サンドロ・ボッティチェリ『マグニフィカットの聖母』
稲川保明(カトリック東京教区司祭)
8月15日の聖母の被昇天の祭日に、福音朗読でクローズアップされるのは「マリアの歌」(「マリアの賛歌」=「マグニフィカット」)です。その関連で、今回は、ボッティチェリ(Sandro Botticelli,生没年 1544/45~1510)の描いた『マグニフィカットの聖母』(図1)を鑑賞しましょう。アート&バイブル12で紹介した同じくボッティチェリの『書物の聖母』ともマリアの姿はよく似ています。トンド(円形画)の板絵でテンペラ画法によって描かれたこの作品、アート&バイブル38で紹介したラファエロの『小椅子の聖母』と比べてみると興味深いかもしれません。
【鑑賞のポイント】
(1)この絵の制作年代には1480年という説もありますが、『書物の聖母』が1483年に描かれており、その聖母子のポーズやマリアの表情、衣服の様子から1483~85年に描かれたと考えるのが妥当と思います。それほどこの『マグニフィカットの聖母』と『書物の聖母』は雰囲気が似ていると思います。
(2)聖母の膝の上に座っている幼子イエスは右手を聖母の右腕の上に置き、左手は聖母と一緒に「ザクロ」に触れています。また幼子イエスは聖母を見上げています。聖母は天使の差し出すインク壺にペン先を浸し、「マグニフィカット=マリアの賛歌」(ルカ1:46~55 わたしの魂は主をあがめ……)を書き記しているのです。
(3)聖母子を丸く囲んで、5人の天使たちが登場しており、その内の左右の二人の天使は「天の元后=女王」である聖母に冠をかざしています。聖母の戴冠というモチーフはフラ・アンジェリコやフィリッポ・リッピなど、ボッティチェリの師匠たちの作品に多く見られるテーマです。
(4)幼子イエスと聖母が左手に触れている「ザクロ」は豊穣のシンボルとしてギリシア神話に登場することからヨーロッパではよく用いられていますが、キリスト教ではイエスの死が多くの人の人々に命をもたらすということから、不死、復活、受難(果汁が赤い血を連想させる)、純潔(雅歌4:12~13)などの象徴として用いられるようになりました。またザクロの実の上端が王冠状に見えるため、聖母の戴冠のイメージにもつながっているようです。つまり、幼子イエスは受難を受けるとともに、聖母マリアもまたイエスの受難に立ち会い、その信仰を保ち続け、教会の母となり、それゆえ、天の元后=女王として、父なる神と御子キリストから戴冠を受けるというシンボルなのです。
(5)同じボッティチェリに『ザクロの聖母』という作品(図2)があり、1487年頃に描かれていますが、『書物の聖母』や『マグニフィカットの聖母』と比べるとやや精彩を欠いた印象があります。サボナローラの影響とその死により、1501年には、彼は作品作りからは離れてしまいました。