「平和旬間」(8月6日~15日)というメッセージ~~日本のカトリック教会が続ける原爆体験からの平和への取り組み~~


「日本カトリック平和旬間」というものがあります。広島の原爆の日、長崎の原爆の日、そして終戦記念日という三つの日を軸に構成される期間で、被爆地の広島、長崎をはじめ全国の教会で、原爆、戦争と平和についての学びと祈り、そして交流が行われます。国や自治体で実施されている追悼行事の陰で、一般には目立たないかもしれませんが、原爆体験を出発点にした教会としての平和への取り組みとして、その歩みには独自の特徴があります。

その始まりは、1981年2月、教皇として初めて訪日した教皇ヨハネ・パウロ2世が広島で、「過去を振り返ることは、将来に対する責任を担うことである」と述べたことでした。翌1982年、日本のカトリック司教団は、この呼びかけに応えるべく、過去を振り返ることから平和への具体的な取り組みに向かっていこうと、8月6日から15日までの平和旬間を始めたのです(カトリック中央協議会発行『カトリック教会情報ハンドブック』参照)。以来、広島・長崎での平和祈願ミサをはじめ、各教区でも講演会や研修会、平和祈願ミサその他の行動が企画されるようになっています。その最近10年の、とくに広島・長崎教区での取り組みの経過を『カトリック新聞』を主な資料として振り返ってみたいと思います。

 

広島教区・長崎教区の平和旬間 10年間のそのメッセージの展開

2014年

広島教区の平和行事(8月5、6、9日 例年ほぼ同日程)は、「『過ちは繰り返しませぬから』~被爆後70年に向かって~」をテーマに講演会・分科会、日本聖公会との合同プログラムなどが行われている。この年7月に集団的自衛権行使容認が閣議決定されたことの意識も反映された平和への行動意志が示された。6日の「原爆・すべての戦争犠牲者追悼ミサ」の日は、広島平和記念聖堂の献堂60周年でもあり、この聖堂建設の経緯も想起されている。

長崎教区の平和祈願ミサ(8月9日)では、福島から招待された子どもたちとその家族18人の紹介があった。被爆マリア像への千羽鶴の奉納がなされ、そのもとで原爆犠牲者への追悼が行われている。

 

2015年

戦後70年にあたる2015年、広島教区では「戦争は人間(われわれ)のしわざです~~目標はつねに平和」をテーマに開催。初日には韓国・チェジュ教区のカン・ウイル司教が「戦争は人間の愚かなシワザ」と題する基調講演を行う。分科会では、広島教区の平和行事として初めて長崎の被爆者証言も行われている。6日の追悼ミサ後には、米国司教協議会・国際正義と平和委員会議長のオスカー・カントゥ司教により米国での核兵器廃絶への取り組みが紹介されている。

長崎教区の9日のミサでは、スペイン・ビルバオ教区のマリオ・イセタ司教から贈られた、ゲルニカの空爆(スペイン内戦時の無差別空爆)で破壊されたマリア像の頭部のレプリカが被爆マリア像とともに安置されてミサがささげられた。長崎も訪れた上述のカントゥ司教が、説教で、米国司教団が地球規模の核不拡散と軍備縮小をともに弁護するとの決意を表明している。

2015年の平和旬間に関する『カトリック新聞』の記事

2016年

2016年の平和行事は「いつくしみの特別聖年」が意識されたものとなっている。

広島教区の平和行事は、「いつくしみの特別聖年 今こそヒロシマから~神のいつくしみの道具となろう~」をテーマに開催。とくに「戦後100年に向けて、わたしたち若者はどのように平和を実現していくか」をテーマとしたシンポジウムが特色となる。6日の追悼ミサでは、広島教区司祭で、東京カトリック神学院の院長も務めた早副穣神父(2013年帰天)の著書『原爆と私 戦争は人間のしわざです』(2011年)に基づいて、原爆投下の日の出来事が想起され、平和が祈念された。

長崎教区での平和祈願祭のテーマは、「神のいつくしみを共に生き、伝えるために」。参列した、駐日教皇大使ジョセフ・チェノットゥ大司教(2020年帰天)はそのメッセージで、「人間の人間に対する非人道的なことをゆるしてくださり、互いにゆるし合い、平和のために働くという心を私に与えてくださるよう主に祈りましょう」と呼びかけている。ミサ後、被爆マリア像を輿に載せてのたいまつ行列が行われている。

