コレッジョ『スープ皿の聖母』
稲川保明(カトリック東京教区司祭)
前回に続き、コレッジョの作品です。これは祭壇画として板に描かれており、アーチ状の縁がついています。そのためわかりにくいと思いますが、聖母は右手にお皿のようなものを持ち、天使が水差しから注ぐ水を受けようとしている場面を描いているものです。
ヘロデ大王は神の子イエスの誕生を知り、王座を奪われまいとしてベツレヘム周辺の男の子の虐殺を命じます(マタイ2:16参照)。聖家族はそれを逃れてエジプトへと脱出しますが、その旅の途上のエピソードがこれです。中世に作られた『偽マタイ福音書』の記述に基づいているといわれるものです。
【鑑賞のポイント】
(1)この作品の見どころは、幼子イエスの表情とそのしぐさです。こちらを向いて、絵を見ている私たちに微笑みかけています。走り寄ってきて、抱きつくようにマリアの懐に飛び込み、その右手はヨゼフの手に(ヨゼフは、ナツメヤシの実を渡そうとしています)、そして左手はマリアの腕に触れています。幼子の姿を見守るマリアの表情はマニエリスムを超えてバロック的な表現になっています。
(2)丸いアーチ状の上の部分に、天使たちがナツメヤシの枝をたわめています。これはイエスたちが休憩したとき、そこに生えていたナツメヤシがお辞儀をするように身をかがめ、その実を差し出したというエピソードを表すものです。さらにヨゼフの左手の下にはロバが顔をのぞかせています。コレッジョの描くマリアのモデルは彼自身の妻でしたが、彼女は若くして亡くなり、その後、コレッジョはマリアを描かなくなってしまいます。丸顔で愛らしいおでこが特徴です。