カラヴァッジョ『ユダの裏切り』
稲川保明(カトリック東京教区司祭)
今回紹介するのは、カラヴァッジョ(Michelangelo Merisi da Caravaggio, 生没年1571~1610)の作品です。『キリストの捕縛』という画題でも紹介されます。
福音書が記すように、ユダは、イエスへの接吻という親愛の情を表す行為を、逮捕のための合図としました(マタイ26:48~49、マルコ14:44~46、ルカ22:47~49参照)。しかし、裏切ったのはユダだけではありません。この後、身柄を確保されたイエスが大祭司の家に連行されたとき、ペトロはその庭に忍び込みました。そして、イエスを知らない、関係がないと否認してしまいます(マタイ 26:69~75、マルコ14:66~72、ルカ22:56~62、ヨハネ18:15~18、25~27参照)
【鑑賞のポイント】
(1)この場面をモチーフにして多くの画家が描いていますが、もっと多くの人物が描かれています。カラヴァッジョはわずかに6人だけを登場させて、この場面の緊張感を描き出しています。イエスの顔は悲痛な表情をしており、これから始まっていく受難とともに、最も親しい親愛の情を示す接吻で、自分を裏切るユダに対しても悲しみを表している表情です。イエスは両手を組んで、苦悩に堪えているしぐさをしています。
(2)ユダは当時の絵画表現の慣例の通り、黄色の服を着ています。邪悪な表情や金袋をもっていたり、最後の晩さんでも一人だけ向かい側に座らされていたりと、絵画の上でもユダはあきらかに忌み嫌われていたようです。彼だけがガリラヤ出身ではないことや、エルサレムの大祭司、政治的権力者たちともつながりがあったなど、ユダに対する様々な揣摩臆測がなされています。
(3)イエスのすぐ後ろにいる人物は叫び声を上げながら、この場から逃げ出そうとしています。その衣の裾がイエスとユダの頭上に翻るほどの勢いです。これは、マルコ福音書(14:51~52)が記す、亜麻布の服を着ていた若者が服を脱ぎ棄てて逃げたことを思い起こさせます。
(4)ユダのすぐ後ろにいる兵士はすでに腕を伸ばして、イエスの喉元をつかんでいます。ユダの合図とともに兵士は非情な行動を開始していたのです。その背後で、灯を掲げている人物がいます。これはヨハネ福音書に「ユダは、一隊の兵士と、祭司長たちやファリサイ派の人々の遣わした下役たちを引き連れて、そこにやって来た。松明やともし火や武器を手にしていた」(18:3)と記されていることに基づきます。ともし火について語っているのはヨハネだけです。