コロナの時代


あき(カトリック横浜教区信徒)

新型コロナウイルスが猛威を振るっています。コロナウイルスは、太陽の火炎(コロナ)の形に似ているから名づけられました。このウイルスは突然降ってわいたわけではありません。2002年~2003年に流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)の近縁種だそうでSARS-COV-2というのだそうです。毎年数個の新興ウイルスが現れているそうで、世界の人間が自由に往来する近年、特にパンデミックといわれるような大感染が引き起こされるようになりました。ウイルスは人間が地球に存在する前から存在し、人間の体の中にもその痕跡が残っています。赤ちゃんが胎盤に着床するとき、異物である赤ちゃんを排除しないメカニズムもウイルスの存在がいい方向で影響しているのだそうです。
ですから今回の事態は、突如現れた災害ではなく、これからも起こりうる状況です。

さて話は変わります。
コロナ前、朝の通勤電車すごかったが帰りの電車も満員御礼。その中で優先席に座るイヤホン耳に携帯触る若者たち。というと若者に怒られてしまいますね。若者以外の人もかなり大胆に座っていました。
わたしは、そんな優先席の前で白杖をもって手すりに摑まる老人を見たことがあります。
皆さんもそれに近い光景を目にしたことがあるのではないでしょうか。
1973年「シルバーシート」から始まった優先席は当時、画期的なものでした。
「シルバーシート」から「プライオリティシート」に名前を変え、様々な方々が電車に乗れるようになりました。

あれから約50年、優先席のありようは変わってしまいました。
そんな光景にわたしはJRに投書したことがあります。【いま私たちにできることは「優先席」をなくすことです。又はすべてを「優先席」にすることです。当時の画期的なアイデアを踏まえて、さらに一歩進んだアイデアを考えていただいたら如何でしょうか】
そんな私の投書はあっさり却下されました。

ところが、コロナの時代、最近普通の席が空いているのを目にします。
ちょっと席が空くや、周りから座ろうとする人の姿が消えて、空いても気にせず吊革につかまっている方が増えました。
多分想像するに、互いにコロナ感染予防のために、無理に座らないことを皆さんが選択したのでしょう。
コロナの時代、自分の身を守ろうとする行動が、図らずや「全席優先席」の引き金になっています。
わたしはそれを前向きにとらえています。

別の話です。
先日テレビで海外の方15名ほどで、炊き出しをしているところにインタビュアーが聞きました。「なぜ炊き出しをしているのですか」
「わたしは日本に来て、何十年になります。
最初、食べるものもなく、寝るところもなく、
つらい日々を過ごしました。
ただ、いろいろな方がそんな私を励まし、助けてくれた日本人がいました。今こうして日本で暮らしているのはそんな方々のおかげです。
先日、若い女性が炊き出しに並んでいるのをみました。“若い女性が並ぶ” よほどのことと思いました。それで仲間を集めて支援することにしました。」

それを聞いたとき、わたしは胸が熱くなりました。
感謝が感謝の行動を生む。
コロナの時代、世界の様々なところで新しい価値観や、行動様式が生まれています。
わたしたちは「コロナの時代」を【ココロの時代】に読み替えて、新たな一歩を踏み出したいと思います。

 


コロナの時代” への1件のフィードバック

  1. 確かに、コロナ禍では、飲みに行く機会も減り、家飲みが主流になってきましたが、しかし、最近コロナの落ち着きと年末になったせいか、またグループでの飲み会が盛んに行われるようになり元のようにグループでの飲み会が戻っても来ました。人間の行動洋式は、仰るように、その時々で変化をしますが、その場にいる人たちの行動に従って自分を失くすようなことがないようにしたいものですね!
    キリストが十字架につけられた時の群衆のひとりにはなりたくありません。環境事象による行動様式の変更時、群衆のひとりとしての行動にならないように、自責の念を強く持ちたいと思います!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

11 − four =