天才作家の妻――40年目の真実


毎年11月になると、話題になるノーベル賞ですが、英語で書かれた論文と実績で評価される賞の中で、文学賞と平和賞はちょっと異質な気がしています。平和賞は実績で評価されるものなので、異質とは言いがたいものがあるかもしれませんが、文学賞はちょっと違うように感じるのです。文学というものは、その国の言語で書かれ、その国の風俗や風習の上に成り立っているものだと思うので、まったく違う風俗や風習をもつ人間に翻訳されたものを本当に理解できるのかということを疑問に思っているからです。また、例えば日本語の美しさの特徴を翻訳してそれが伝わるのかということにも疑問が残ります。なぜ、冒頭にこんなことを書くのかというと、今回、ノーベル文学賞を受賞した世界的作家とその妻を描いた『天才作家の妻――40年目の真実』という映画をご紹介しようと思ったからです。

アメリカ・コネチカット州に住む現代文学の巨匠といわれるジョゼフ・キャッスルマン(ジョナサン・プライス)と妻ジョーン

(グレン・クローズ)のもとに、スウェーデンから「今年のノーベル文学賞はあなたに決まりました」と国際電話がかかってきます。夫婦にとって待ちに待った吉報のはずですが、有頂天になり、浮かれる夫に対し、妻はどこか所在なげです。

授賞式に出席するため、夫婦はスウェーデンのストックホルムに息子デビット(マックス・アイアンズ)を伴い訪れます。デビットは駆け出しの作家で、父親に対して劣等感を抱いています。ストックホルムに着いた3人は、慌ただしいスケジュールをこなしていきますが、有頂天になり、無遠慮な言動を繰り返すジョゼフに妻ジョーンと息子デビットは辟易しています。夫の世話に疲れ、1人ホテルのロビーに出たジョーンはジョゼフの伝記を書きたいと願うナサニエル(クリスチャン・スレーター)に声をかけられ、バルで話をすることになります。ナサニエルは、夫妻が大学で教授と学生という関係で出会ったこと、妻子がいたジョゼフをジョーンが奪い去る形で結ばれたこと、作家としては二流だったジョゼフが、結婚後、次々に傑作を送り出してきたことなどを詳細に調べ上げていました。そして、ジョーンが蔭として、彼の作品作りに協力しているのではと自信ありげに語りかけます。その場では否定したジョーンでしたが、心中は穏やかではありません。

若い頃から才能に恵まれながら、出版業界に根付いた女性蔑視の風潮に失望し、作家になる夢を断念したジョーンは、ジョゼフの“蔭”となり、作品作りをし、彼に才能を捧げ、作家としての成功を支え続けてきたからでした。

ナサニエルの魔の手は息子デビットにも伸び、父親を罵詈罵倒します。激昂する息子をなだめながらもジョーンの心中は穏やかではありません。さて、ここからは映画をご覧ください。3人の心の中にあるわだかまりを抱えたまま、授賞式に向かい、無事に授賞式を終えることができるのか。常に夫の蔭となり、慎ましくおしどり夫婦の仮面をかぶったまま、作家の妻として顔を保つことができるのか。そしてラストは……。

夫婦とは何か、その生き様はどういったものなのかを深く考えさせられる映画です。夫への愛と嘘を彩りに加えて、ノーベル賞の舞台は進んでいきます。

舞台は1960年代から1990年代ですが、1960年代は、アメリカでも根深い女性蔑視があったことが私には驚きでした。そして、この映画で妻ジョーンを演じたグレン・クローズは、ゴールデングローブ賞のドラマ部門 女優賞を受賞しています。彼女の演技を楽しむのもひとつの映画の見どころです。

(中村恵里香、ライター)

 

監督:ビョルン・ルンゲ/脚本:ジェーン・アンダーソン
出演:グレン・クローズ、ジョナサン・プライス、クリスチャン・スレーター
原題・英題:THE WIFE/2017年/スウェーデン、イギリス、アメリカ合作/英語/101分/シネスコ/カラー
配給:松竹
コピーライト:©META FILM LONDON LIMITED 2017

2019年1月26日(土)新宿ピカデリー、角川シネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMA他全国ロードショー
公式サイト:http://ten-tsuma.jp/

 


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