〈新連載〉Doing Charity by Doing Business(1)


山田真人

初めて記事を書かせて頂く、NPO法人せいぼの山田と申します。私たちはアフリカのマラウイという国で学校給食支援を実施している団体です。「マラウイ」という言葉を聞いても、日本ではまだ馴染みのない国名です。私も初めて聞いたのは、上智大学で神学を勉強していた時で、その支援をビジネスの手法で実施しているカトリックのイギリス人に出会った時でした。彼が私に言った言葉は、”Doing Charity by Doing Business”(チャリティをビジネス手法で実施する)というものでした。

「AMOR--陽だまりの丘」では、「キリスト教に興味のある方、違った角度から見つめたい方」に対して記事が掲載されていると拝見しました。私は上記の言葉で自分の信徒としての生き方、仕事の仕方を「違った角度」で見ることができました。その過程をご紹介し、新たな角度をご提供できれば幸いです。

その過程の中では、充実感と同時に試練を感じる瞬間も多くあります。それらの中で、自分の信仰や日本人としてのアイデンティティを相対化したり、形を改めたりもしています。しかし、今回の記事でもご紹介する教皇フランシスコの言葉は、その対立が新たな創造を生むことにも言及しています。その変化を分かち合い、共に成長しているパートナーとして、カトリック学校の皆様の活動もご紹介します。

この過程について連載するにあたって、日々変化し、「時のしるし」を読まなくてはいけない教会の姿も意識しながら、社会で生きるNPOの職員として書かせて頂ければ幸いです。

 

チャリティと日本の文化

まず、角度を変えてカトリックの信仰について見ていく方法として、日本という文脈を「チャリティ」という言葉で相対化してみたいと思います。この言葉はラテン語で「愛」を意味しますが、「神の人間に対する恩恵的愛とそれに応える人間の神に対する感動」という定義があります。その後、より実践に結びついた形で解釈され、「チャリティコンサート」などのように具体的な司牧現場でも良く使われています(『岩波キリスト教辞典』の定義を参照しました)。 私自身も、こうして実践神学的に言葉を解釈して考えると、チャリティはマザー・テレサのMissionary of Charityのように聖職者が実施するものと考えていました。

一方で、海外ではこの「チャリティ」が英国のCharity Commissionのように、一つの法人格になり、公益に関わるミッションに基づいた収益事業実施や助成金の対象になっています。私が20代前半から関わっているサレジアンシスターズのVIDESは、本部がベルギーの法律で欧州としてNGOとなり、その支部であるVIDES USAなども、信徒とともに法人格を持って活動する団体です(VIDES JAPANは、2023年1月より一般社団法人化もし、信徒とともに活動しています。詳しくは、こちらから)。

 

Doing Charity by Doing Business

日本は「チャリティ」をこうした形で捉える認識が少なく、2016年大学生だった私もそういったイメージが持てませんでした。しかし、大学でのあるきっかけで出会った英国の通信会社が、それに具体的な輪郭を加えてくれました。それが、”Doing Charity by Doing Business”という言葉で、社会的企業MobellのTony Smithでした。Mobellは収益の大部分をチャリティに還元するチャレンジングなミッションを掲げる会社で、NPO法人せいぼの支援企業でもあります(英国企業Mobellについては、こちらから)。

私はMobellに就職し、まず大部分の時間を外国人向けのシムカードなどの営業に費やしました。チャリティに繋がるという背景から、眠りたくないほど貪欲に営業先を見つけたり、代理店をサポートしたりして、楽しく働くことができました。

 

カトリック学校との出会い

サレジオ学院中学高等学校との活動の様子

Mobellで働きながら、私は日本でもチャリティを実践しようと2020年から活動を始めました。しかし、日本でチャリティを実施するのは、とても困難な面が多いのが現状です。先ほど海外と比べて相対化して見えてきた通りです。日本ではどうしても一般的な収益事業を行い、利益を株主に分配して存在する株式会社の方が信頼があります。しかし、NPOでもミッションに繋がる収益事業であれば寄付収入を得るために実施することができます。その時にある出会いによって実現したのが、寄付先のマラウイ産のコーヒーの販売です。

このコーヒーはSDGsの影響もあり、国内支援企業によって提供され、その営業費用は英国支援企業のMobellに賄われていることもあり、売り上げを全てマラウイに送ることができます。こうした仕組みに関わって下さっているのが、カトリック学校です。学校の生徒が探究学習として生産地や現地の学校給食支援の姿を学習し、発表し販売しています。場合によっては独自に商品の考案やパッケージの創作もしています。販売後はNPO法人せいぼを通して寄付がマラウイに送られ、オンラインで現地の人々との交流も実施しています(それぞれの学校の事例は、こちらから)。

 

両極端のものから生まれる対話

著者・山田真人とマラウイの子ども達

私は信徒として、2021年のシノドス(司教代表者会議)に参加しました。そのテーマは、「シノダリティ」でした。その解釈の一つは共存や対話となると思います。ビジネスとチャリティは両極端に見えます。しかし、それを信徒がそれぞれの生き方で統合することで、違った角度で時代にあった実行ができます。シノドスの前に出版された『コロナの世界を生きる』の中で、教皇フランシスコは「創造とはこうした生きる両極性もしくは対立で満ちています。それがあるから私たちは生き生きと活動できるのです。」と述べています。

生きていく中で自分の信仰を見つめ返す時、一見関連しないものを結び付けることが大きな変化、対話を生むことがあると思います。今回の記事が、皆さんの「違った角度」のきっかけになっていれば幸いです。

 

山田 真人(やまだ・まこと)
NPO法人せいぼ理事長。
英国企業Mobell Communications Limited所属。
2018年から寄付型コーヒーサイトWarm Hearts Coffee Clubを開始し、2020年より運営パートナーとしてカトリック学校との提携を実施。
2020年からは教皇庁、信徒、家庭、いのちの部署のInternational Youth Advisary Bodyの一員として活動。

 


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