フラ・バルトロメオ『受胎告知』
稲川保明(カトリック東京教区司祭)
フラ・バルトロメオ(Fra Bartolomeo, 生没年1472/75~1517)の本名はバッチョ・デッラ・ポルタ(Baccio della Porta)と言います。この名前を直訳すると「門のところでキス」というとんでもない意味になりますが、どうしてこのような名前になったのかはさておき、彼はフィレンツェに生まれ、生涯の大部分をその地で過ごしました。画業はコジモ・ロセッリの下で修業することから始まり、やがて1500年にはドミニコ会に入り、フラ・バルトロメオを名乗りました。1504年にはサン・マルコ修道院の工房を代表者となっていました。
その頃、フィレンツェを拠点に移したラファエロと出会い、10歳も年下のラファエロから遠近法を学ぶという交友関係を結びました。一方ラファエロもフラ・バルトロメオの色彩や衣服の襞などの描写から影響を受けています。確かにラファエロの画風はフラ・バルトロメオとの出会い以降、変わってきています。さらにこの1500年の初期はレオナルド・ダ・ヴィンチがミラノから、ミケランジェロもローマから戻ってきており、三人の巨匠が同時期にフィレンツェにいました。フラ・バルトロメオもその影響を受けています。
特にラファエロとの交友関係において、フラ・バルトロメオは自分がヴェネツィアで学んだ色彩や「聖なる会話」というヴェネツィアで盛んに描かれた玉座に座る聖母子を聖人たちが囲むという構図などをラファエロに伝えています。
【鑑賞のポイント】
(1)この作品のタイトルは「受胎告知」でありながら、その構図は聖母が玉座に座り、左右に聖人が配置されるという「聖なる会話」そのものです。「聖なる会話」と異なるポイントは幼子イエスの姿が見られないこと、その代わりにマリアの頭上に近づいてくる天使ガブリエルの姿が描かれていることです。マリアは聖書を手にして、上を見上げていますが、これが受胎告知の絵であるとは一瞬気がつかないことと思います。
(2)そして、左右に描かれている聖人たちの顔ぶれも多彩です。左側には手を差し伸べて「見よ、神の小羊の母だ」というようにマリアを指し示している洗礼者聖ヨハネの姿があり、その後ろで、それをうなずくように聞いているのが長い剣を手にした聖パウロ。その下で敬虔にひざまずいている女性は聖マルガリータです。
右側に描かれているのは十字架を手にした聖ヒエロニムスで、洗礼者聖ヨハネの十字架に対応して、イエスのご像のついた十字架を持っています。聖ヒエロニムスに抱きつくように話しかけているのはアッシジの聖フランシスコ。彼は聖ヒエロニムスに「本当に、おとめがみごもって救い主を生むのですね」と感激に浸っているような表情に見えます。
そして、その足元にはもう一人のひざまずく女性が描かれています。聖マリア・マグダレーナです。彼女はこの絵の中でただ一人、こちらに目を向けて、香油のつぼを捧げながら、「このお方が私たちのために十字架に上られるのです。私はその葬りの準備をしています」と語りかけているようです。