 

2017年

広島教区の平和行事は、教皇フランシスコの地球環境や文明の危機全般に目を向けさせる回勅『ラウダート・シ』(原文発表2015年5月24日、邦訳刊行2016年8月10日)を踏まえて「『ラウダート・シ』(私の主よ、あなたはたたえられますように)~ともに暮らす地球で~」をテーマとしている。初日のシンポジウムでは、韓国カトリック生態環境委員会総務のイ・ジェドン神父(ソウル教区環境司牧委員会委員長)が韓国におけるエコロジーへの取り組みを紹介、また分科会では韓国カンウォン大学のソン・ウォンギ教授により、韓国の脱核運動の例が紹介された。

長崎教区では、戦争体験者の高齢化の中、次世代を担う子どもたちへの行事継承の意識が示され、平和祈願ミサでは、二人の中学生が司会進行を務めている。祭壇には、上述の被爆マリア像、スペイン・ゲルニカの聖母像頭部のレプリカと並んで、この年、出現100年を迎えたポルトガル・ファティマの聖母の像も安置されて、折り鶴が奉納された。三体のマリア像が違った形で平和へのメッセージを送ってくれていると、髙見三明大司教(2018年より名誉大司教)が祈りを導いた。またこの年の7月7日、国連で採択された「核兵器禁止条約」を、日本こそ率先して認め、核保有国に参加を働きかけるべきだと訴えている。

 

2018年

広島教区の平和行事の総合テーマは「平和のためにできること」。その8月5日のプログラムでは、2017年にノーベル平和賞を受賞した国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)の国際運営委員・川崎哲(あきら)氏が「核兵器をなくすためにできること」と題して基調講演を行い、核兵器禁止条約への日本の署名・批准に向けての行動を呼びかけている。分科会では、在日韓国人2世の方の被爆体験の証言があった。8月6日には、長年、被爆米兵捕虜について調査をし、2016年5月に広島を訪問したオバマ米大統領に、その成果を伝えたことのある森重昭氏が「エノミヤ・ラサール神父と世界平和記念聖堂」と題して、この聖堂の建設経緯を語っている。

長崎教区では、8月9日の原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に、国連事務総長アントニオ・グテーレス氏を迎えている(同氏はポルトガル人でカトリック信者)。同時期に開催されていた原水爆禁止世界大会への出席とも連なる訪問だったが、前日8日に浦上教会を訪れ、被爆マリア像とも対面している。9日の平和祈願ミサは、小学生たちが全体の司会進行を担当。駐日教皇庁大使チェノットゥ大司教は、説教の中で、前年の2017年12月に教皇フランシスコが全世界でのカード配布を指示した「焼き場に立つ少年」(ジョー・オダネル撮影)の写真を話題にしている。この年6月に枢機卿に叙任された、長崎出身の前田万葉大阪大司教(2023年8月15日より大阪高松大司教)の挨拶があり、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界遺産となった今、これらは「平和の遺産」であるとして、長崎からの不戦、非核へのメッセージを発信することの大切さを語っている。

 

2019年

広島の平和行事プログラムは、この年、「平和の糸をつむぐ~『平和アピール』をいただいて」を総合テーマにし、特にその中で、基地問題に苦しむ「沖縄の痛み」への連帯がクローズアップされている。三司教によるパネルディスカッションには、那覇教区ウェイン・バーント司教が招かれており、沖縄の人々の思いが日本政府から無視されている現実、沖縄県民の間にある分断による傷などが語られ、那覇教区の「守ろう、沖縄における人権を!」を目標に掲げる取り組みを紹介している。分科会も「沖縄はいま~わたしにも出来ること~」と題して実施。また、韓国チェジュ教区の中学生らが同教区と姉妹教区である京都教区の「中学生会広島平和巡礼」に合流しており、6日の平和行列にも参加している。

