『典礼音楽の転換点』② オルガヌムとオルガン その1


齋藤克弘

 合唱をするとき、よく使われるのが「ハモル」ということばです。「ハモル」もともとは「ハーモニー」、日本語では和音ということばからできた短縮語で、きれいな和音になっているという意味で使われますね。現代の音楽で「ハモル」と言うときには、ドミソがきれいに響いているというようなニュアンスになります。これは合唱だけではなく、合奏なんかでも同様ですね。ところで、以前に連載した「グレゴリオ聖歌」についてもう一度思い返してください。「グレゴリオ聖歌」は単旋律の聖歌、すなわちメロディーしかない音楽でした。メロディーしかないということは、「ハモル」ことがなかったわけです。では、「グレゴリオ聖歌」からどのようにして「ハモル」音楽ができたのでしょうか。

とは言っても、このことについて歴史的に記述があるわけではありませんし、最初に複数の旋律を作った人の名前が記録されているわけでもありません。ですから、この問題については、半藤一利さんのことばを借りれば「典礼音楽史探偵」になって考えてみることになりますから、あくまでも推論ということになります。

ところで、この「ハモル」音楽ですが、現代「ハモル」音楽は、音楽の専門用語で言うと三度音程、わかりやすく言えば、たとえばドとミがきれいに響く音楽を言います。隣の音同士(音楽用語で言えば二度音程、わかりやすいたとえだとドとレ)がいくら振動比率が素晴らしかったとしても「ハモッテ」いるとは言いませんよね。ところが、最初の「ハモル」音楽は三度音程(ドとミ)ではなく、五度音程(ドとソ)や四度音程(ドとファ)がきれいに響いている音楽だったのです。なぜかというと、五度音程や四度音程の音、すなわちソの音やファの音はドの音と倍音関係にあるからです。ちなみに五度音程と四度音程はオクターブで上下を反対にすると同じ関係になります(ドから上に五度音程の音がソに対して、下に五度音程の音がファになります)。

さて、前置きが大変長くなりましたが、ここからが本題です、と言いたいのですが、実はまだ考えなければならないことがあります。早くしてよ、と言われそうですが、探偵というのはいろいろな資料をひっくり返したりほじくり出したりして、いろいろな角度から見ていかないと、事実に近い推論が成り立ちません。とは言っても資料が少ない時代のことですから、そう簡単に結論を導き出せるわけではありませんができる限りのことは考えてみましょう。

グレゴリオ聖歌が誕生してからも教会の聖歌は単旋律だったわけですが、それと同時に伴奏や独奏のための楽器が使われることはありませんでした。今では「教会音楽」というといろいろな楽器が使われますが、キリスト教の教会では最初の800年くらいの間は、聖歌が単旋律だったのと同様、楽器の伴奏もありませんでした。ところが8世紀の終わりくらいから教会に伴奏のための楽器が取り入れられるようになります。それが皆さんもよくご存じのオルガンという楽器です。そして聖歌を複数の旋律で歌うようになったのも実はこの頃からなのです。二つの旋律で歌う聖歌はオルガヌムと呼ばれました。日本語でも想像がつきますが、オルガンとオルガヌム、ローマ字書きにすると、オルガン=organ、オルガヌム=organumとなります。いかがですか。まったく同じ語幹ですね。つまり、語源はどちらも同じということが容易に想像できるでしょう。

ではオルガンとオルガヌムはどのような関係があるのでしょうか。また、どちらが先に教会の音楽で取り入れられたのでしょう

アレルヤにオルガヌムの記号が二つついている。Vera Minazzi (ed), Musica: Geistliche und weltliche Musik des Mittelalters (Herder 2011), p.233所収

か。残念ながら、この二つの問いに関する回答が書かれている資料を探し出すことができません。ここからは「典礼音楽史探偵」の推論になります。その前に、オルガンとオルガヌムについて、簡単に振り返ってみましょう。詳しいことを調べたい方はぜひ、インターネットで調べてみてください。

オルガンはもともと、エジプトで作られた「水オルガン」が起源です。その後、紀元前1世紀に今のオルガンと同じ構造の「ふいごオルガン」が登場します。キリスト教がラビユダヤ教と分離した後でも、しばらくの間は「異教の楽器」とされて、教会の礼拝には取り入れられることはありませんでした。最初に教会の資料にオルガンが登場するのは教皇ヨハネ8世(在位872〜882年)が現在のドイツ、フライジンクの司教にオルガン作りの名手を送ってくれるようにと手紙を出しています。ですから、800年代にはオルガンが教会の中に設置されていた=教会の礼拝で使われていたということが推測できます。

次にオルガヌムについてですが、オルガヌムについての理論書『音楽概要』が書かれたのは895年です。著作者はわかっていません。しかし、いかがでしょうか、この書物が書かれたのは、ちょうどヨハネ8世が教皇として在位していた頃なのです。そして、もう一つ興味深いことは、教会の中で「音楽」を含む、教育が定着したのもこの時代のことなのです。つまり、礼拝におけるオルガンの採用、オルガヌムの登場と音楽教育の三つは、関連したものであることがうかがえるのです。

今回はこのあたりにして、次回は、オルガンとオルガヌムの関連について、推論を展開していきたいと思います。

(典礼音楽研究家)

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