スペイン巡礼の道——エル・カミーノを歩く 26


2回目のエル・カミーノを振り返って

古谷章・古谷雅子

<昨年との違い>

昨年(2015年)に続いてのエル・カミーノだったが、昨年と異なることが2つあった。それは今年は歩くのにちょうど良い気候だったことと、昨年に比べて他の巡礼者と接する機会が多かったことだ。

7月に歩いた昨年は連日暑くて、バルや出店で休むたびにコーラを飲んだりしたものだ。しかし、今回は1日歩いても2人で水筒の水を500ccからせいぜい1Lを飲む程度ですんだ。昨年は日焼け対策を考えた雅子以外は、毎日半袖シャツだけで行動した。しかし9月になると半袖だけでは過ごせないことがほとんどで長袖が常に必要だったし、風除けや防寒のためにも雨具を着ることも多かった。昨年の経験から衣類をほとんど過不足なく持って行ったのだが、しいて言えば章の場合は長袖を1枚ではなく2枚持って行くべきだったかと思う。そして、昨年はほとんど使わなかった夏用のシュラフもホテル以外では毎日使った。

また、昨年は学生の夏休み中ということもあったが、今回はゴールのサンティアゴから離れた区間だったので、歩いている巡礼者の絶対数は昨年よりも少なかった。そのため、同じメンバーと道中で何度も行き会うことになり、お互いにすっかり「顔なじみ」になった。その上、全体として素朴な「田舎」であり、泊まった町にはレストランがないか1軒だけのことが多く、アルベルゲかレストランで巡礼者が一緒に食事をする機会も多くなった。私たちも2人だけだったこともあり、必然的に共通語ともいえる英語で周囲の人たちとしゃべりながらの夕食となった。いろいろな国から来た巡礼者と他愛のない話をすることは楽しく面白い経験ではあった。しかし、これが連日となると結構疲れるものがあった。

荷物は昨年の学習成果で無駄なものはなく、雅子は6kg、章は8kg程度だったが、去年と違ってコース上にほとんど店がない(=小さな村しかない)ので行動食を常に携行する必要があった。

 

<一日の行程>

出発前には一日の行程を短くしてのんびりと歩くつもりだった。しかし、歩き始めてみると体調が良かったこともあるが、気候も歩くにはちょうど良く、昼ごろについて町中をよく見ようとした大きな町に到着する日以外は30km近く歩くことが多くなった。

なお、各記事の<行程>に記してあるキロ数はミシュランのガイドブック“Camino de Santiago”をもとにした数字だ。実際には道を間違えて余計に歩いたり、寄り道をしたこともあるのでもっと多い。

 

<かかった費用>

マドリッドに着いてから巡礼終了後にブルゴスからマドリッドに戻るまで、15日間の総費用は2人で1,100€余りだった。その後、マドリッドに数日滞在して小旅行等をしたが、その費用は約750€だった。それに東京~マドリッドの往復航空運賃、1人11万円余を加えると、2人分総計で44万円ほどになるが、巡礼路を歩いただけで帰ってくれば約35万円ですんだことになる(1€=116~120円、当時のレート)。

巡礼中に泊まったアルベルゲのドミトリーは1人6~12€で、アルベルゲやホテルでツインルームに泊まっても2人(1室)で35~44€だった。

かつてのアルベルゲは公営か教会や修道院に付属するものが中心で、2段ベッドの並ぶドミトリー形式が一般的だった。しかし、最近は民営のもの、それもホテルやレストランが併設するものが増えてきていて、それらは2人部屋や4人部屋などの個室も設置されている場合が多い。ドミトリーの方が安いのはもちろんだが、個室だからとべらぼうに高いわけではない。連日プライバシーのない生活は疲れるので、時には個室に泊まる方が精神衛生上よいし、疲れもとれる。

巡礼路上での朝食は、バルでコーヒーとサンドイッチ程度を食べて1人当たり3~5€。行動食のパンや果物なども日本よりずっと安く買えた。一日の行動を終えた後、バルでカーニャやビノを飲みながらケソ(チーズ)やハモン(ハム)を食べても2人で10€とかからない。夕食は「メヌ」という、いわゆる定食がビノもついて1人前でせいぜい10€だった。

最低限必要な経費である宿泊費と食費が日本と比べて格段に安いのはありがたかった。

 

<これからどうする>

なぜクリスチャンの巡礼路エル・カミーノへ?という自分も含めての疑問に対する答えは、もういらないような気がする。救いを求めて純粋に宗教的な動機で歩いている人(巡礼)には今やめったに出会わない。かといって、単なるスポーツやレクリエーションではない。あえて言えば「歩く」という行為がそれ自体快楽や意味のある行為であり、それが最も単純にお膳立てされていて、しかも豊かな背景や時間の重みの中で確実に享受できるからだ。ボナッティを気取って垂直から水平へ、と言えるレベルでは元よりないが、昔のように登れなくなった今、新たな楽しみがあることにうれしさを感じる。

昨年は広瀬氏におんぶにだっこの上、4人だったので主体性なく歩いたが、今年はスペイン語のほとんどできない2人だけだったので、苦労もあるだけよく見えたものもあった。昨年の行程では、英語がよく通じたのだが、今回はホテルでも(安いところのせいもあったかもしれないが)、英語が通じず、書いたり「顔語」を駆使してようやく話をつけたり、誤解のまま料理が出てきたり、けっこう笑えるシーンもあった。地方の違いも面白かった。バスクやリオハでは美味しいものが多かった。今思い出すだけでも、ホワイトアスパラガス、キノコ、ピメントス、豆の煮込みなど、地方の味付けで忘れられないものがある。

これでエル・カミーノのフレンチ・ルート全800kmのうち最初と最後の計600kmを歩いたことになる。あとは今回の終点ブルゴスから昨年の始点レオンまでの200kmを残すだけとなった。

今回はどれぐらい歩けるか不明だったので(体調や天気等の不確定要素次第で予備日を使うことも勘案し)、ブルゴスを最終地とし、余った日数は観光することを最初から決めていた。しかし余裕をもって行程を終えたので、もう数日あればレオンまで歩けたと思う。ただ、これくらいずつ分けて歩いたことによって味わいも出るのではないか。昨年は11日間、今年は12日間の歩きだった。これ以上長く歩くのはかえってほどよい緊張感を欠き、むしろ感激を得られないのではないかとも思う。

しかし、残された区間は変化に乏しいメセタの大地で、行程中最も退屈な部分と言われている。まずいところを残してしまったという感もする。

次の機会には季節を変えて春に歩いてみるか、それとも「北の道」など他にもルートはいくつかあるのでそちらに行ってみるか。悩むところではある。

 

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