アート&バイブル 52:裁縫の聖母子


フランチェスコ・トレヴィサーニ『裁縫の聖母子』

稲川保明(カトリック東京教区司祭)

この作品の作者はフランチェスコ・トレヴィサーニ(Francesco Trevisani,生没年1656~1746)という17世紀から18世紀に生きていた画家ですが、その生涯についてはあまり詳しいことがわかっていません。カポディストリアという町で生まれ、ローマで亡くなっています。祭壇画や家具などの装飾を手掛け、主に聖書に基づくエピソードや神話などを絵の題材としています。カルロ・マラッタ(Carlo Maratta, 1625~1713)の古典主義からも影響を受けていますが、トレヴィサーニの作風はバロックの特徴をより優美に、甘美にしているという評価を受けています。また絵の題材と描いている彼自身の親密さが表れているともいわれています。

 

【鑑賞のポイント】

(1)この『裁縫の聖母子』は、エジプトへ避難した聖家族を描いているのではという見方ができます。ヘロデ大王の迫害を逃れて、聖家族はエジプトへと逃れて行きます。エジプトは異国であり、その地で、聖家族は家を見つけ、生活のためにヨゼフは働きに出ます。しかし、言葉や習慣の違いもあり、賃金も安くされるなどさまざまな困難がありました。そのためにマリアも近所の人々の裁縫仕事を引き受けて内職のようなことをしていたという想像のお話です。

(2)マリアは裁縫仕事のために窓に近いところに座り、ひざにはクッションのようなものを置いて、縫物に励んでいます。机の上に置かれた花瓶にはユリの花とバラの花が活けられています。そしてそのすぐ傍らには頁を開けた書物が広げられています。マリアの服は淡いピンクにも見える赤ですが、バラの花と同じように淡い色であるところに、トレヴィサーニらしい優雅さの表現が見られると思います。

フランチェスコ・トレヴィサーニ『裁縫の聖母子』(1700年頃、油彩銅板画、39×30cm、フィレンツィエ、ウフィツィ美術館所蔵)

(3)足元のかごの中に布とともに丸いものが見えます。これは楽園の果実を暗示しているのかもしれません。アダムたちは労苦や努力なしに安易に木の実を得ようとしますが、マリアは働いて糧を得ることの尊さを知っているという意味なのかもしれません。

(4)さらに机の下に子ネコがうずくまっています。ネコはエジプトでは穀物を荒らすネズミを退治する有益な動物として、ミイラにもされ、神としても祭られています。この地がエジプトであることを暗示するためにネコを配置したのかもしれません。

(5)開け放たれた家の扉の向こうには、ロバの背に荷物を載せてこちらに近づいてくるヨセフが描かれています。これもエジプトを暗示する姿ではないでしょうか。

(6)そして、裁縫仕事に打ち込んでいるマリアのところに、幼いイエスが駆け込んで来ます。「お母様、見て下さい。お花が咲いていました! きれいでしょ!」と、マリアにさし出そうとしている、その花は時計草、受難のシンボルの花なのです。

 


アート&バイブル 52:裁縫の聖母子” への1件のフィードバック

  1. 解説ありがとうございます。裁縫の聖母子は初めてみました。細かいところまで様々なモチーフが象徴的に描かれていることに驚きました。聖家族の生活に根ざした姿の絵に親しみを感じます。私も最初、アートを通してキリスト教に興味を持ったので芸術の語る力は大きいと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

fourteen − 5 =