長崎教区では、この年、「被爆十字架」(原爆で破壊された旧浦上天主堂の十字架)が浦上教会に奉納されている。1945年、終戦後に米軍人によってがれきの中から発見されて、この軍人が交流のあった山口愛次郎長崎司教(当時)から譲り受けて米国に持ち帰り、オハイオ州ウィルミントン大学平和資料センターに寄贈していたもので、このたび、同センターのターニャ・マウス所長らの計らいで、8月7日に長崎教区に返還されたばかりであった。

 

2020年

2020年、戦後75年を迎えたこの年の平和旬間行事については、その前年2019年11月~12月に二つの大きな出来事があったことが前提となった。

*まず、教皇フランシスコの訪日である(2019年11月23~26日)。教皇は11月24日午前、長崎の爆心地公園で祈り、カトリック教会は「核兵器禁止条約を含め、核軍縮と核不拡散に関する主要な国際条約に則り、たゆむことなく、迅速に行動し、訴えていきます」と決意表明、同日の夕方には、広島平和記念公園での平和のための集いに参列して祈り、「原子力の戦争目的の使用は倫理に反します。核兵器保有は、それ自体が倫理に反します」とするメッセージを発表した(カトリック中央協議会発行『すべてのいのちを守るため 教皇フランシスコ訪日講話集』参照)。

*この教皇のメッセージを受け止めた日本カトリック司教協議会は、核兵器禁止条約への署名と批准を求める要請文書を日本政府に2019年12月20日を提出している。

*「核なき世界基金」設立……これは、核兵器廃絶に取り組む国際NGO「ICAN」などの市民団体と長崎・広島の教会が共同で一口500円からの基金とするもの。2020年7月7日(2017年に国連で核兵器禁止条約が採択されたのと同じ月日)、広島世界平和記念聖堂で設立発表の記者会見がなされている。

*2020年8月3日、長崎の髙見大司教と米国司教団の国際正義と平和委員会委員長のデービッド・マロイ司教が、動画サイトによるオンラインセミナー上で、広島と長崎への原爆投下75周年にあたり、核兵器廃絶、軍拡競争反対のための協働の必要を訴えている。

この年の広島教区の平和行事のテーマは、前年のテーマを引継ぎ「平和の糸をつむぐⅡ~すべてのいのちを守るため~」となり、教皇フランシスコのメッセージの受け止めを図っている。新型コロナウイルスの感染拡大防止のために平和行進が中止され、参加人数が限定されるなどの措置が取られた。基調講演は、長崎教区の山内清海神父とイエズス会のホアン・アイダル神父(教皇の教え子)のビデオ・メッセージのかたちで行われ、訪日時の教皇メッセージをより深く理解するためのヒントが提供された。

長崎教区では、コロナ感染対策として、教区主催の平和祈願祭は中止、各小教区でのミサとなった。上述の山内神父の講話のDVDの配布など、教皇メッセージの学習の便宜が図られている。浦上教会ではミサに先立って、被爆体験の語り部であった片岡ツヨさんの証言に基づく紙芝居『生きていてよかった』が小学生によって朗読上演される。髙見大司教の説教も、教皇フランシスコのメッセージを支えに、原爆投下の是非を鋭く検証し、核兵器が悪であることを明言するものとなっている。

2020年の『カトリック新聞』

 

2021年

広島での平和行事は「平和の糸を紡ぐ~わが命つきるとも」をテーマとするもの。基調講演は、イエズス会の酒井陽介神父により、「アルペ神父と長束野戦病院~いつでも、どこでもよろこんで分かち合う者になる~」と題して行われている。後にイエズス会総長となるペドロ・アルペ神父が、長束にあったイエズス会修練院の院長をしていた頃に原爆投下があり、被災負傷者を多数、修練院に受け入れて救護にあたったという経緯である。このテーマは、国立広島原爆死没者追悼平和祈念館での通年企画展「わが命つきるとも―神父たちのヒロシマと復活への道―」とも関連している。被爆しながらも人々の救護にあたった外国人司祭たちを公的に紹介するものとなった、この祈念館企画の担当者の話も分科会でなされている。

