聖書に見るレバノン杉から


石原良明(聖書研究者)

レバノンといえば、レバノン料理とレバノン杉がすぐ思い浮かぶという方も少なくないことでしょう。

聖書に60回ほど現れるこのレバノン杉、その美しさと力強さは、たとえばこのように詩的に表現されています。

お前の偉大さは誰と比べられよう。見よ、あなたは糸杉、レバノンの杉だ。その枝は美しく、豊かな陰をつくり、丈は高く、梢は雲間に届いた。……その丈は野のすべての木より高くなり、豊かに注ぐ水のゆえに、大枝は茂り、若枝は伸びた。

(エゼキエル書31:3~5)

レバノン杉は建築素材として高く評価され、古代から商取引の対象となり、その繁殖地は征服遠征の目標にもなっていました。聖書では、ダビデの宮殿(サム下5:11)、ソロモン神殿(列上5:10)、第二神殿(エズ3:7)など、重要な建築物に用いられています。これを切り倒すことは強大な力を持つことの証明にもなりました。

わたしは多くの戦車を率いて、山々の高みに駆け登り、レバノンの奥深く進み、最も高く伸びたレバノン杉も最も見事な糸杉も切り倒した。

(列下19:23)

このように、美しく建材としても大変有名で貴重なレバノン杉なのですが、それゆえに古代から大規模な伐採が行われ、現在ではほんのわずかを残して、ほとんど残っていません。世界遺産に登録されている「カディーシャ渓谷と神の杉の森」と、レバノン国旗と国章にかろうじて見ることができるばかりです。

同様に、聖書には登場するけれども、現在のパレスチナとその周辺地域、中近東においては確認することのできない動植物をいくつか指摘することができます。

たとえば、ダチョウはヨブ記39章に登場しますが、遺跡にタマゴの殻が見られるのみだそうです。また、ライオンは聖書の多くの箇所に出てきますが(列上13:24、イザ31:4、エレ12:8;49:19、アモ3:4などなど)、アッシリアなどでは王の権威を誇示するための狩猟の対象となってしまい、現在の中近東にはいません。カバ(ヨブ40:15~24)も、現在ではパレスチナのいくつかの遺跡に骨の残骸が発見されただけです。

聖書の預言者たちは、当時からあったこのような環境破壊の実態を告発しています(イザ33:9、エレ12:4、ホセア4:1~3)。人間の罪が自然環境にも悪影響を与え、荒れ果ててしまうというのです。さらに、創世記の「ノアの洪水」にも、同じような告発があります。創世記6章12節によれば、「地は堕落し、すべて肉なる者は堕落の道を歩んでいた」とされますが、より直訳に近づければ「地は破壊され、すべて肉なる者はその道を破滅させていた」と読むことができます。人間によって破壊され、動物たちも本来のあり方から逸脱してしまったというのです。

こうした観点からも聖書を研究した研究者に、月本昭男先生という先生がいらっしゃいます。立教大学と上智大学で旧約聖書を教え、現在も古代オリエント博物館で館長を務めておられます。

上述の内容について、より詳しく知りたい方は、旧約聖書翻訳委員会編『聖書を読む 旧約篇』(岩波書店、2015年)所収の月本先生の記事をご覧頂ければと思います。

 

世界を創造した神は、人間に世界の管理を委ねました。何もなかったところに秩序を与えることで世界を創造した神のことですから、その精神で世界を治めることを人間に委ねたに違いありません。そして、その神がこの世界に関わり続けるとするならば、世界の完成は、神と人間との共同作業であるはずです。

レバノン杉をはじめ、失われて久しい動植物がたくさんあります。人間もまた、そのような道をたどるのでしょうか。決してそうではないはずですが、今、未来を変える正念場を迎えています。

 


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