとの祈りに神が応えて、いろいろな泉が生み出されるのかもしれません。

ルルドの泉は信者を励まし続けていますし、酒島の霊泉は村人を癒しました。首都圏の郊外にある何気ない街にこうした泉の言い伝えがあることに驚きました。それを教えてくれたのはパブリックアートです。パブリックアートは見て楽しいだけではなく、知ってうれしく、信心を豊かにしてくれるものだと思います。

ちなみに牛久在住の執筆者は、「NEWSつくば」というミニコミ紙に、牛久市、つくば市、阿見町など身近なところについて徒然なるままにコラム「遊民通信」を月に2回連載しています。ぜひご覧ください。https://newstsukuba.jp(NEWSつくば→コラム→田口哲郎とお進みください)。

 


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