長崎教区でもコロナ対策のため、教区主催の平和祈願祭は中止。各小教区教会でのミサとなるが、浦上教会でのミサでは、被爆マリア像と被爆十字架が奉納され、教皇フランシスコのメッセージの映像が流された。また、この年4月に93歳で亡くなったコンベンツアル聖フランシスコ修道会の小崎登明修道士の被爆体験が描かれた紙芝居『原爆を見た17歳』が小学生によって朗読上演されている。新駐日教皇庁大使レオ・ボッカルディ大司教を迎えてのミサであった。

 

2022年

2月に始まったロシアのウクライナへの軍事侵攻に心を痛めるこの年の平和旬間行事となった。

広島教区は、教皇フランシスコの、兄弟愛と社会的友愛に関する回勅『兄弟の皆さん』(原文発表2020年10月3日、2021年9月17日邦訳刊行)を踏まえるものとなり、「平和の糸を紡ぐ~愛し合うきょうだいとして生きよう~」をテーマとしている。基調講演は、福岡教区のヨゼフ・アベイヤ司教による同回勅の内容に関するもの。また、その後の講演会は「難民と友に。難民と共に。」をテーマに掲げるもので、横浜教区信徒で、難民シェルターを運営する「アルペなんみんセンター」(神奈川・鎌倉市)の地域連携コーディネーターである漆原比呂志さんとイエズス会の司祭で、山口県下関労働教育センター所長の中井淳神父が講演し、世界の難民事情、とりわけ日本における対応の立ち遅れ、かかわっている各地域の様子、課題と希望の提示、アピールなどがなされている。

長崎教区では、浦上教会をはじめ長崎教区中地区の主催というかたちで平和祈願祭が行われている。この年2月に着座した中村倫明大司教による初めての平和祈願ミサとなった。また、この年のミサでは、初めて、長崎を中心に活動をしている高校生平和大使5名が参加、核兵器廃絶と世界平和実現を目指す「高校生1万人署名活動」などの取り組みを紹介している。

 

2023年

広島教区の平和行事のテーマは、「声をあげよう。“核兵器で平和はつくれない!”」。ロシアのウクライナ侵攻の中で、核兵器使用の可能性が取りざたされ、またこの年5月、広島で開催された先進7カ国首脳会議(G7サミット)でも防衛のための核兵器による抑止力が肯定されたという状況の中での平和旬間行事。このG7サミットを振り返るというカトリック学校企画がなされて、13人の高校生が参加。基調講演は、「平和巡礼」(7月31日~8月12日)で訪れていた、米国で核軍縮を訴えるサンタフェ教区のジョン・ウェスター大司教、シアトル教区のポール・エティエンヌ大司教による「キリストの平和の光の中で生きる―核兵器が生まれた場所とその標的となった場所の間の核軍縮に向けた対話―」と題するもの。サンタフェ教区には原爆を開発・実験したロスアラモス国立研究所があり、シアトル教区地域には配備されている核兵器が米国最多であるという。

長崎教区の平和行事も、広島、長崎、サンタフェ、シアトル四教区の連携で実施され、8月9日のミサでは四司教が「核兵器のない世界のためのパートナーシップ」を結ぶと宣言した。サンタフェ教区のウェスター司教は、「信仰を持つ私たちが、それぞれの国の政府が正しいことをするよう、後押しすることが必要」と述べ、自身も、ニューヨークの国連事務所での核兵器禁止条約の締約国会議に立ち会い、教皇庁国連大使とともに同条約への支持を表明することを約束している。

2023年の『カトリック新聞』


ここ10年の歩みを振り返ってみると、被爆地の思いの切実さ、体験証言の継続と次世代への継承がそれぞれに考えられているのがわかります。世界各地での軍事侵攻・戦争、難民発生など、新型コロナウイルスの感染拡大などの世界情勢、日本国内の現状、政府の対応動向なども関係してきているとともに、カトリック教会の場合、やはり教皇メッセージが力強い導きとなっています。その中で貫かれる、戦争のない世界、核兵器のない世界の平和の希求、それに祈りと学び、行動への決意と実践交流、協働の呼びかけは、年を追って深く、広く、進んできていることも感じます。

その線上に、今年の祈りと実践、そして、これからの歩みがあります。それらを見続け、参加し続けていくためにも、このような振り返りが参考になればと思います。

(AMOR編集部)

 


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