風よ あらしよ 劇場版


明治、大正時代に生きた伊藤野枝という女性をご存じでしょうか。瀬戸内寂聴(当時は瀬戸内晴美)氏が『美は乱調にあり』という小説で取り上げた女性です。私は大学時代、瀬戸内晴美氏の描く女性たちに魅了され、読みあさったことがありました。そのとき、伊藤野枝という人物に興味を持ったのですが、瀬戸内氏の小説では、伊藤野枝がなぜ、女性の自立を訴え、なぜ大杉栄とともに惨殺されねばならなかったのかがわからず、もやもやしたまま今まで過ごしてきました。今回ご紹介する作品は、伊藤野枝の生涯、特に彼女が無政府主義者を名乗り、なにを訴えたかったのか、彼女がそのような道を選ぶバックボーンが明確になる『風よ あらしよ 劇場版』です。

上野高等女学校に通う伊藤ノヱ(吉高由里子)は、英語教師・辻潤(稲垣吾郎)の授業で『青鞜』という雑誌の中で、平塚らいてうの「元始、女性は太陽であった」という言葉に感銘を受け、すでに仮祝言を挙げていることを辻潤に相談します。「一度家に帰って両親と相手の人に話をし、どうしても受け入れられなかったら、私のところに来なさい」という言葉を胸に婚家に行きますが、当然受けられるものではなく、辻潤の元を訪れます。辻の元で、自由を学び、辻のすすめで『青鞜』の平塚らいてう(松下奈緒)に自分の思いを手紙で出します。すると、『青鞜』の職員として働くことになります。筆名をノヱから野枝とします。伊藤野枝の参加により、それまで女性の文学集団であった『青鞜』は、婦人解放を訴える闘う集団となっていきます。

野枝は、平塚から『青鞜』の編集を任され、自らの考えを次々に発表していきますが、そこには時代の困難がありました。そして第一の夫・辻潤と別れ、無政府主義者の大杉栄(永山瑛太)とのつきあいが始まります。

「女は、家にあって父に従い、嫁しては夫に従い、夫が死んだあとは子に従う」ことが正しいといわれていた大正時代に、世の流れに逆らい、自分の信じた自由への道を突き進んでいきます。

伊藤野枝を演じた吉高由里子は、「自分の正義感は絶対的に揺るがないものを持っている人」、「正しいこと、思ったことを伝えていく野枝の力は本当にすごいなと思いました。(中略)男女平等というのが当たり前のような時代に生まれている私にとって、窮屈な時代の中で『間違っている』と訴え続けていく女性としての強さはすごいなと感じました」と語っています。

また、演出を担当した柳川強氏は、「がんじがらめに縛られた『女はこうであるべき』という『因習』とも立ち向かいます。(中略)人の自由を奪いすらする権力とも立ち向かうことになります…」「権力の横暴が剥き出しになってきた今だからこそ、野枝を描くべき必然が生まれたのだ」と語っています。

伊藤野枝、大杉栄が甘粕大尉によって惨殺されて100年経った今だからこそ伊藤野枝の生き方から自由とは何か、そして私たちはどう生きるべきかを考えるきっかけになればと思います。

伊藤野枝の自由への渇望は、祈りに似たものがあるように……。

中村恵里香(ライター)

                                                      

202429()より新宿ピカデリーほか全国順次公開

公式サイト:www.kazearashi.jp

スタッフ

演出:柳川強/脚本:矢島弘一/音楽:梶浦由記/原作:村山由佳

出演:吉高由里子、永山瑛太、稲垣吾郎、松下奈緒、美波、山田真歩、石橋蓮司

製作/配給:太秦/映像提供:NHK127

©風よ あらしよ 2024 ©村山由佳/集英社


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

one + 9 =