オプティメーター


石川雄一 (教会史家)

復活祭の前の(日曜日を除く))40日間は四旬節と呼ばれます。復活祭は移動祭日、つまり毎年違う日に祝われるので、四旬節の時期も固定されていません。2024年は2月14日から3月30日までが四旬節となります。なお、復活祭については過去の特集記事をご参照ください。

四旬節は伝統的に節制と回心の季節とみなされてきました。20世紀以降のカトリック教会では、いわゆる断食である「大斎」と特定の食を控える「小斎」の日は数えられるほどに減少し、その規定も緩和されていますが、かつての人々は四旬節の間は完全に肉食を断っていました。なお、正教会は現代でも昔の慣習を保持して、厳しい斎を守っています。

ところで、当たり前のことですが、断食をするとお腹は減りますし、栄養不足にもなります。今日ほど食が豊富にあり、手軽に栄養が取れなかった時代、断食は人々の活力低下につながる行為でした。実際、百年戦争中の「ニシンの戦い」(Battle of the Herrings/1429)など、活力が低下している四旬節を狙って戦闘が勃発したことがありました。そんな四旬節の断食の時期に、お肉に頼らずに栄養を取って満足しようと知恵を働かせた人々がいました。彼らは、なんと、濃いビールを醸造して満足しようとしたのです! そんな断食の時期のために作られたビールの中で、今日でも比較的容易に飲むことができるのが「オプティメーター」です。

商品名の「オプティメーター」とは、「最適な状態(オプティムス/optimus))にするもの」を意味するラテン語「オプティマトール」

(optimator)の英語読みです。現在は14世紀まで遡ることができる南ドイツの老舗醸造所シュパーテンの商品として発売されています。この高アルコールのドイツビールは、ドッペルボックと呼ばれる製法で作られており、他では中々味わえない濃厚な甘みを楽しめます。

そんな「オプティメーター」には、次のような逸話があります。ドイツの修道士たちが四旬節のために醸造した「オプティメーター」でしたが、節制と回心の季節にお酒を食の代替として嗜むことに否定的な者もいました。そこで修道士たちは、「オプティメーター」を教皇に献上して、このお酒の醸造を続けてもいいか判断してもらうこととしました。ですが、ドイツからアルプス山脈を越えてはるばるローマへ向かう「オプティメーター」は、長旅の間に状態が悪化してしまいました。四旬節の初春の時期、まだ寒冷なドイツの気候と既に日差しが照り付けていたイタリアの寒暖差も影響したのでしょう。修道士謹製の「オプティメーター」は、ローマに着くころにはとても不味い飲み物になってしまいました。これを一口飲んだ教皇は、あまりのまずさに吐き出してしまい、直ちに「オプティメーター」の製造を許可しました。教皇は「オプティメーター」を新たな苦行と勘違いしたのです。

上記の逸話の真偽のほどは明らかではありませんが、今日は優れた保冷技術のおかげで中世の教皇のような気分を味わう心配はありません。また、世俗化した現代社会では、「オプティメーター」は四旬節の期間だけでなく、一年を通して楽しむことができます。


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