聖母と寅さん


鵜飼清(評論家)

ぼくが大学生の頃、銀座4丁目の三越1階にあったマクドナルドでアルバイトをしました。この店は、マクドナルドの日本第一号店でした。日曜日ともなると、歩行者天国で集まった人たちがわんさか押し寄せてきました。一日の売り上げが世界記録をつくったこともあります。

女子クルーはレジの担当がほとんどでしたが、フライドポテトやシェイクをつくることもありました。男子クルーとの懇親会をやろうよということになって、六本木のボンボヤージというお店を貸し切りでやったことがありました。二次会になって、先輩クルーと飲んでいると、鵜飼君なにか余興をやってよと言われました。さて、困ったなと思いつつ、ぼくがよく観ていた映画の『男はつらいよ』の、寅さんの口上と歌を披露しました。このとき、とても評判がよくて、それ以来、ここというときは寅さんをやることにしていました。

大学を卒業したころ、友人に教えてもらって手にした本が『思想のドラマトゥルギー』(林達夫+久野収、平凡社)というものでした。このなかで林さんは「聖フランチェスコの周辺」というところで、アナトール・フランスの短編『聖母と軽業師』を紹介していました。軽業師は修道院に入るのですが、彼以外の人たちは、信仰の書を読んだり、薬草園の世話をしたり、椅子やテーブルを作ったりと、いろいろなことをしています。しかし、身分の卑しいとされていた軽業師は、聖母マリアに何をして仕えたらいいか迷います。そこで、修道院に入る前に稼ぎとしていた曲芸を思い出します。

ある夜、みなが寝静まったところで、こっそり聖母の御像の前に行き、とんぼ返りや、逆立ち、横になっての玉飛ばしをやりました。彼は、そうした曲芸を毎晩やりました。修道院長が彼の挙動不審に気づきはじめ、ある晩、そーっと小礼拝堂につけていきます。扉を開けてそこでアッと仰天するのです。思わず止めなければと入ろうとすると、ハッと身をすくめて思わずその場にひれ伏してしまう。聖母がしずしずと台座から下りてきて、軽業師の額をぬぐいたまう……。この話を読んでから、ぼくにはこの軽業師が身近になってしまいました。

出版の世界に入って、出版人の集まりに出たとき、ぼくは相変わらず余興に寅さんをやりました。出版人の集まりの関係から森崎東という映画監督に出会い、森崎監督が『男はつらいよ』の第3作目『フーテンの寅』を監督したことを知りました。そして、森崎監督の前でも寅さんをやりました。

「監督、ぼくの寅さんでいいですか?」

監督は右手を握りこぶしにして、テーブルにハンコのような格好で押し付けました。

「たいへんよくできました」

ということなのでしょう。

カトリックの信者になり、キリスト教関係の働きをしてはいますが、あの軽業師のような悩みは尽きません。聖母マリアの前で、いつか寅さんを歌いたいなあと思って、古稀を過ぎてしまいました。

 


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